HOME > 書斎の窓
書斎の窓

連載

人生の智慧のための心理学

第3回 信用できる/できない証言とは

東京大学名誉教授(質問者) 繁桝算男〔Shigemasu Kazuo〕

立命館大学総合心理学部教授(回答者) 仲 真紀子〔Naka Makiko〕

繁桝先生からの質問1

 記憶には、事実ではないことをまるで事実であるかのように記憶されている偽記憶があり、裁判所における証人の証言を鵜呑みにすることはできない。証言の信用性について、アメリカでは心理学者が裁判所で意見を述べることは稀ではないと聞く。この点で、日本の状態はどうか。一般論として、偽記憶の可能性を論じることは実験室的データにもとづいて可能であるにしても、裁判事例において、個々の証言についてその信用性の評価をすることはかなり難しいように思われる。この点で本当に心理学者は貢献できるのであろうか?

仲先生の回答1

 書類を提出したと思っていたのに実は出していなかった、○○さんも参加していたと思っていたけれど違っていた、あれ、あの時はイタリアンでなく和食だったっけ……。ご指摘の通り、事実でないことがまるで事実のように思い出されるというのは日常的にも体験されることである。1930年代、バートレットやカーマイケルは記憶が変容し変遷することを鮮やかに示し、1970年代にはロフタスらによる事後情報効果(出来事の後で提示された情報が前の記憶を変容させる)が多くの研究を駆動した。1990年代になると、実際にはなかったことが暗示、イメージ化、思い出す努力、他者の圧力などにより実際にあったかのように思い出される「偽記憶」が問題となり、こちらについても多くの研究が行われた。供述や目撃証言の信用性については心理学者が鑑定が求められるケースも多く、これはアメリカだけでなく日本でも同様である。実験心理学を専門とする心理学者が鑑定や専門家証言を求められることは、頻繁とはいかないまでも稀なことではない。

 しかし、一般論としての意見は言えても個別具体的な証言の信用性評価は難しいのではないか。その通りである。だが、「逃げ」のように聞こえるかもしれないが、心理学者の仕事は信用性判断ではない。証拠を評価し法的判断を行うのは裁判官や裁判員である。日本では明確な規定はないが、米国連邦証拠規則702によれば、専門家証言は裁判官や陪審員の理解を助けるものでなければならない。目撃証言が問題となったアマラル事件(US v. Amaral, 1973)も、専門家証言は、裁判官や陪審員が最終判断を行うための知識獲得を促すものでなければならないとしている。また、専門家証言は⑴適格な専門家によって行われること、⑵「一般的に受け入れられている説明理論」と合致していること、⑶陪審員の知識や偏見を越えるものであることなども要件となっている。科学的裏付けのある「一般的な知見」を示すことで、裁判官や裁判員の判断に資することが求められていると言える(仲、2013年)。

 とはいっても、「この供述は信用できるか」という個別具体的な判断を求められることもある。確率的に導かれた法則性と個別具体的な事例とのギャップを埋めることは困難だが、1つの試みはシミュレーション実験であろう。一定の視力の人が、一定の明るさ、一定の距離から、一定時間対象を目撃し、一定期間を経て証言をした場合、その信用性はどの程度であろうか。この問いに答えるために視力、明るさ、距離、目撃時間、遅延などを変数にとって実験してみるのがシミュレーション実験である。各変数の値を変化させ、それが記憶の正確さに及ぼす影響を調べることで、当該の目撃証言の信用性を推定する根拠を得ることができる。

 ある事案では、4ヵ月前に問屋で買い物をしたという客の顔を店員がどの程度見分けられるか、シミュレーション実験を行った(Naka, Itsukushima & Itoh, 1996)。その結果、出来事の報告はできたとしても顔の識別は困難であること、「この人かも」と写真を選んでも正しい識別は難しいことが明らかになり、私たちは法廷で専門家証言を行った。別の事案では、写真識別までの時間と写真識別の繰り返しを変数にとり、経過時間のみならず、識別の繰り返しも記憶を低下させること、そればかりでなく、記憶の状態に関するメタ認知も阻害されることを示した(Naka, Itsukushima, Itoh & Hara, 2002)。個別の事案に迫りつつ、記憶の曖昧性や可変性に注意するよう働きかけ、慎重な判断を促すところに専門家証人、専門家証言の意義があるように思われる(仲、2011年)。

 では、心理学者の仕事は記憶の信用性に関し警鐘を鳴らすだけだろうか。「より信用性の高い記憶」を得るために役立つことはないのだろうか。ある、というのが筆者の考えである。ここではウエルズが行った「推定変数」「システム変数」という区分が役に立つ(Wells, 1978)。目撃供述の信用性に影響を及ぼし得る変数のうち、出来事が起きた後ではどうすることもできない変数を推定変数という。視力、明るさ、距離などは推定変数である。これに対し情報収集を行う側の変数、例えば同定識別や聴取の方法はシステム変数に分類される。推定変数については、信用性への警鐘を鳴らすことしかできないかもしれない。しかし、システム変数については、実証的な知見にもとづくより適切な方法を提案することで、より正確な情報収集に貢献することが可能である。

 多くの誘導や暗示が、クローズド質問(「××が叩いたの?」などの閉じた質問)や暗示質問(例えば、被面接者が叩かれたとは言っていないのに「何回叩かれたの?」と問うなど)により与えられる。このことを踏まえ、筆者らは現在、被害児童からできるだけ正確に、できるだけ負担をかけることなく出来事を聴取する面接法(司法面接)の研究を行っている。面接法の各要素は「こうすればより正確な情報が得られる可能性が高まる」という確率論的な一般法則に基づいている。この方法で得られた情報が「絶対である」という保証はないが、確率的にはより精度の高い情報を得ることができる。

繁桝先生からの質問2

 裁判における心理学者の役割について、1つは、証言の信用性の適切な評価を裁判に関係する人に理解してもらうこと、さらに、2つ目は、信用性を高めるための方法について助言することであることが理解できた。冤罪の多くは、証言の信用性への過重な信頼であり、それに警鐘を鳴らすことは重要である。裁判官や裁判員の判断は、結局、信用性などを含む蓋然性や確率的な思考ではなく、真であると考えるストーリーの座りの良さで決めているように思われる。「疑わしきは罰せず」という表現にも現れているこのような思考のスタイルに、信用性という考え方をどのように組み入れ、現行の裁判システムに影響を与えるのかという問題は、かなり難しいように思われる。この点について、心理学研究の影響はあるのだろうか?

 2つ目の心理学者の努力、すなわち、信用性を高める証言を得るための方策を講じるのは、心理学研究者の貴重な貢献であろう。証言の質を高めるだけではなく、より多元的な証言を得ることもできるし、日常生活でも応用できそうである。より具体的にどうすればよいかを聞きたい。

仲先生の回答2

 新たに2つの問いをいただいた。

 第1は、裁判官や裁判員の判断に、信用性という考え方をどう組み入れるか。

 裁判官や裁判員の判断が「真実」を重視するものであったとしても、信用性という考え方がおろそかにされているわけでは全くない。むしろ心理学者に依頼される意見の多くは「信用性」に関わるものである。ただ、心理学が得意とするような「この条件における識別/供述は、他の条件に比べて正確さの度合いが有意に高い/低い」といった判断ではなく、唯一無二のこの供述に信用性があるかないか、という判断に資する意見が求められることが多い。

 このようなときに思うのは「実体的真実主義」「適正手続主義」という概念である。前者は絶対的な真実というものがあるとする考え方であり、真実の究明が重要だとされる(よって、「この供述は真か否か」が重要な問いになる)。これに対し後者は、法的に適正な手続が重要であり、適正手続によらなければ人を罰することはできない、という考え方だとされる(これによれば、適正な手続がとられているかが問題となるだろう)。日本の刑事訴訟法では真実の究明と適正な手続の両方が重要だとされているが、過去は再構成であり「絶対的な真実」を確定することはできないというのが心理学の一般的な見方だとするならば、心理学は後者に対してより親和性があるように思われる。法的な手続のなかには、情報を収集するための手続も含まれているであろう。「この証言は信用性がある/ない」という絶対的な判断を行うというよりも、確率的により良い手続を示し、その方法に則って証拠が収集されているかどうかを判断できれば(判断するためには、その手続は客観的に記録され、検証に耐えるものでなければならない)、心理学的な「信用性」をもって司法のシステムに貢献することができるかもしれない。

 第2は、信用性を高める証言を得るための方策である。

 誤った同定識別や虚偽自白・虚偽供述による誤起訴、誤判に敏感に対応したのはイギリスであった。記憶にもとづく証拠の信用性はそれを得る手続の影響を受けることを認識し、心理学の知見を取り入れた方法の開発や訓練が行われている。同定識別に関しては、目撃者に被疑者のみを示し「この人は犯人か否か」という判断を求める単独面通しを排し(単独面通しは「この人が犯人だ」という暗示となりうる)、「長細い顔で目が丸く髪が薄い」などといった目撃者の記述に合致する一定人数(6人、9人など地域により異なる)の対象者(被疑者+非被疑者)を用いた複数面通しが用いられるようになった。さらに、生身の人物ではなく、上半身のビデオ(正面、左斜め、右斜めに顔を向けた動画)を用い、対象者すべてを同時に示す同時面通しではなく(同時に提示すると「他の人に比べてこの人が似ている」という相対的な判断がなされやすい)、1人ずつ示す継時面通しを行うなどの工夫がなされている。また、捜査官による非言語的な暗示・誘導の可能性を排除するために、面通しを実施する人は誰が被疑者かを知らない人物が行い、手続は録音録画し、後の検証に耐えられるようにしている。

 自白供述や参考人供述についても、誘導となりうる発話を排し、できるだけ被面接者に多くを語ってもらう「自由報告」を目指す面接法が開発されている。自由報告は汚染されにくいというだけでなく、面接者が想定していないような情報や、被面接者が言及することで初めてわかる、外的・客観的な事実と照合できる情報(checkable facts)が得られやすい。自由報告を得るには、クローズド質問や誘導質問を行わないことはもとより、「何がありましたか」「それからどうなりましたか」などのオープン質問の使用が重要である。また、いきなり「何があったか話してください」と報告を求めることは難しい。最初に面接での約束事や、場合によっては話す練習をしてもらった上で自由報告を求める。被疑者取調べではPEACEモデルと呼ばれる方法などがこれにあたり、未成年の参考人(被害者、目撃者)に対しては「司法面接」が用いられる。こういった手続も録音録画を行う。以上、イギリスの例を挙げたが、こういった流れは現在世界的なものとなっており、日本でも心理学の知見を踏まえた識別や聴取の方法が取られるようになりつつある。

 先にも述べた通り、筆者が現在研究の中心に据えているのは「司法面接」である。司法面接では被面接者に挨拶をし、約束事を伝え(「本当にあったことを話してください」「わからなかったらわからないと言ってください」「私(面接者)が間違ったら、間違っていると教えてください」等)、リラックスして話せる関係性(ラポール)を築き、出来事を思い出して話す練習をした後、本題に入る。できるだけ自由報告で報告してもらい、必要があれば終盤において質問を行い、最後は質問や希望を受け、話してくれたことに感謝して終了する(詳しくは仲、2016年を参照されたい)。司法面接がより正確な情報をより多く引き出すことは多くの研究により支持されており、日本でも用いられるようになった。実証的な研究成果や一般法則、そして具体的なスキルを提供することにより、「確率論的に」より信用性の高い証拠収集が可能になれば、これも心理学の貢献になるかもしれない。

引用文献

仲真紀子「心理学鑑定に必要な4つの要件」白取祐司編著『刑事裁判における心理学・心理鑑定の可能性』日本評論社、2013年。163–186頁。

仲真紀子編著『子どもへの司法面接――考え方・進め方とトレーニング』 有斐閣、2016年。

仲真紀子『法と倫理の心理学――心理学の知識を裁判に活かす 目撃証言、記憶の回復、子どもの証言』培風館、2011年。

Wells, G. L. (1978). Applied eyewitness-testimony research: System variables and estimator variables. Journal of Personality and Social Psychology, 36(12), 1546-1557.

Naka, M., Itsukushima, Y., & Itoh, Y. (1996). Eyewitness testimony after three months: A field study on memory for an incident in everyday life. Japanese Psychological Research, 38(1), 14-24.

Naka, M., Itsukushima, Y., Itoh, Y., & Hara, H. (2002).The effect of repeated photographic identification and time delay on the accuracy of the final photo identification and the rating of memory. International Journal of Police Science and Management, 4, 53-61.

ページの先頭へ
Copyright©YUHIKAKU PUBLISHING CO.,LTD. All Rights Reserved. 2016