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書斎の窓

座談会

学びの友となる教科書を目指して

――『社会保障法』刊行によせて

フランス国立科学研究センター研究員(ボルドー大学所属) 笠木映里〔Kasagi Eri〕

東北大学大学院法学研究科教授 嵩 さやか〔Dake Sayaka〕

名古屋大学大学院法学研究科教授 中野妙子〔Nakano Taeko〕

筑波大学ビジネスサイエンス系准教授 渡邊絹子〔Watanabe Kinuko〕

笠木映里
Kasagi Eri

嵩 さやか
Dake Sayaka

中野妙子
Nakano Taeko

渡邊絹子
Watanabe Kinuko

笠木映里・嵩さやか・中野妙子・渡邊絹子/著
A5判,604頁,
本体5,000円+税

本書ができるまでの歩み

――2008年に出版のための第1回会合をさせていただいてからかれこれ10年が経ちました。

笠木 10周年に出版になりますね。

――執筆分担は最初の会合の時に各先生方のご専門分野でということで決まったんですよね。

中野 そのときに決めましたよね。

渡邊 それぞれの専門分野などを考慮しながら、すんなりと決まりました。

笠木 とりあえず目次立てみたいなものはわりと早く出しましたよね。目次を決めるあたりまでは、とんとん拍子で進んだような印象です。

 でも、執筆は遅かった(笑)。


第1編 総  論

 第1章 社会保障とは何か?(笠木)

 第2章 社会保障「法」とは何か?(中野)

第2編 各  論

 第3章 年  金(嵩)

 第4章 医  療(笠木)

 第5章 介護保険・社会福祉(中野)

 第6章 労  災(渡邊)

 第7章 失  業(渡邊)

 第8章 生活保護(嵩)


――総論のご執筆は笠木先生と中野先生がご担当でしたが、特にご苦労されたんじゃないかと思います。なかなか類書がありませんでした。

笠木 大変でした。

中野 でも、私が担当した部分は、西村健一郎先生や菊池馨実先生の教科書(書名はそれぞれ『社会保障法』)でもしっかり書かれている憲法などの話なので。

笠木 第1章はあまり依拠するものがなかったので、校正していても、そもそも何を書くかという基本的なところに、どんどん疑問が出てきてしまう。これをそんなに書く必要があったのか、本当はこれをもっと書くべきではないか、と悩み始めるときりがないです。

――会合が始まった当初は体系的な社会保障法の本があまりなかったと思います。

 年金については堀勝洋先生の詳しい御著書があるので(『年金保険法』)。でも、大変でした。各論の中で総論についてふれるために、自分たちの今まで研究してきたこともまとめたりして。それは確かに大変でした。

――各制度ごとに総論を書くというのは今までにないコンセプトでしたしね。

 それがけっこう難しかったですかね。

笠木 生活保護はたくさん判例が出たり、学説も議論が10年前よりも多くなりましたね。

中野 2013年に大改正もありましたしね。

――どうしても改正が多い分野ですので、それを追いかけるのも大変でしたね。

笠木 特に苦労されたのは、福祉の章を担当された中野さんだったでしょう。

 福祉は、めまぐるしいですよね。

中野 法律も多いし、改正も多いから、それを追ってどんどん継ぎ足していくうちに分量が多くなってしまって。福祉の場合は倉田聡先生の『これからの社会福祉と法』や、『よくわかる社会福祉と法』(西村健一郎・品田充儀編著)など、社会福祉学の人が法律を学ぶためのテキストというのはけっこうあって、そういうものを参考にさせていただきました。

――そうですね。笠木先生担当の医療のところもいろいろな特別法が出てきました。

笠木 このような改正や、改正に向けた議論があるよという情報を岩村正彦先生や共著者の皆さんから頂戴して、まめにチェックするようにしていました。ただ、特に改正に向けた議論の部分は、原稿からは省いたこともけっこうありますね。編集会議の場では盛り上がったけど、ちょっと教科書では書きにくいとか。原稿のコメント欄にはいっぱい書いてあるけど、結局、本には反映しないままということもありました。

――そういう惜しい情報もたくさんありながらできた本ですよね。

 ここはもう少し書かないと不十分になるかな、というようなものを書き込んでいっちゃうと、学生にとっては重過ぎたり、他方で、すかすかのところもあったりと、バランスをとるのが難しかったですね。

中野 岩村先生に、発展項目に記載した文章が長過ぎると言われたり。

笠木 「発展」の内容ですごく盛り上がってしまって。

渡邊 そうそう。教科書としてのバランスをとるのが難しかった。読みやすさのために、見出しタイトルを見開き1頁の中に最低1つは入れるといったこともありましたね。

中野 見た目のルールとかね。

 ずらずらと字が続かないようにね。

笠木 私は、他の教科書に共通して書いてあることは、もうさらっとでいいかという傾向があって。本文はわりと薄い記述しかない項目なのに「発展」が多い、というような状況になることもあって、そのバランスが難しかったです。

中野 私は逆で、他の教科書に書かれていることはちゃんと自分も拾わなきゃみたいな感じでした。

ぜひ「発展」も読んでほしい

――「発展」がすごく多くなりましたよね。

 そうですね。書きたいけど、本文に入れるのはちょっと、というのは全部「発展」に入れて。ちょうどうまく使わせていただきました。

笠木 学生の方に読んでもらえると面白いと思う。必ずしも議論が難しいから「発展」というわけでもないですよね。論点の性格から、「発展」に位置づけている。

中野 脱線するようなものは全部「発展」に入れるようにしました。

渡邊 知っていたほうが本文の理解に役立つかなという視点もありました。

 誰に読んでほしいかな? 広くみんなに読んでほしい。

中野 院生以上の専門家に限らず学部生の皆さんにも。

 本文は「こういう制度です」という無機的な話がけっこう続いたりするので、「発展」のほうが面白みが出てくるのかなと思います。学生は、むしろ「発展」に興味が湧くと思います。

中野 社会保障法のゼミ生なら読んで欲しいですね。

 ぜひ読んで欲しいですね。きちっと読んで、もっといろいろな本にもチャレンジしてほしいです。

――学生の方以外でしたらどういう人に読んでほしいですか?

笠木 判例、裁判例はけっこう広く、また詳しく紹介していますので、裁判例の動向に関心のある方でしょうか。

渡邊 予備知識がそれほどない一般読者の方にも理解しやすい構成にしているつもりなので、さっとでも読んでもらえれば嬉しいですね。特に「発展」の部分などは現実社会との接点も多いと思うので、興味も持ちやすいのではと思います。

執筆中の苦労……

笠木 編集会議ではお互いに原稿を読み合いましたね。

 われわれ執筆者以外の先生にも読んでもらいました。

笠木 そうですね、複数の方に読んでいただいているので、私が一人で書いた最初の原稿に比べるとかなり読みやすくなっているんじゃないかと思います。わかりづらいところは率直に「わかりづらいです」とコメントを入れてもらって、直しました。

中野 校正時に、編集部からも「意味がわかりません」という突っ込みをいただいたり……。

 そうね。それはありがたかったよね。

中野 書いた本人は先入観を持って読んでいるから、わからない訳ないだろうとか思っちゃう。

笠木 そうとしか読めないと自分では思うのですよね。

中野 必要な箇所は、授業で使う先生が噛み砕いて説明してくださればと思います。

笠木 確かに、ただこの本を読むだけではなく、講義に出て先生の議論を聞きながら勉強していただくのが理想的ではありますね。

中野 毎回、血を吐くような思いで作業をしていました(笑)。寝食を削り、帰りが遅くなって猫に寂しい思いをさせて。

渡邊 今も手に引っ掻き傷があるけどね(笑)。

 心血を注ぎましたね。

中野 まさしく血と涙の結晶。

渡邊 改正が多いと、前に書いたものとの整合性が問題になることもあって、結局、全部書き直さないと駄目だとか。

中野 それはありますね。継ぎ足しているだけだと駄目で。あと、社会福祉は取り扱うジャンルが広いので、必ずしも自分が今まで関心を持っていなかったところまで調べて、自分が勉強してから書かなければいけないというのもけっこうあったので。それは大変だった。

笠木 本当に大変でした。でも勉強になりました。自分が好きなところと、そうでもないところはやっぱりどうしてもあります。日頃、論文を書いたりするときは好きなところを選べるし、判例評釈も、ある程度自分が面白いと思うテーマから選んでいるので。

 自分が今まで全然興味を持っていなかった論点についての論文が多くあったり、こんなにも議論の蓄積があるんだなと思ったりしました。そういう発見があって勉強になったなと思う。ここにもこういう論点があるんだなとか、こういう比較はよく知らなかったなとか、様々なことを発見しました。論文を書くだけだと全体を見られていないですし。

渡邊 ほかの人の原稿を読んで、ああ、確かにこの問題も忘れてはいけないとか、改めて考えたりしましたね。

 そうそう。お互いに読んだりしてね。

笠木 今、自分で何か新しいテーマについて勉強を始める時、皆さんの原稿を手元に持っているので、それを見て、まず、当該論点について何が書いてあるか読んでから着手することにしていますね。

渡邊 そういう意味ではすごく信頼のおける内容ですよね。

中野 福祉の章については、さっきも言ったように、今までいろいろな先生たちがなさってきたことをまとめたものなので。

笠木 既存の膨大な基本書や論文を、かなり丁寧にフォローして教科書の形にまとめた、という本として、一定の利用価値があると思います。

家族/研究会としての編集会議

渡邊 ところで、こういう概説書や教科書で「共著者全員が」女性だけというのは珍しくないですか?

――初めてだと思います。

渡邊 そうですよね。大体、男性が入りますよね。

――社会保障法学会の構成メンバー自体、女性がけっこう多いと思います。ただ、どの法律分野でも、40歳ぐらいの世代から女性が増えてきていると思います。

中野 それはそうですね。

渡邊 それでも、女性だけで並ぶのって珍しいだろうなと内心思っていたんです。

 確かに。

――女性の先生方だけの教科書を担当するのは初めてなので感慨深いものがあります。

 時代は変わってきた。

笠木 新しい時代ですね。

中野 労働法も女性の先生は多いですけれどね。

渡邊 多くなったけれど、まだまだということでしょうか。

中野 世の中の男女のバランスを考えたら、ここが女性だけでつくっているというのがむしろ偏っているのかな?

女性ばかりで楽しいとは思っていますけど。個人的には自分は長女なので、お姉さまたちに囲まれてとても幸せ。

笠木 家族のような雰囲気ですね。

――この本ができるまでにいろいろドラマがありましたよね。皆さん、私生活でもいろいろなステージを経験されました。

中野 始めたときには岩村先生と編集の一村さんを含めても独身半分、既婚者半分だったのに、気が付けば、私以外のみんなが次々と結婚していき、次々と子供を産み……。

笠木 嵩さんは、お子さん2人とも執筆中に出産されたんですよね。

中野 嵩さんは2人産んで、絹子さんと映里ちゃんも産んで。

笠木 一村さんを含めたら合計6人が誕生したことになるんですね。

中野 子どもは次々と順調に生まれるのに、本がいつまでも生まれないと言ったら、何をうまいこと言っているんですかと怒られたこともあった。嵩さんが産休・育休の間は仙台に集合しました。

笠木 楽しかったです。

中野 北海道で合宿をしたときには、これが最後の打ち合わせだからということで北海道に行ったのに。それからさらに時間がかかり……。

渡邊 あれは2年前でしたね、確か。

 「これが最後、最後」というのが何度も来ましたね。

渡邊 編集担当者の穏やかな顔が変わっていくみたいな。

 もうお顔を直視できなくなっていく(笑)。

――これで会合が終わってしまうと思うと残念な気持ちもあります。

 すごくいい勉強の機会になって。

中野 なんだろう。本当に血を吐く思いで書いていたんですけど、今、みんなばらばらで仕事をしているので、それが毎回、岩村先生も交えて集まって。

 研究会みたいだったよね。

中野 本当に研究会ですよね。最近の私生活のことから法律のことまでいろいろな話ができて、それは本当にすごく楽しかったです。特に私は、名古屋には社会保障法の研究者が少ないので、名古屋で判例研究会があっても、中京大学の柴田洋二郎先生が来なければ社会保障法の議論ができないので。

 東北もそうです。

中野 なので、こうやって集まることができてよかったです。関西社会保障法研究会にも参加させていただいていますけど、名古屋にいるとなかなか社会保障法の話ができないので。皆さんと集まって話をするというのは、刺激をもらうという意味でもいい時間でした。

 こういうテーマもあるんだなとかね。最高裁の最近の判例はこういうふうに読むんだなとか。

渡邊 疑問に思っていることを素直に話せる場というのかな。

中野 昔は岩村先生がいろいろな研究プロジェクトを企画し、我々と共同研究を組んでくださっていたじゃないですか。でも、先生もお忙しくなって、そういう機会も無くなって、その代わりにこの場があったなと。

 大変だったけど、会合が終わっちゃうと、これから先のフォローアップはどうしたらいいんだろうかという感じです。

社会保障法を学ぶ人々

 地方公務員や国家公務員になりたいゼミ生が非常に多いので、そういう人はやっぱり福祉行政方面に興味がある。公務員試験受験を考えている人が授業やゼミに来ますかね。ロースクールに行く人はあまり来ませんね。公務員志望の人はけっこう社会保障法に関心がある。

笠木 私は現在フランスのボルドーにいて日本の学生の様子はわからないですけど、日本を離れる数年前(2000年代末)からは、貧困問題への学生の関心も高いと感じました。

 子どもの貧困とかそういうのは確かに関心が高いですね。

笠木 社会問題への関心から社会保障に興味があって、でも、授業に来たらけっこうややこしくて、思っていたのと違ってがっかりというような学生も多い。ゼミ生にもいましたけど。

 確かにね。

笠木 来てみたら「行政法じゃないか?」みたいな。

 行政法の話ばかりで難しい、みたいな。

笠木 行政法は苦手なのに、ということがありますね。法学として学ぶときには、やっぱり行政法ができないと難しいですよね。

 行政法がわからないと、たぶん何を言っているかわからないところがいっぱいあると思う。

渡邊 ロースクール生はかえって行政法と関連づけた議論のほうを好むところもありますね。

 行政法の総論的な話が具体的に各論ではこうなるというのがわかると、ロースクール生もすごく面白くなるみたいですけれどね。

中野 あと、公法の司法試験で給付行政絡みが出るようで。制度が一応わかっていたほうが解きやすいかなみたいな感じで、ロースクール生が授業に来ることはあります。

 ロースクール生は町の弁護士になる人もけっこういます。生活に困った人から年金がどうこうとかいう話があったりして、年金自体の相談じゃなくても制度を知らないとたぶん何の話をしているのか全然わからなかったりするので。前提知識としてある程度社会保障の仕組みは知っておいたほうがいいと思いますね。

中野 そうですね。授業アンケートでも、司法試験科目じゃないけど実際に弁護士とかになったときに役に立つと思いますとか書いてくれることがあります。

渡邊 社会人大学院の学生の方は、社会保障法は自分たちの生活に直接関係するものとの意識を強く持っているように感じます。だから熱心に受講しています。

 社会人の方はやっぱり興味があるんじゃないですかね。

中野 うちも時々、社労士の社会人院生さんとか、定年退職したご高齢の学生さんが授業にいらっしゃるけど、そういう方の前で年金の話をするのってすごく緊張しませんか?

 実務をやっていた地方公務員出身の方とか。

中野 むしろ我々より実務に詳しい。

 そういう方が質問に来たり、けっこう熱心だったりする。

社会保障法を学ぶ際の法令のひきかた

笠木 社会保障法は、学生にとって難しい科目ということになるんでしょうか。

中野 社会保障法は覚えなきゃいけないことがいっぱいあって難しいみたいな噂はたっている。法律がいっぱいあるから。

渡邊 全部違うからね。

中野 そうそう。

 福祉と社会保険とはまた全然違うし。

渡邊 一般的な六法だと載ってないので、こっちを買ってくださいという指示を出したり。

笠木 六法の問題は、やっかいですよね。

――実際に試験はいろいろな法令を覚えないと無理なんですか?

中野 社会保障法においては、条文そのものを覚える必要はないと思います。私の授業の場合、法令集の持ち込みは認めているので、信山社の『社会保障・福祉六法』を持ち込めば、必要な法律の条文は全部載っています。試験問題は民法などと同じですよね。その事案を読んで、どの法律の条文が関係するかを自分で見つけて、そこから学説や判例を思い出して……。

 思い出して一般論を書いて当てはめてという。

中野 プロセスは同じなんですけど。

 ただ、たぶん条文が見つからなくて、後ろのほうの索引を探したりしている人たちもけっこういて。

笠木 何条に、何が書いてある、というようなことを覚える必要は全くないんだけど。

 確かに。でも授業で取り上げている条文なんてほんの一部。福祉なんかは特に一部だから。そこだけよく聞いて勉強しておけば、本当はそれ以外からは出さないので大丈夫なはず。だけど、授業に出てない学生も多いからね。

笠木 答案を読んでいると、医療のところで話した論点が労災の分野の使用者の民事責任に関する問題への解答として書かれていたり、完全に混乱している学生もいました。公法系から民事系まで、すごく多様な分野を半年間で扱うので、学生にとっては、けっこう大変だとは思います。

 確かに応用分野ですもんね。

笠木 医療だけでも、1学期かけても良いような分量ですし、年金や福祉も、それだけで1学期できますよね。

中野 いや、1学期は無理かな(笑)。

笠木 でも、中野さんの福祉の章は1学期分ぐらいの分量と密度がありますよ!

中野 半学期ぐらいを本当はさきたいかな。

 学生は憲法の話にとりあえず引き付けて、解答するパターンは多い。

中野 そうですね。授業を受けずに試験に来ているからなのかもしれないんだけど。とりあえず今までに学んだ憲法の知識で対応しようとする学生はいますね。

 憲法は直接には関係ないという問題でも、憲法25条の趣旨に照らして解釈して、みたいな感じで。

中野 ひたすらに民法の損害賠償請求の話を書いてる答案もある。

教科書としての本書の魅力

 それでこの教科書によって学生の方のもやもやした難しいという印象が解消できるのかな。余計難しいなと思うのかな。

渡邊 分量はあるけど、詳しく書いたぶん、しっかり読んでくれれば理解はしやすいと思うのですが。

笠木 薄いほうが逆に難しいんですよね。要点しか書いてないから。

 分量が限られた教科書だと唐突にこの話題に触れなくちゃいけないんだろうなと思うところで、ぽんとそれだけ書いてあるから。前後の説明がないとよくわからないというのがけっこうあるかもしれない。

笠木 私たちの教科書は、厚くて難しく見えるかもしれませんが、丁寧に読んでくれさえすれば、比較的わかりやすいのではないかと思います。

中野 そうですね。例えば授業を1回休んじゃったときに、コンパクトな教科書を読んだだけで理解できるかというと、やや難しいと思います。今だったら本当は菊池先生や西村先生の教科書に当たるぐらいは必要で、その選択肢の一つにこの本がなるといいなと思っています。あと、とりあえず学会の先生方がそれぞれの大学の図書室に入れてくださるといいなと期待しています。

 学会の先生方の目に触れると思うと、もうちょっと何か書き足したほうが良かったのかなと思いますね。

渡邊 確かに。ただ、一応、学部生の方を主たる読者として考えて書いているので、削っている部分があるのはやむを得ないと。

中野 一つひとつ参考文献を挙げていないけれども、多々参考にさせていただいているんです。

渡邊 4人で執筆しているので、お一人の先生が執筆された教科書の統一感には劣るところがあるかもしれません。しかし、この本は各執筆者の専門性を考慮して分担を決めた上で、議論を積み重ねてきたので、各分野が丁寧に書き込まれ、充実した内容になっていると思います。本書の売りとしてはそんな感じでいかがでしょう(笑)。

中野 それにしても要保護児童とか初めて勉強したよ(笑)。

渡邊 そこは、メインじゃないから。福祉といえば高齢者介護とか、障害者福祉となるので。ただ、最近は児童福祉も注目を集めているところだけど、そこが充実している教科書はあまりないですよね。概説書レベルだとさらっと終わるから。

中野 あと、児童福祉は、執筆途中で子ども・子育て支援新制度が成立することになって、はじめから書き直しました。

――新しい法律や大きな改正の施行も済んで、出版のタイミングとしては良かったんじゃないですか。

中野 生活保護法の大きな改正もあって……。

笠木 一通り、終わったという感じがありますよね。国民健康保険の都道府県単位化の改正も2018年4月に施行されます。

恩師への感謝

――やっぱり、岩村先生が会合に参加されて、そのご指導を仰ぎながらも皆さんでちゃんと議論されているというのがバランスがとれていてすごいなと思っていました。皆さん世代が近いこともあるのか、誰かの発言に気を遣うとかそういうことが全くなく。

渡邊 そういうのは確かにないですね(笑)。

中野 ない。敬いが足りないと怒られるかもしれませんけど。

笠木 すみません、態度が大きくて(笑)。

 この4人だとしゃべりやすいですよね。

渡邊 岩村先生の下で教科書の内容を議論(+おしゃべり)するのは、記録を取られながら教科書について自由に話をしてくださいと言われた今日の座談会に比べて格段に話しやすかったですね(笑)。

 岩村先生がみんなを集めて食事会を開催してくださったり。日頃の付き合いがいろいろあるので、やっぱり、こういう仕事のときでも仲良くできますね。

中野 そもそも東大にいた頃から、岩村先生が我々の間の雰囲気をうまくつくってくださっていたというのはあったとは思いますね。

 岩村先生のおかげでこんなに和気あいあいと。

中野 さりげなく師匠への感謝を述べておきます。

 就職後は先生とも全く交流がないというようなケースとか、弟子間でも一緒に何かをやるみたいなことがないという話もけっこう聞きますが、我々、特殊みたいなので。

中野 仲良過ぎる。

渡邊 岩村先生がいろいろ気を遣ってくださって、良好な師弟関係が築かれていることが大きいですよね。先生のお陰ですね。

笠木 岩村先生は、ほとんど全部の会合に出席されたのですよね。

 私たちは産休、育休とかで休んだりしましたが。

渡邊 これだけ実質的にいろいろご指導いただいたのに。監修としてお名前が載らないというのはいいのでしょうか?

中野 本当は監修で載っていただいたほうがいい。

笠木 これまで伺ったことがなかったのですが、先生はどうして監修者となることを固辞されたんですか?

――もう、皆さんの時代だからということです。当初、10年前の段階からそうでした。4人でやってくれと。

渡邊 それなのに、こんなに10年間も付き合っていただいて、申し訳ないです。

中野 北海道まで付き合ってくれて、しかもレンタカーの運転までしてくださって。

渡邊 運転、させてましたね(笑)。

 私たちだけビール飲んで。

中野 ジンギスカンを食べに行っても先生は飲めない。

――本当に一生の思い出ですね。楽しかったです。

渡邊 では、しっかり売って、版を重ねましょう! ということで(笑)。そうしたら、また打ち合わせで会えますね。

中野 次はボルドーで。私の野望は岩村門下でヨーロッパ旅行。スウェーデンからフェリーでドイツに渡って、ベルギーとフランスを経由して、イタリア、スペイン、ポルトガル。全部岩村門下で語学的にカバーできる。

笠木 それぞれが、その国でのツアーのプログラムを考えるんですね。

中野 ただし、黒田君(黒田有志弥:国立社会保障・人口問題研究所)が活躍する場面がない。

笠木 アメリカ?

中野 フランスからじゃあノルマンディー海峡を渡ってイギリス? 英語は誰でもしゃべれるじゃん。

笠木 しゃべれないです(笑)。

――本当にそんなことができたら楽しいでしょうね。ぜひそのときを楽しみにしておきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

(2017年12月10日収録・聞き手:『社会保障法』編集担当 一村)

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