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連載

『強み』とともに生きる――ポジティブ心理学のすゝめ

第2回 二十四の強み

関西福祉科学大学心理科学部教授 島井哲志〔Shimai Satoshi〕

非認知的能力が次のキーワード

 最近、学校教育の中で「非認知的能力」が大きく取り上げられるようになってきている。これは、人間の働きのうちで人工知能(AI)によって置き換えられることのない、人間だけに備えられた社会的なスキルとして注目されている。そして、特に幼児教育で身に着けることが強調されており、次期の学習指導要領に記されている。

 つまり、今後は、全国の子どもたちは、小学校に入学する前に、何らかの形で「非認知的能力」を身に付ける活動をすることになる。言葉からでは、どんな教育活動になるのか想像がつかないが、実施する先生方が追いつめられず、幼い子どもたちが楽しく参加してほしいと願うばかりである。

 学校教育では、これ以前にも、「生きる力」や「人間力」が強調されてきた。非認知的能力も含めて、学力だけが大切ではないという主旨からは、私も、これらを提案する社会的意義があると思う。しかし、忙しい教育現場で、聞き慣れない言葉が独り歩きした結果、やや見当違いの教育実践が行われているのを見聞したことがあるし、これからも起こるかもしれないと思う。

 これまで、私は、学校保健の領域でのライフスキル教育の実践に関わってきた。そこでは、健康教育の先生方を中心に喫煙や飲酒などの不健康行動の防止のためのプログラムを提案していった。そのなかで、私は、心理学の専門家として、そのプログラムを支える心理科学的基盤を提供するという役割を果たしてきた。

 このライフスキル教育で重要と提案されてきたのは、セルフエスティーム、目標設定、意思決定、ストレスマネジメント、対人関係スキルであり、もちろん、教育実践のデータから、これらを身に付けることが不健康行動の防止に重要な役割をもつことが示されてきている。

 しかし、そもそも人間のもつさまざまな働きの中で、どうして、これらが特に選ばれるべきなのかという根拠を示すことは容易ではなかった。それは、心理学の中に、多くのポジティブな働きを把握するための分類法や用語集が整えられていなかったためである。

 同じように、非認知的能力と、生きる力、人間力、さらには、道徳教育とのつながりを、ポジティブな働きの応用領域である教育に携わる先生方が混乱しないように、心理学から整理できればと願っている。そうすれば、どういう理由で、いまこそ、非認知的能力を高める教育に取り組むべきなのかも、(もし本当にそうであればだが)、もっと説得力をもって説明できるはずだと思う。

 そして、将来的にその役割を果たすものこそが、ここで紹介していく、人間のこころのポジティブな働きを網羅して分類し整理するというプロジェクトなのである。

健全さのマニュアルに向けて

 さて、前回、UnDSMというプロジェクトのことを書いてきたのだが、現在では、実は、この名称は、プロジェクトの成果物に記されていない。2004年に出版された書籍のタイトルは、『品性の強みと人徳――ハンドブックと分類」というものであり、目次のはじめには「健全さのマニュアル』と書かれている。

 健全さ(Sanities)という言葉は、精神疾患と対比した言葉として選ばれている。したがって、この書物が、DSMと対になっているものと位置づけられていることは間違いがない。では、なぜ、UnDSMではないのか。実は、このプロジェクトには二重の意味があったからである。

 前回、DSMに倣って、心のポジティブな働きの中核の品性の強みを検討するという内容を紹介した。そこでは、DSMが精神疾患の普遍性に応じた用語の分類と評価法である診断を浸透させたことを高く評価し、それと同じようなことを、強みについて実現するのがこのプロジェクトであると説明した。

 この文脈では、DSMをすばらしいモデルとして、ポジティブな働きについても、同じようなものを作ろうとしているように見える。しかし、ポジティブ心理学は、人間のこころの働きのネガティブな側面だけではなく、ポジティブな側面に注目することが重要であるという考え方に基づく。そして、人間のこころのネガティブな側面だけに注目したものの代表こそがDSMである。そう考えれば、ポジティブ心理学がそれをそのまま肯定するはずがない。

 例えば、ストレスという状況を考えてみる。ネガティブな側面に注目すれば、人間がストレスからいかに悪い影響を受けているか、それを受けないようにするにはどうするかという問題意識になる。そして、それを解決することができるのは医療の専門職ということになる。しかし、ポジティブ心理学の観点では、ストレス状況は、人間が何かの目的に到達しようとする時に生じる解決すべき、あるいは、乗り越えるべき課題ととらえられる。そこでは、人間は、災難に遭った可哀想な患者ではなく、責任のある存在と考えられているのである。

 もちろん、ポジティブな側面だけしか見ないということでは、予防的で建設的な対策はとれないので、ネガティブな側面も同時に見ることが重要になる。健全さのハンドブックは、その第一歩に過ぎないのであり、本当の意味でのゴールは、この二つが統合されるところにある。

 他にももっと多くの変化が起こることも必要だが、それらによって生じるのは、精神医学と心理学の統合した実践研究領域である。その結果として、これらのサービスを利用する人たちにも、より良い結果がもたらされることが期待される。

 それは、人間のもつ強みの科学的研究を可能にする、強みの分類と用語を提供する。そして、強みがどのように発揮されているのかを測定評価することが可能になる。

普遍的な強みの選択基準

 セリグマンとピーターソンは、3年に渡って、夏季の合宿研修会(という言葉のイメージよりもずっとラグジェアリーだったようだが)などで、50人以上のリーダー的な人物の協力を得て、強みの元となるリストを作成した。

 さて、もしも、目の前に、その結果としての、まあまあの数の強みのリストがあり、そのなかから、これこそ中核であろうものを選ぶとすれば、皆さんなら、どのような基準を考えるだろう。

 ピーターソンとセリグマンは、十の基準を提案している。そして、もちろんそれが妥当なのかどうかも、今後議論されていくことになるはずである。まずは、どのような基準が提案されているのかを見ていきたい。

 初めの三つは、品性の中核的な特徴である。(一)それを発揮することが、自分自身にも他者にとっても良い人生につながる、さまざまな充実につながるものであること、(二)それを用いること自体が、精神的・道徳的に価値あると判断できること、(三)それを誰かが発揮することで、周りにいる誰かが傷つけられないこと、である。

 第一の、充実することは、単に楽しみのためのものではなく、幾分かの努力も伴うことを意味する。第二は、おそらくは、品性の強みをビジネスのそれと区別する主要な点であろう。品性の強みは、マーケットの動向を見抜く才覚とはかなり異なるのである。また、第三は、競争に勝利したいというような類似しているが異なるものを排除するための基準である。

 続いて、(四)反対語に望ましい特徴がないこと、(五)実際に外から観察できる個人の行動に表されること、(六)他の強みと明確に区別できること、である。これらは、付随的な条件の確認のための基準といえる。

 第四については、例えば柔軟性について考えれば、反対語として安定性といった良い特性が考えられ排除される。また、第五は、例えば、合理性では個人の行動に表されない部分があるので採用されず、判断力という行動に示されるものが該当する。第六は、重複や複合した強みを避けるための基準である。

 最後の四つは、(七)模範的な人物や物語があること、(八)天才的な人物がいること、(九)欠如した人物がいること、そして(十)それを育成する伝統や制度があること、である。これらは、補足的な基準といえるだろう。

 第七は、ジョージ・ワシントンが桜の木を切ったと正直に話した伝説が、第十は、ボーイスカウトの規律ある伝統が思い浮かぶ。第八と第九は、天才とその逆である。このあたりは、どのくらい、その伝説や制度が知れ渡っているのかという問題もあり、すべてを満たすことが求められてはいない。

二十四種類の品性の強み

 これらの基準を適用して、リストを整理した結果として、二十四の強みが選択された。十の基準すべてを完全に満たすと判断されたものは、好奇心、親密性(愛情)、自己制御、ユーモア、精神性で、また、独創性、正直、親切心、感謝心、希望は、ほぼ十の基準を満たすとされている。

 続いて、十の基準のうち九を満たしていたものは、判断力、見通し、勇気、粘り、忠誠心、公平性、リーダーシップ、社会的知能、寛容性、謙虚、思慮深さ、審美心の十二の強みであった。そして、十のうち八の基準を満たしていたものは、向学心と熱意である。

 さて、ここでは、ひとつの言葉しか紹介してはいないが、同じ強みについて、いろいろな呼び方があることが多い。たとえば、好奇心では、興味、新規性志向、経験への開放性など三つの言葉が併記されているし、親切心では、実に六つの言葉が併記されている。実は、私たちの強みの訳語も必ずしも統一されていない。

 さて、合計二十四種類の強みは、上位の六つのカテゴリーに分類されている。

 第一は知恵と知識であり、独創性、好奇心、判断力、向学心、見通しの五つの強みが分類される知的な働きが重要な強みである。第二は勇敢さであり、勇気、粘り、正直、熱意の四つの強みが分類され、個人の動機づけの強さを支えるものである。第三は正義であり、忠誠心、公平性、リーダーシップの三つからなる、集団のなかでの正しさを実践する強みである。

 第四は人間性で、親密性(愛情)、親切心、社会的知能からなる、情緒的なつながりの強みである。第五の節制は、寛容性、謙虚、思慮深さ、自己制御からなり、自己に対する適切な抑制の強みである。最後の、第六は超越性であり、審美心、感謝心、希望、ユーモア、精神性からなる。

 なお、この上位のカテゴリーについて、あまり固定的に考える必要はなく、もっと単純に分類すれば三種類くらいに集約することもできるのかもしれないと考えられる。これは、実証的に検討できる。

 また、ここで挙がった二十四種類は多いのかもしれない。実は、先の基準の中で満たされていない回数が最も多かったのが第六番目の「他の強みと明確に区別できる」であった。つまり、この二十四種類にはかなり似ている強みが混ざっている可能性があり、強みを高める活動などを考えていく中で、さらに検討を要する。

 次回は、これらの強みを評価するために開発された方法を紹介したい。

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