三木浩一・山本和彦[編]『民事訴訟法の改正課題』<2012年12月刊>(評者:秋山幹男弁護士)=『書斎の窓』2013年6月号に掲載= | 更新日:2013年6月4日 |
改正提案とその経緯
民事訴訟の手続を定める民事訴訟法は、 平成8年に70年ぶりに全面的な改正がされ、 その後も平成11年に公務文書の文書提出命令制度の改正、 15年に訴え提起前の証拠収集・専門委員・計画審理の新設などの改正がされ、 争点整理手続の充実、 文書提出命令制度の強化、 集中証拠調べの実現などにより、 適正かつ迅速な民事裁判を図るとの立法目的はかなりの成果を挙げたといってよいと思われる。 しかし、 全面改正から約15年を経過し、 再度の抜本的改正を求める動きが持ち上がっている。 最高裁判所の 「裁判迅速化に係る検証に関する報告書 (第4回)」 (平成23年7月) は、 民事訴訟法の改正を必要とする数々の施策を提言しており、 日本弁護士連合会は、 「文書提出命令及び当事者照会制度改正要綱試案」 を平成24年2月に法務大臣に提出しているほか、 陳述録取制度などを検討している。
本書は、 民事訴訟法学者6名及び弁護士4名からなる 「民事訴訟法研究会」 が、 平成22年5月から2年余にわたり、 民事訴訟法のさらなる改正の必要性について討議を重ね、 その成果をまとめたものである。 裁判官の視点も不可欠であることから、 現職の裁判官数名もオブザーバーとして参加している。
本書は、 第Ⅰ編の改正提案編に、 26項目にわたる 「改正提案」 とその 「提案の背景」 「提案の趣旨」 などを掲載している。 改正提案は、 担当者が原案を作成し、 これについて全員で徹底的な議論を行い、 修正案、 再修正案と検討を重ねた結果であるとのことで、 従来の学説や判例の検討を踏まえた 「提案の趣旨」 や、 「他の考えうる提案との比較」 などに、 詳細かつ徹底した討議の内容を読み取ることができる大変な力作である。 第Ⅱ編の座談会編には、 この改正案を巡る研究会メンバー3名とメンバーでない実務家3名との座談会が収録されている。 これによって、 改正提言の趣旨や論点をよく理解することができる。
本書が取り上げた改正提案の項目は、 従前から改正課題と指摘していたが平成8年の改正では何らかの理由で手がつけられなかったもの、 比較法の観点から、 外国の望ましいと思われる制度の導入や外国では否定的な考え方が主流と思われる制度の廃止、 平成8年改正で導入されたがうまく機能していないとの指摘がある制度や問題がみつかっている制度について改正を提案するもの、 に大別される。
情報の早期開示制度
民事訴訟においては、 当事者が必要な情報を入手し、 これに基づいて事案に即した主張をし、 証拠を提出し、 争点を整理したうえで、 裁判所が適正な判決をすることが、 手続の根幹をなす。 本書は、 まず、 当事者が相手方当事者の事実関係の解明に協力しなければならないとする 「事案解明協力義務」 の一般規定を設けることを提案したうえで、 情報の入手について、 事実や証拠に関わる情報の 「早期開示制度」 を提案している。 これは、 当事者は、 争点整理の早期の段階で、 訴訟に関連する文書にかかる情報の全てを、 その目録を交付するなどして相手方に開示することを義務づけ、 当事者間での情報の共有を図ることを目的とするもので、 違反には制裁を設けるとしている。 米国のディスカバリーや英国のディスクロージャーを取り入れようとするものという。 提案では、 文書の目録の開示で足りることになっているが、 開示がなされれば、 それをもとに文書そのものの任意の開示を求め、 あるいは文書提出命令を申し立てる手がかりとなり、 争点整理を充実促進させることに寄与することになろう。 しかし、 他方で、 訴訟に関連する文書の全てが対象とされ、 開示しなかった文書は後に証拠として提出が制限されるなどの制裁を伴うとなると、 争点との関連性が希薄なものを含め全ての文書を探し出してその目録を作成しなければならないことになり、 当事者はかなりの時間と労力とリスクを負担することになると考えられる。 また、 争点とは関連性の薄い文書の開示や内容を巡って論争がなされるなど、 争点整理がかえって混乱・遅延するのではないかとの懸念もある。 開示が主張又は立証を準備するために必要であることを要するとするなど、 開示の必要性と当事者の負担とのバランスをなんらかの形で図ることをさらに検討する余地がないであろうか。
当事者照会制度
現行の当事者照会制度は、 当事者が主張又は立証の準備をするために必要な事項について、 相手方に回答を求めることができるとしており、 これも情報の開示制度であるが、 裁判所の関与がなく制裁がないなどの理由で利用されることが少ないということから、 本書は、 当事者照会について、 回答拒絶事由の有無について裁判所に裁定を求めることができることとし、 回答義務違反に対する何らかの制裁を定めることなどの改正を提案している。 提案は、 現行法の 「主張又は立証準備のため必要」 の要件に換えて、 回答拒絶事由として 「訴訟との関連が明らかに認められない照会」 を定めるとしているが、 座談会に参加した裁判官からは、 関連性があるなしの緩やかな判断をすることになるが、 制裁と結びつくことから、 当事者の負担がかなり大きくなるなどの危惧が示されている。 現行法の上記要件を維持したうえで裁定及び制裁を規定することもあり得るのではないかと思われる。
証言録取制度
訴訟の早期の段階で情報を当事者間で共有し、 争点整理の充実を図るためのもう一つの重要な制度として、 本書は、 「証言録取制度」 を提案している。 これは、 一方当事者の申立てがあり、 相手方当事者が同意したときは、 裁判所は、 事件に関する事実を知ると思われる者から当事者間において証言を録取することを許可する、 というものである。 当事者が選任する公証人が証言録取者として立会い、 録取について生じた紛議を裁定するとしている。 録取した記録は、 録取の対象者が死亡したとき等及び弾劾証拠として使用する場合にのみ証拠として提出することができる。 この制度については、 日弁連においても 「陳述録取制度」 として要綱案が作成され、 内部で意見照会がなされているが、 当事者の負担が過大、 訴訟弱者に不利、 濫用の危険が大きい、 証人尋問が実施されにくくなるなどの懸念が強く示され、 これに対する対応が検討されている。 本書の提案は、 録取は裁判所の決定によるものとし、 かつ、 相手方当事者の同意を要件とし、 証言録取者として公証人が立会い紛議を裁定するとしており、 上記の懸念に対する配慮がかなりなされている。 他方、 座談会では、 出席した裁判官から、 裁判所が実施の決定をすることになっているのに、 さらに当事者の同意を要件とするというのでは、 制度を利用できる場面が狭くなる可能性があるとの指摘や、 費用と時間をかけて録取した記録を証拠として提出できる場合が限定されすぎていないかとの指摘がなされている。 また、 弁護士からは、 主張・立証の準備のための必要性が高度である場合などについては、 相手方当事者の同意は不要としたらどうかとの指摘がなされている。
文書提出命令制度
また、 本書は、 文書提出命令制度における220条の文書提出義務について、 提出義務を負わない文書をすべて拒絶事由として規定し、 拒絶事由の存在について文書の所持者側に立証責任があることを明確にするとともに、 現行法が定める自己利用文書及び刑事訴訟関係文書の提出除外を削除し、 新たに個人の私生活上の重大な秘密が記載された文書を拒絶事由に含めるよう改正を提案している。 全体としては文書提出命令の対象となる文書の範囲を拡大するものである。 これについては日弁連の前記改正要綱試案も同様であるが、 意思形成過程の保護を目的とする自己利用文書の文書提出義務の除外は、 これを廃止して職業の秘密や個人の秘密に関する拒絶事由で対応が可能なのかという議論がある。 座談会でも裁判官と弁護士から同様な指摘がなされている。 刑事訴訟関係文書の提出義務を負わない文書からの除外については、 刑事事件や少年事件を担当する弁護士などが反対している。 平成8年の改正により、 文書提出命令制度は利用が拡大し、 これについての裁判例が多数蓄積されており、 また、 その制度の存在により、 争点整理の過程で相手方が求める文書が任意に提出されるようになっており、 民事訴訟手続においてこの制度を一層強化拡大することは意義のあるものである。
秘密保持命令制度
本書は、 新たな制度として、 「秘密保持命令」 の導入を提案している。 これは、 準備書面や書証等に秘密 (220条に定める文書提出義務の除外事由に該当するもの) が含まれており、 開示されることにより当事者又は第三者に損害が生じるおそれがある場合は、 裁判所は当事者の申立てにより、 当事者やその訴訟代理人等に、 秘密保持命令を受けた者以外の者に当該秘密を開示してはならないことを命じることができるとする規定である。 特許法にはすでにこのような規定があるが、 これを民事訴訟一般に及ぼそうとするものである。 秘密保持命令によって、 当事者が、 自己又は第三者の秘密に該当する事実や証拠を提出しやすくし、 民事訴訟における真実解明をより促進しようとするものである。 秘密保持命令があるとしても、 相手方には開示できない性質のものであったり、 相手方から秘密が漏れる危険がないとはいえないことなどから、 この制度を利用できない場合も考えられるが、 この制度があれば当事者が主張や証拠を提出しやすくなる場合も当然あると考えられる。
本書は、 秘密保持を命じた上で文書提出命令を発するとの制度は提案していない。 220条により文書提出義務を負う文書について秘密保持を命じるのは矛盾があり、 また、 本来は220条により文書提出を拒むことができるものを、 秘密保持命令を付したことを理由に提出拒絶事由に該当していないとして提出を強制することとすると大きな問題が生じることが予想される (報道機関の取材源の秘密など)。
なお、 本書は、 文書提出義務があるかどうかを判断するため当該文書を提示させる場合において、 裁判所は当事者、 その訴訟代理人等に、 当該文書を開示して意見を聴くことが必要であると認めるときは、 秘密保持を命じたうえで、 当該文書を開示することができるとの規定を設けることも提案している。
その他の提案
本書はさらに、 「事実の主張に関する規律 (真実義務、 主張の理由づけ義務ほか)」、 「法的観点指摘義務」 「釈明義務」 「争点整理手続終了後の失権効」 「電話会議システムによる双方不出頭の期日における手続」 「陳述書」 「控訴審の規律 (一審で時機に後れたものとして却下された攻撃防御方法の提出制限)」 についても改正を提案し、 「必要的共同訴訟」 「共同訴訟的補助参加」 「独立当事者参加」 「訴訟脱退」 「訴訟承継」 など、 従来から改正の必要が求められていながら、 妥当な改正案を見出すことができなかった多数当事者訴訟の規律についても、 注目すべき改正提案を行っている。 その他の提案としては、 「通常抗告の即時抗告への一本化」 「再審事由の明文化」 「第三者再審制度の導入」 「司法妨害に対する制裁」 「第三者情報提供制度」 などがある。 「司法妨害に対する制裁」 は訴訟指揮に従わない場合の過料又は監置の制裁を提案するものであるが、 その是非を巡って今後議論を呼びそうである。 「第三者情報提供制度」 は、 英米法のアミカス・キュリエ (裁判所の友) の制度を参考にしたもので、 訴訟当事者でない第三者が、 法令解釈に関する裁判所の判断資料となる情報や意見を提供する制度で、 裁判所が職権で求めることができるほか、 第三者は最高裁判所に継続中の事件について、 当事者全員の同意を得て、 情報等を提供できるとしている。 アミカス・キュリエの導入は、 司法改革審議会に社団法人自由人権協会が提言したことがあるが、 司法判断への民間の知恵の活力の導入という点で注目される。 ただし、 当事者全員の同意を要するとなると、 第三者が情報提供できる機会は乏しいものにならないかと懸念される。
本書の役割
本書は、 民事訴訟法の再度の改正の要否及びその内容について、 具体的な議論を喚起する極めて重要な役割を果たすことになるものと考えられる。 なお、 新たな制度を導入するにあたっては、 現実の民事訴訟実務での切実な必要性に根ざしたものであり、 実際的な使いやすいものであることを常に念頭におくことが大切ではないかと思われる。
(あきやま・みきお = 弁護士)
民事訴訟法の改正課題
-- ジュリスト増刊 > ジュリスト増刊 三木 浩一,山本 和彦/編 2012年12月発売 B5判 , 264ページ 定価 3,143円(本体 2,857円) ISBN 978-4-641-11399-2 |
現行法施行から15年が経ち,改正への気運が高まっている。本書は,研究者・実務家が2年にわたって討議を重ねてきた「民事訴訟法改正研究会」での研究成果をまとめるものであり,具体的立法提案を通じ,現行法の解釈・運用上の問題点を考察する上でも貴重な文献! |
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