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書斎の窓

自著を語る


『入門・マーケティング戦略』

明治学院大学経済学部教授 池尾恭一〔Ikeo Kyoichi〕

池尾恭一/著
四六判,344頁,
本体2,100円+税

本書の狙い

 日本の企業の強みはもの作りにあるといわれてきました。ところが、そのもの作りの素晴らしさが必ずしも業績に結び付かず、苦戦を強いられる事例が多くみられます。つまり、よい製品を作っているのに、よい結果が出ないのです。

 なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それは、もの作りの素晴らしさが顧客の求める価値に結び付かないからです。そうなると、素晴らしい製品のつもりでも、そのために顧客が支払ってもよいという金額、つまりWTP(Willingness To Pay=支払意思価格)の向上には至らず、いわゆるコモディティ化ということで、価格競争に巻き込まれてしまいます。

 こうした状況にはいくつかの原因が考えられますが、その1つが広い意味での売り方の拙さ、つまりマーケティングの拙さです。

 したがって、今日の日本の企業において、業種を問わず、マーケティングがますます重要性を高めていることは間違いないでしょう。

 本書はこのマーケティングを初めて学ぶ人達を対象とした入門書です。典型的には、大学でのマーケティング入門コースの教科書、企業で初めてマーケティングに接する人達のための入門書というイメージです。

 筆者は長年慶應義塾大学大学院経営管理研究科(通称慶應ビジネススクール)というところで教鞭をとってきました。主な対象はMBAと呼ばれる大学院生と企業に勤務している実務家の方々でした。そのため、これまでに筆者が執筆したテキストの多くは、主にこれらの方々を読者に想定していました。

 それが、2014年に慶應義塾を定年退職し(本来の定年より2年早い選択定年でしたが)、明治学院大学に移り、久しぶりに学部、それも2年生のマーケティングを担当することになりました。そこで、新たなテキストの必要に直面し、本書を執筆することになりました。

 ただ、どうせ書くのならば、学生に限らず、実務家の方々を含め、マーケティングの初学者にとって、マーケティングの考え方や進め方がよりよく身につくテキストを目指してみようと思い、色々と工夫を凝らしてみました。

標準的体系の踏襲とマーケティング戦略の強調

 入門テキストである以上、まず必要なのは、標準的なマーケティングの体系をできる限り易しく、しかもコンパクトに解説することです。ただ、マーケティングは日進月歩しています。そうした最先端の動向もできる限り取り入れるようにしました。

 項目的には、最初にマーケティングやマーケティング戦略の基本的な考え方を説明した後、環境適応を旨とするマーケティングにとって重要な3つの環境、すなわち競争環境、市場環境、流通環境をやや詳しく、とりわけマーケティングとの関連を意識して解説しました。そのうえで、マーケティングのあり方を方向付ける、マーケティング戦略の議論へと進んでいきます。

 本書の大きな特徴は、企業におけるマーケティングのあり方を決定的に左右する、マーケティング戦略に焦点を合わせた点です。マーケティングにおいては、製品(Product)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)、流通チャネル(Place)といった、4Pをいかにすべきかが重要であることはいうまでもありません。しかし、より重要なのは、4Pを背後で方向付けている、マーケティング戦略です。

 ただ、マーケティング戦略を作るための公式があるわけではありません。よりよいマーケティング戦略を作るためには、企業を取り巻く環境を理解し、それらをもとに創造力を発揮して、考え抜く必要があります。そのためのガイドラインを提供することが本書の目的です。

 この目的に向けて、本書では、マーケティング戦略とはどのようなものであり、その形成には、どのような知識と手順が必要かの解説に重点が置かれています。これらにより、マーケティング戦略形成のためのガイドラインを会得できるはずです。そのうえで、マーケティング・テキストの定番である4Pの解説にも、もちろん十分なページを割いています。

 なお、入門書という性格から、各章におけるやや高度な内容は、読み飛ばして差し支えないように、それぞれの章末に補論という形で掲載しました。

事例と練習問題の活用

 本書のもう1つの特徴は事例の活用です。事例の活用は1つには、理解の促進のためです。様々な考え方、枠組み、理論を身近な事例に当てはめて考えてもらうことにより、より深い理解を実現しようというわけです。

 さらに、各章に設けたCOLUMNにおいても、様々な事例を取り上げました。そうしたCOLUMNにより、例えば、エルメスの事例を通してブランドの意味を考えたり、富士写真フイルムとコダックの事例を通してポートフォリオの重要性を学んだりするわけです。

 さらに、いくつかのCOLUMNで取り上げた事例は、それ自体が練習問題になっています。ケースメソッドのためのミニケースといったところです。例えば、第6章のCOLUMNでは、セイコーウォッチが取り上げられ、第6章章末の練習問題で、ウォッチ市場における大きな環境変化のなかでセイコーウォッチはどのようなマーケティング戦略をとるべきかが問われます。

 こうした練習問題も本書では大きな役割を担っています。

 本書では、各章の章末に、3つないし4つの練習問題が配置されています。これらには、各章の内容を自分の身の回りの事例で考えるというものと、COLUMNで示されたミニケース(一部それ以外のものもあります)について、「自分ならばどうするか」を考えるというものが含まれています。

アクティブラーニングの促進と考える力の醸成

 本書を自習用に使用する場合には、各章を読み終えた後、是非練習問題に取り組んで下さい。そうすることによって、学習効果は確実に上がるはずです。また、ミニケースに関する練習問題では、できれば複数の人間の間で議論することが望まれます。

 本書を授業で使用する場合には、授業のなかに練習問題を組み込み、学生のより主体的な学習を促進するのがよいでしょう。アクティブラーニングです。

 学生による主体的な授業参加は、確かに歩みは遅いという面もありますが、知識を学生の頭に定着させるとともに、考える力の醸成に力を発揮します。

 この考える力の醸成は、とりわけマーケティングにおいては強調されなければなりません。

 マーケティングにおいて大切なのは、4Pを方向付けるマーケティング戦略です。具体的には、どのような顧客に対して、どのような価値をいかに提供するかです。しかし、こうしたときには、こういうマーケティング戦略がよいといった公式があるわけではありません。また、単一の正解があるわけでもありません。したがって、必要なのは、様々な知識を援用しながらも、自らの頭で考える力を身に付けることです。

 もちろん、知識は必要です。しかし、より大切なのは、知識を援用しながらも、自分自身の頭で考える力を醸成することです。

 この考える力の醸成に、学生による主体的な授業参加、アクティブラーニングが力を発揮するのです。

授業の進め方

 本書では、こうした目的を達成するための授業の進め方が想定されています。

 念頭に置いているのは、春学期、秋学期それぞれ14回、計28回の授業です。進め方の詳細は、シラバスとパワーポイント・スライドという形で別途用意されています。

 例えば、春学期のシラバスの最初の部分を紹介すると、次表の通りです。

セッション

テーマ

概要

テキストの頁

1

マーケティングへの招待

マーケティングとはいかなるものであり、いかなる歴史のなかで、どのような性格と内容をもつに至ったかを考える。

1-15

2

環境分析と

競争環境1

環境分析がいかなる役割を果たすかを示すとともに、PEST分析、3C分析を解説する。次いで、競争環境のあり方を、市場成長率ならびにファイブ・フォーシズを用いて説明する。さらに、ジャック・ウェルチによるGEの経営改革を紹介する。

17-30

3

競争環境2

競争環境分析の一環として、VRIO分析、戦略グループ、競争対抗戦略を解説する。また、競争環境の不安定化の過程をイノベーションのジレンマにも触れながら説明するとともに、こうした競争環境のあり方が、マーケティング戦略にいかなるインパクトをもたらすかを考える。

30-48

4

競争環境3

競争環境の議論を終えるにあたり、第1章章末の練習問題について討議を行う。

48

 みられるように、講義で内容を解説した後、最初は4回に1度、以降は大体2–3回に1度、最後はほぼ毎回、練習問題に対する解答をなんらかの形で学生に考えてもらうという進め方です。学生に考えてもらう方法としては、個人レポートの提出、グループ・レポートの提出、グループ別発表といったやり方が考えられるでしょう。

 グループ・レポートの提出やグループ別発表の場合は、学生を少人数(4–6名)のグループに分け、授業時間内で、あるいは授業時間外で、グループごとに練習問題に対する解答を検討し、レポートや発表の準備を行ってもらいます。これらに個人レポートを組み合わせて行えば、考える力の養成にとりわけ有効なグループでの議論とともに、個人別の評価も可能になります。

 さらに、授業の場では、グループの発表(場合によっては個人の発表)に対して、教員がコメントするだけでなく、学生間の議論を喚起すれば、より効果的です。とくにミニケースに関する練習問題では、学生間の活発な議論が望まれます。

 本書を教科書に採用された教員の方々には、シラバスと毎回の授業のためのパワーポイント・スライドが、マーク式の試験問題・解答とともに、有斐閣を通じてウェブサポートという形で提供されます。もちろん、これらは筆者が用意した叩き台で、教員の方々には、これらをご参考にお一人お一人に合った使いやすいものを考えていただければ幸いです。

 本書が、日本におけるマーケティングの知識の普及と定着、そしてなによりもマーケティングにかかわる考える力の醸成に役立つことを願っております。

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