書評 現代法の変容 | 有斐閣
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平野仁彦・亀本 洋・川濱 昇 [編]『現代法の変容』<2013年2月刊>(評者:北海道大学 長谷川晃教授)=『書斎の窓』2013年9月号に掲載= 更新日:2013年9月10日

一 はじめに――本書の基本的性格
 本書は、京都大学名誉教授・田中成明先生の古稀を記念して、田中先生に学んだ研究者たち が寄稿して編まれた論文集である。田中先生は法哲学の領域で様々な重要な研究を残されると共に法学教育改革などの実務面でも活躍されたのは周知のことであ り、また、その薫陶や影響を受けながら法学の諸領域で現在活躍している研究者の数も多いことは多言を要しない。田中先生の学問的関心は、基礎法学、特に法 哲学から実定法学、特に民事法、さらに実務、特に民事訴訟実務に至るまで幅広く、それに応じて本書への寄稿者諸氏の専門領域も広い。その点では、タイトル が示唆するように、本書は現代社会の様々な領域における法のあり方の変化を多角的に捉えるものとなっている。

二 本書の諸論考とその要略
  本書の目次に即して見ると、多様な19篇の論考が次のような編成の下で並んでいる(以下、著者の敬称は略す)。――第1部・裁判の内と外:田中成明「実践 理性の法的制度化再考――『議論・交渉フォーラム』構想の再定位のための覚書」・守屋明「『訴訟上の和解』の理念と現実――訴訟手続内ADRの特殊性」・ 笠井正俊「民事調停の機能に関する一考察」、第二部・現代法の構造と機能:浅野有紀「法多元主義と私法」・毛利康俊「法的コミュニケーション――ルーマン 派システム論から見た現代分析法理学」・平野仁彦「生命倫理とソフトロー」・濱本正太郎「EU法と国際法――国際法学の観点から」・服部高宏「『補完性原 理』についての覚書き――ドイツにおける議論をふまえて」・中山竜一「損害賠償と予防原則の法哲学――福島原子力発電所事故をめぐって」・那須耕介「可謬 性と統治の統治――サンスティーン思想の変容と一貫性について」、第3部・現代法学の変容:山本敬三「消費者契約法の改正と締結過程の規制の見直し――誤 認による取消しの現況と課題」・木村敦子「生殖補助医療における法律上の母子関係――ドイツ法を手がかりとして」・川濱昇「行動経済学の規範的意義」、第 四部・現代正義論の変容:若松良樹「行動経済学とパターナリズム」・亀本洋「ハーサニ対ロールズ論争の争点」・大森秀臣「優しき巨人は自由侵害の夢を見る か?――共和主義対消極的自由論の新展開」・アスキュー・デイヴィッド「リバタリアニズムと無政府資本主義」・土井崇弘「二つのタイプの『文化的文脈を考 慮した人権論』――普遍的価値重視型アプローチと文化的文脈重視型アプローチ」・平井亮輔「芸術と正義――芸術政策論争瞥見」――
 いずれの論考 もそれぞれの専門的関心の角度から現代法の変容を示そうとしている。論考の数が多いためここではごく簡単に各論文の内容をまとめることしかできないが、ま ず第一部の田中論文は、法制度全体の議論交渉フォーラムとしての特徴づけを目指して、実践理性と対話的合理性基準の法的制度化のための働き方につき、関連 する幾つかの法理論の異同を吟味しつつ再考する。守屋論文は、裁判への要求と和解による紛争解決の狭間で、安定的で柔軟な解決を求める当事者たちの訴訟上 の和解への志向を実証的に分析する。笠井論文は、民事調停の機能の強化に向けて、調停委員会が法の見地から紛争解決機能を強めるための実践的指針を実証も 踏まえつつ提示する。
 次に、第2部の浅野論文は、現代社会における国内外の法規範の多元化を念頭において、H・L・A・ハートの法体系論の批判 的検討により法制度の多元性を理論的に基礎づける方途について模索する。毛利論文は、ニクラス・ルーマンのオートポイエーシス法理論と分析法理学の理論的 接点に関して、法を含む様々なシステムが重合しつつ社会秩序が形成されるプロセスでの法制度の成立や機能の記述的解明のさまを検討する。平野論文は、臓器 移植や生命科学研究、生殖補助医療等に係る種々の倫理的規制が織り成すソフトローについて、法体系のフロンティアとしてコンセンサス形成による法の実質化 の促進機能に注目する。濱本論文は、国際法と新たなEU法の体系的異同について多面的な比較検討を行って後者は前者に包含されることを明らかにすると共 に、後者の民主的正統化という特徴は前者の再検討にも有意義であると論ずる。服部論文は、EU法の問題文脈で論じられる補完性原理をめぐって、ドイツにお ける19世紀以来の思想的淵源と現代の多様な解釈理論を整理しつつ、それは種々の社会制度間の権限関係の規律と同時に個人の自立を援助する制度構築の基軸 でもあると指摘する。中山論文は、19世紀末から現れるリスク管理や無過失責任との関連での法の変容を踏まえつつ、原発事故のリスクなどを勘案した予防原 則の制度化に係る理論的課題を論ずる。那須論文は、人間の合理的判断と行動の限界や可謬性を考慮した制度設計を提唱するキャス・サンスティーンの理論の展 開を辿り、必要な限度で制度的制約を認めて個人の自由な選択の余地も含めるリバタリアン・パターナリズムの意義と可能性を論ずる。
 さらに、第3 部の山本論文は、消費者契約法の誤認取消しにおける不実告知、不利益事実の不告知等に係る規制をめぐる現今の裁判例の動向や新たな立法上の課題などを、今 日的課題となっている民法改正の方向性と関連させつつ詳細に整理検討する。木村論文は、代理懐胎に伴う母子関係の新たな形をめぐって、従来の分娩者と母と を同一視するルールに対する批判的視点についてドイツの学説や民法改正の動向を追うことで示唆を得ようとする。川濱論文は、法と経済学の新たな発展を示す 行動経済学における限定合理性の視点の意義を整理しながら、行動経済学的見地からの法的介入の可能性と条件を見極めようとする。
 そして、第4部 の若松論文は、同じく法における行動経済学の意義について、通常の経済学的人間像に対する批判的意義を評価しつつも、人間の選択行動の基礎となる選択肢形 成のあり方の問題が見逃されていると指摘する。亀本論文は、ジョン・ロールズの原初状態論に対するジョン・ハーサニの功利主義的批判を取り上げてその仔細 を検討し、二人の論争の哲学的意義を再考する。大森論文は、消極的自由の概念に関する近年の再解釈の動きを追いながら、現代国家による広範な構造的自由侵 害の危険への制約条件のあり方を考察する。アスキュー論文は、リバタリアニズム以上に徹底した政府批判を行う無政府資本主義の思想の特徴を整理して、自由 を重んずる政治哲学の将来性を展望する。土井論文は、人間の権利(ヒューマン・ライツ)の普遍性と特殊性の問題をめぐって、文化的文脈を見据えつつ普遍性 に重きを置く見方と文脈を重視する見方との対比を特徴づけ、個別の文化的文脈に特化した人権論の重要性を探る。最後に、平井論文は、国家の芸術保護政策に 関するリベラリズムの様々な見方を整理検討し、それらの論拠の間に働いている民主的な対話の側面に光を当てる。


三 諸論考の間の関連性
  これらの論考は、田中先生の下に集った気鋭の研究者たちの関心の広がりを示し、その点では田中先生のこれまでの法哲学的議論の射程の広さを物語るものであ ると同時に、本書冒頭の論文に現れているように、田中先生自身の実践理性と対話的合理性、そして法の間に成り立ちうる理論的関係に係る年来の議論の発展に も多くのフィードバックを与えうるものである。この意味では、本書全体が、田中先生の法哲学理論を軸とした、現代社会の様々な法学的問題とその包括的把握 を目指す法哲学的理論との間の学問的対話の一つの有り様を示すものともなっており、その点で個別の問題領域に即して対話的な法の条件や可能性を多角的に考 えるものとなっているとも言えよう。
 もっとも、このような視角から改めて本書の構成を眺め直してみると、評者なりの関心(それは基本的に法哲学 的なものではあるのだが)からすれば、これらの論考は以下のようなテーマ順で読まれ、より統合的に理解されてもよいかもしれない。すなわち、まず原理論と して、田中〈実践理性の法的制度化〉――毛利〈法的コミュニケーション〉。次に、それが分節化される実定法諸領域の議論として、守屋〈訴訟上の和解〉―― 笠井〈民事調停の機能〉――山本〈消費者契約法の改正と締結過程の規制〉――木村〈生殖補助医療における母子関係〉――平野〈生命倫理とソフトロー〉―― 中山〈損害賠償と予防原則〉。また、同じく国際法の次元において、浅野〈法多元主義と私法〉――濱本〈EU法と国際法〉――服部補完性原理〉。さらに、法 的判断の正当化基準の問題として、川濱〈行動経済学の規範的意義〉――若松〈行動経済学とパターナリズム〉――亀本〈ハーサニ対ロールズ論争〉。そして、 法実践全体の政治道徳的条件の問題として、アスキュー〈リバタリアニズムと無政府資本主義〉――大森〈共和主義対消極的自由論〉――那須〈統治の統治〉 ――平井〈芸術と正義〉――土井〈文化的文脈を考慮した人権論〉といった具合にである。
 このようなテーマ順に即した読み方は、法制度における実 践理性と対話のあり方から始まって、その射程の下での実定法上の現代的問題、法の経済分析や功利主義の新たな可能性を含んだ、法を取り巻く法政治哲学的諸 問題という角度から並べてみたものであるが、このように改めて見ることで、本書の当初の編成とはまた異なって、対話的合理性基準を軸とする法形成論や法構 造論的な見地からの「現代法の変容」を探る試みが見えてくるのではないだろうか。勿論、本書に収められたすべての議論が対話的合理性の法制度化という見地 で一貫しているという意味ではないが、本書のそのような読み方も決して的をはずしているものではないであろう。
 いずれにしても「現代法の変容」は複雑である。しかし、その様相を全体的に探る試みは様々な領域や角度から進み始めており、本書もこの動向に連なるものとなっている。


(はせがわ・こう=北海道大学教授)   

現代法の変容 現代法の変容

平野 仁彦亀本 洋川濵 昇/編

2013年02月発売
A5判 , 642ページ
定価 13,200円(本体 12,000円)
ISBN 978-4-641-12557-5

国際慣習法や各種のソフトロー等新たな法形態の出現,裁判外紛争手続の活用,こうした法システムの多層化・多元化・流動化のなかで現代法はどのように変容しつつあるのか。最新の行動経済学や正義論も取り入れ,こうした問題にこたえる野心的試み。

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