巻頭のことば
第6回(最終回) 幼児教育・保育の無償化の課題と期待
東京大学院教育学研究科教授 秋田喜代美〔Akita Kiyomi〕
2019年度より幼児教育・保育の無償化が先行実施されることが2017年12月に閣議決定された。3〜5歳児に関しては、認可保育所、幼稚園、認定こども園等については所得を問わず、無償化となる。その場合、幼稚園では4時間の教育部分、保育園では11時間の保育部分が無償化される。また0〜2歳児の保育に関しては所属制限を設定しての無償化が推進されると言われている。これは、保護者側からみれば朗報である。
ただし、まだ詳細はこれから専門委員会で検討されるということで、未確定部分も多い。たとえば待機児童問題で認可保育所に入りたいのに入れず、やむなく認可外保育所を利用している人のために、どこまでの保育所入所者を無償化とするのか、は未確定である。また大半の私立幼稚園では、教育課程外のいわゆる預かり保育を実施して、夕方まで働く親を支援している。その部分について、無償化するのかどうかも未確定である。
福祉の発想での投資であれば所得制限が必要となり、公教育の投資であれば、平等性からみて全員が対象となる。実はこのような長時間での無償化を日本より先に実施している国は韓国だけである。他の国ではもっと時間が短く、イギリスでは最大週30時間、年間38週分が無償化されており、フランスでは幼稚園の時間外の保育は有償になっている。
OECDによれば、多くの国では小学校入学前の1年間が無償となっている場合が多く、時間が多様である(2015年)。またルクセンブルクやチリなどでは無償化と義務教育化がセットとなっている。韓国では当初は所得制限が設けられ、無償化は5歳児から段階的にすすめられた。2011年以降は所得制限はなく、2013年から3、4歳児も無償化の対象となっている。そして預かり保育や給食費等も含めて現在は無償化されており、バウチャー制度によって保護者が園を選択する方式でこの制度を実施している。日本の計画する制度はこの制度に近い。
ただし、韓国の制度とは大きく違う点がある。韓国では無償化となる園は幼稚園も保育所に当たる施設もすべて質の評価を受け、その基準を超えることが求められている。日本ではこの保育の内容部分に関する評価に対しては、実施への抵抗が各種団体からも強い。
しかし税金を投入するからには、質の高い保育や幼児教育であることが求められる。すでに4、5歳では95%以上が集団での保育や教育に通っているので、いまさら無償化してもアクセスの効果は薄い。本当にこの公共的な投資が効果があるのか、幼児教育とは何をさすのか、その質の向上とは何かを皆が議論し、園の独自性や卓越性、地域文化の独自性を活かしつつも、一定の質保証が行われる必要があるだろう。
そして、無償化によって、子ども、保護者、園、自治体にとってどのような意味があるのかの政策評価がきちんとなされる必要があるだろう。園の評価と共に、政策評価が必要である。このようなことが、女性の社会での活躍を促したり、出生数の増加をもたらしたりするだろうか。また子どもたちにとってどのような意味を持つかを考えることが大切である。もし長時間子どもを施設でみてもらう方が楽と考える親が増え、親子でふれあう時間が減少し、親が親となる責任や子育ち・育ての喜びの共有が減り、子どもは園の中に長時間閉じ込められるような世界となったら、子ども、家族、保育者、地域社会に幸せがもたらされるだろうか。
今日本はまさに危機に立つ国家となっている。子どもたちは自分たちでは社会に向かって声を上げることができない。しかし子どもはその可能性や創造性を私たちに示す意味で「未来から来た存在」である。生まれた時から子どもは市民の一人である。子どもたちが育つ権利を保障することが未来を形創っていくことにつながる大切な時期に日本は来ている。この6回の連載は今回が最終回である。多くの皆さんに読んでいただいたことを心から感謝し、しめくくりたい。