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連載

『強み』とともに生きるーーポジティブ心理学のすゝめ

第1回 自分の「強み」を知る

関西福祉科学大学心理科学部教授 島井哲志〔Shimai Satoshi〕

あなたの「強み」は何ですか

 このように聞かれて、あなたは何と答えるだろう。少し考えてみてほしい。

 私も、これから、ここで紹介していこうと思っていることを、一旦、頭の端に片付けてみて、何と答えるだろうと自問してみる。みなさんに考えてほしいと言っておきながら、いざ考えてみるとなかなか難しい。

 思い浮かぶのは、私の場合、結構厳しい状況にあっても、機嫌よくしていられることかなと思う。これは、自分で努力して手に入れたものではないので、ありがたいことだ。自分の強みは自分の資産であり、もっているのはありがたい。あなたの強みである資産はどんなものだろう。

 さて、多くの人にとっては、「強み」について訊かれることがあるとすれば、就職活動のタイミングがそのひとつだろう。エントリーシートの中には、この問いが含まれるものもあり、「あなたの長所は?」と書かれていることも多い。

 学生さんの中には、ここをなかなかうまく書けない人もいる。自分の長所が分からないと困っている人もいる。大人の私たちだって、必ずしもしっかり把握しているわけではないから、若い人がそうであっても不思議はない。

 そして、書いている内容を見ると、抽象的な言葉を連ねているだけだったりする。「だれにでもやさしく接することができる」とか「何事も途中であきらめない」といった具合だ。これをいくつも連ねている学生さんもいるが、抽象的で何を伝えたいか分からない。

 そこで、私は、強みを書くときには、その強みのエピソードを書くように勧めている。もっとも、バイト先の接客で面倒な事を言うお客さんにも丁寧に接することができるから、「だれにでもやさしく接することができる」という話ではインパクトに欠けるので、「もう少し際立ったエピソードは?」と訊くことになる。

 エントリーシートには、「あなたの短所は?」という質問が長所と対になっているものも多く、ここで悩む学生さんも多い。私の周りには真面目な学生さんが多いので、真剣に自分の短所を書いて、結果的にエントリーシートがまったく自己アピールになっていないという場合もある。

 このような時には、次善の対策なのかもしれないが、とりあえず、長所に書いたことを発揮しすぎた失敗をエピソードとして書くなど、短所を紹介しているふりをして、自分の長所を強調するように書くことを勧めたりしている。

 このように、強みという言葉は、ビジネスの世界で一定程度使われている。世界的に見れば、その最大の元締めは、ギャロップ社ということになるだろう。強みを発見するための本(ストレングス・ファインダー)が出版されており(翻訳も多数あり)、書籍購入者には、表紙裏のID番号を用いて、ギャロップ社のサイトで自分の強みが発見できるWEBサービスも提供されている。

ポジティブ心理学と強み

 ペンシルヴァニア大学のセリグマンの研究室に客員として在籍していた時に、ポジティブ心理学サミットという会議に参加させてもらったことがある。会場は、ワシントンDCのギャロップ本社だった。

 立派な会議場で、3日間にわたって、カーネマンなどの錚々たる研究者が刺激的な発表をして、それを少人数の研究者がディスカッションするという、とんでもなく贅沢な会議で(だからサミットなのだが)、もちろん、朝食、ランチ、レセプションなども提供されていた。

 かなり厳選された研究者しか参加できない会合には、今ではその領域の第一人者になっている、優秀な若手・ポスドクも招かれていた。私は、単に、所属研究室に事務局があるということでお目こぼしとして参加させてもらっただけだったがとてもよい経験であった。

 いずれにしても、すでに、その時には、ギャロップ社の強み発見のプロトタイプがあり、それについて、それを先導しているD・クリフトンからの紹介も、たしか会議の冒頭にあった。そこから推察しても、この会議はギャロップからかなりの支援を得ていたのだろう。

 一方で、セリグマンの研究室では、ミシガン大学のクリス・ピーターソンを中心として、UnDSMプロジェクトが進行していた。これは、全く異なる、もうひとつの強みの研究プロジェクトであり、ビジネスではなく、アカデミックな興味から出発したものである。

 このプロジェクトはUnDSMと呼ばれていたが、それはアメリカ精神医学会による精神疾患の診断と統計マニュアル(通称、DSM)を意識したプロジェクトであったからである。DSMは、すべての精神疾患について診断と治療の見込みの根拠となる統計データを網羅したハンドブックである。必要に応じて改訂され、現在は第5版(DSM―5)である。

 UnDSMプロジェクトは、これに対応する内容と形式をもつ、ポジティブな心の働きの整理・分類と、適切なアセスメントによる統計資料、育成プログラムの評価などを網羅したハンドブックの作成を目指したものである。これは、セリグマンが提唱したポジティブ心理学の中核を構成するものと考えられていた。

 というのも、ポジティブ心理学の対象は、ポジティブな経験、ポジティブな特性、ポジティブな組織の3つの領域に分けて考えられるが、UnDSMプロジェクトのめざす、ポジティブな特性の検討こそが、個人の比較的安定した傾向を研究する心理学の最も得意とする内容であるからである。

 そして、そのために試みられていたのが、モラルにつながる「品性」や「徳目」に再注目するということであった。実は、これらは、心理学が、科学的研究を志向したために、個人的な価値観に基づくものとしてできるだけ取り扱わないようにしてきたものであった。

品性の強みとは

 「オズの魔法使い」というアメリカの子供向けの物語がある。そこには、主人公のドロシーとともに、かかし、ブリキの木こり、臆病なライオンが出てくる。これらのキャラクターは、それぞれが自分に足りないものを求めて冒険する。それが、好奇心と共感性と勇気であり、いろいろなエピソードを通じてその大切さが示される。

 オズの魔法使いに限ったことではない、日本の昔話の桃太郎の3匹の動物の家来の猿、犬、雉についても、それぞれが、知恵、忠義、勇気に対応するという話もある。このように物語のなかには、人間にとって大切な特性が埋め込まれていることが多い。このようなものが品性の強みといえる。

 いずれにしても、品性の強みとされるものは、人間として尊敬されるようなものであり、倫理的にも正しくて、価値のあるものとされる、その人に備わったものであり、良いものを作り上げる、ポジティブな心の働きといえるものである。

 そして、これには、それぞれの文化で長い伝統があり、儒教の影響を引き継いで、南総里見八犬伝のなかでは、八徳として「仁義礼智忠信孝悌」を示す八犬士が活躍する。ギリシャ哲学では、4つの主要な徳として、知恵、勇気、節制、正義があげられている。西洋では、さらに、キリスト教で、信仰、希望、愛という3つの徳が加えられる。また、仏教では、見通しにつながる智徳、心の平静につながる断徳、感謝につながる恩徳の3つを三徳としているようである。

 数字と徳という言葉の組合わせを考えると、五徳や十徳など別の内容の連想が勝るものもあるが、近年の教育勅語の十二徳や、フランクリンの十三徳などがあげられるだろう。そして、主だったものを並べてみても、そこそこ似ているところがあるといえそうでもあり、少なくとも共通項を探ることはできそうである。

 しかし、一方で、このプロジェクトは、これまでの主要な思想や宗教を総合するという、とんでもないことでもある。当然、いろいろな反発があるだろうし、それに反論するためにはとんでもなく広範囲の厳密な知識が求められる。さらに、それを提案することに対する社会的責任も生じてくる。かつての心理学者たちが、とりあえず、今はここに手を出さないでおこうと考えたのも当然といえる。

品性の強みを分類する

 DSM以前がどうだったのかというと、なんと、国によって精神疾患の名称も分類の方法も違っていたのである。それどころか、日本では、おそらくは、主要な研究者・研究室が情報元とした国が違ったためであろうが、東と西では病気の診断名ももちろん治療法も一致してはいなかったのである。今と違って、昔の方がそれぞれの地域の特徴はもっと顕著ではあっただろうし、治療も手探り状態であったとしても、それはあんまりである。

 DSMという精神疾患の分類と統計マニュアルの優れたところは、それまで、それぞれの精神疾患の研究の中でいろいろに名前を付けて診断し、治療を試みてきたのに対して、この統一的な分類マニュアルが浸透することで、世界中で同じ基準で同じ疾病として診断し、信頼できる治療につながることを可能にしたことである。

 つまり、DSMの評価すべき点は、操作的な診断基準を用いることで、多く人に受け入れられる、誰でも用いることができる分類を提供できた点である(とはいえ、統一的で根本的な原理が発見され、それに基づいて整合的にすべての疾患が説明できるようになったというわけではなく、DSMには問題点は残されており、改訂がくりかえされている)。

 先に示してきたように、主として個人的経験や価値観に基づいて提唱されてきた品性や徳目のリストも、DSM以前の精神疾患の診断のように、それぞれの国や地域、さらに文化によって、そこで用いられている言葉の意味している内容も、そこに含まれる数も、また、分類法も異なっている。

 そこで、ピーターソンがとったのは、この分類について、性格心理学の徳性研究の方法論を適用するというものである。実は、初期の性格類型にはさまざまな社会的価値が混じっていた。古典的な分類の内容を読むと、どうもそのうちのどれかが社会的に望ましく、どれかは望ましくないように思われるものも多い。つまり社会的価値に影響を受けていたのである。

 この問題を克服したのは、特定の特性を測定することができる尺度の開発と、因子分析などの統計手法を用いることであった。そして、さまざまに提案されていた性格モデルを、5因子の特性へと統合したのが、近年の性格心理学の成果である。その提案に至るプロセスも透明化されてきたのである。

 この実績があるので、ピーターソンは、いまなら、社会的価値を含む、品性の強みをある程度の精度で分類できると考えたのである。手順としては、品性の強みについて、できるだけ多くの情報を集めて候補リストを作ること、そして、誰にでもわかる採用基準を提案すること、それに基づいてリストを絞り込み、測定尺度を開発して、そのデータに基づいて分類することである。

 次回は、どのような採用基準が提案されているのかを紹介したい。

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