書評 キャリアで語る経営組織 | 有斐閣
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稲葉祐之・井上達彦・鈴木竜太・山下 勝[著]『キャリアで語る 経営組織――個人の論理と組織の論理』<2010年5月刊>(評者:横浜国立大学 山倉健嗣教授)=『書斎の窓』2010年10月号に掲載= 更新日:2010年9月22日

組織を論ずること
 組織について論ずること書くことは難しい。とりわけ組織論の教科書を書くことは難しい。それは組織が多様で複雑になったこと、組織と個人との関係が変容しているといった現実の反映である。また今までの組織論についての前提が問い直されていることももう一つの理由である。従来の組織論ではあらかじめ目標が設定され、階層が明確であり、外界との境界がはっきりと決まっていたが、前提となる3点が当たり前でなくなっている。そこで組織論の教科書を書くことはますます難しくなってきている。
 ここで取り上げる稲葉・井上・鈴木・山下四人の若手研究者によって刊行された『キャリアで語る経営組織』は困難な情況の中書かれた、新しい形の組織論の教科書といえる。個人の会社におけるキャリアと関係づけ、組織を理解させようとしている。入社から退職に至る人生の段階に応じた組織と個人のあり方を問うというスタイルをとり、キャリアの転機ごとに直面する問題を提示しそれに答えていくという形で展開した当事者の立場からの組織論である。島耕作のように成功していく組織人のストーリーを描いている。本書により組織論の主要内容について一応知ることができる良著である。


キャリアの段階と組織問題
 まず評書の内容について述べる。キャリアの3つの段階に応じて、組織と個人のかかわりを論じている。入社から管理職に至るキャリア初期から始めている。まず入社を考える前段階として、なぜ働くのかについては欲求理論を中心に述べ、入社することになる会社とは何かを明らかにしている。会社と個人についてはキャリアの観点から述べている。入社については組織社会化としてとらえ、そのプロセスにおける現実と理想の差であるリアリティショックそして組織文化の機能および逆機能についてふれる。次に組織で働くことに伴うルールの意味とその問題点、仕事へのモチベーションについて述べ、組織と個人のディレンマを規律と自律のディレンマとしてとりあげている。組織で起こる人事異動については、権限の受容、キャリアデザインの観点からとりあげている。
 管理職になり部門を任されるキャリアの中期が次に取り上げられる。長になることは部下を持つことであり、リーダーとしての行動がまず必要である。そこでリーダーシップ論についての説明がなされ、リーダーシップパターンやコンティンジェンシー論、人材育成とリーダーシップなどが説明される。部門をまとめることは集団としての意思決定を行うことである。そこで集団意思決定のプロセス、集団の失敗・浅慮的決定についてとりあげている。集団意思決定のメリットとデメリットの両面から見ている。また部内調整としてコンフリクトのマネジメントをとりあげている。コンフリクトとは何か、プロセスやその持つ意味・同質性に陥らないための異質性のマネジメントの意義を明らかにしている。
 企画部門の活動として、組織デザインについて取り上げている。組織における分業と調整の問題として捉え、階層やそれに付加される調整メカニズムについて論じている。それにとどまらず、組織デザインのもたらす個人への影響も明らかにしている。
 組織全体をマネジメントするキャリア後期が最後に取り上げられている。トップに上り詰め引退までである。この段階では部門よりも全社レベルが、内部のマネジメントよりも環境のマネジメントがメインテーマとなる。まず環境のマネジメントとして、オープンシステムとしての観点より、市場・制度・利害者集団、特に利害関係者との関係について、形成・調整を論じている。チェンジエージェントの観点より、組織変革について、トップとミドルの関わりで変革していくレバレッジモデルにもとづいて説明している。社長の仕事として、利害関係者の埋め込みの中で行われるビジョンの提示とビジネスシステムの設計による価値創造をあげている。会長に就任した後の役割として、長期的存続のためのコンプライアンスと社会的責任の遂行について述べるとともに、慈善活動ではない事業による社会問題の解決についてもとりあげている。
 組織の階層が上がるにつれて、生ずる問題に注目し、その問題を解決するための理論を提示している。組織論のオーソドックスな理論を取り上げつつも、新しい視点を入れようとしている点に特色を持つ。


評価と課題
 40代の4人の若手気鋭研究者の共同作品であるが、読者についての配慮が行われており、読みやすく、わからせようとする努力をしている点においてまず評価できる。組織についての身近な疑問を提示し、それにたいする解答を与えており、理論と事例のバランスの良さもよく、構成・内容ともよく練られた教科書である。
 組織論のユニークな教科書でもある。そのユニークさはまず形式にある。従来の教科書は組織論の研究者についての学説を記述するか、組織とは何かからはじまり、組織の構造・過程・変動を論ずるか、組織の中の個人・集団そして組織そのものを論ずるかであった。評書は組織の当事者である個人に注目し、個人と組織の交差するところであるキャリアに焦点を当て組織と個人のディレンマに注目している点ユニークといえる。こうして個人の論理と組織の論理の視点より、組織論のキーコンセプトであるモチベーション、権限、リーダーシップ、意思決定、コンフリクト、デザイン、環境、変革などが取り扱われている。また組織問題のプラスとマイナス、表と裏を複眼的にみている点もユニークである。この点はさまざまな箇所の記述にみられる。キャリアのそれぞれの段階でとりあげられ、初期ではマニュアル、社会化の問題として、中期ではリーダーシップ、集団決定、後期では環境適応、社会貢献の問題としておもに取り扱われている。また評書を通じて組織論の主要用語を学習でき文献も適切に配置され提示されているだけでなく、映画で学ぶ組織論ともなっている点もユニークな試みである。小説から学ぶ組織論入門書はすでに田尾先生によって書かれているが、映画という素材を活用した入門書という意味でも興味深い。
 誰が一番の読者となりうるかが気になることである。多分2年生以上の大学生がメインターゲットとなると思われる。学生にとっては大上段に組織とは何かから論ずるよりも、いずれ就職する会社を想定した記述は興味を持って読んでいくことが期待できる。その際想定している会社はこれから働こうとする大企業であり、就職ランキングの上位の人気企業、創業者型ではなく専門経営者に率いられた企業であろう。しかもその企業で成功していく個人である。一つの成功物語としても読める。おとぎ話として読むことはできるであろう。しかし課長・部長・執行役員・社長と上り詰めていくに従ってどれほどの共感を読者が持ってくれるのかについては疑問の残るところである。サラリーマンにとってのリアリティは問題ないとはいえないであろう。学生にとっては入社に至るプロセスの厚い記述が必要な気がした。
 評書において全体として何がとりあげられ、なにが取り上げられなかったのかについて次に述べる。限られたスペースの中で組織論のすべてを論じることは到底無理なことである。それをふまえつつ若干のコメントをしたい。筆者たちの視点すなわち当事者視点に立つと見えることと見えなくなることの問題である。当事者的観点に立つことによって明らかになったことは、組織における立場によって、組織問題は異なりそれへの解決策も異なること、上位になるにつれて問題の範囲が広がるとともに質的にも変化することである。しかしながら従来の組織論で問題にしてきたことに組織とか何か、その本質とはという問いがある。それは組織の見方とも関連するが、それについては初めにバーナードの定義が述べられただけである。たしかに個人により組織は作られ組織により個人は作られるのであり、組織と個人の相克は主たる課題であることは確かである。それにもかかわらず個人を超えた実体としての組織、動的存在としての組織をとらえていくことが必要であろう。それとともに望ましい組織とは何か、いかに創造するのかにも解答が求められている。組織とは何かが最後のところで触れてほしかった。
 当事者の立場に立った場合でも欠けている問題について述べよう。評書では、パワー(ミドル・トップ)・コミュニケーション・評価・プロジェクトマネジメント・国際化に関わる問題が本格的にとりあげられていない。組織論の教科書ではパワー、コミュニケーションが章あるいは節で論じられることが多い。キャリアの中期において、新製品企画などのプロジェクトマネジメントが取り扱われることが必要ではなかったろうか。また国際化に伴う組織課題(統合―分散、異文化マネジメントなど)は最近では避けては通れない課題である。キャリア形成において海外経験の重要性を考えると一章さいてもよかったと思われる。本書では組織の中で生きて出世していく個人、単線型の人生が想定されており、組織にコミットし高い意欲と能力をもつ個人である。その意味では古いキャリアが想定されており、アーサーのいう境界を越えたキャリア(バウンダレスキャリア)は扱われていない。組織と距離を置きつつワークライフバランスを図る人材や起業をめざす個人は想定されていない。
 評書は新しい形の組織論の優れた教科書として推薦でき、多くの方に読まれることを期待したい。

(やまくら・けんし=横浜国立大学経営学部教授)

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稲葉 祐之井上 達彦鈴木 竜太山下 勝/著

2010年05月発売
四六判 , 406ページ
定価 2,310円(本体 2,100円)
ISBN 978-4-641-12393-9

会社組織でのキャリア・ステップのストーリーに乗せて,時として生じるジレンマに触れながら個人と組織の関係を描く。様々な人々が交差する会社において,立場を変えながら組織と接する中で感じる疑問に答えつつ,経営組織のダイナミズムを活き活きと解説。

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