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書斎の窓

自著を語る


『大学での学びをアクティブにするアカデミック・スキル入門』
(有斐閣ブックス)

大学生の基礎学力を育む

鹿児島大学学術研究員・学内共同教育研究学域・学内共同教育研究学系准教授 伊藤奈賀子〔Ito Nagako〕

伊藤奈賀子,富原一哉/編
A5判,204頁,
本体1,700円+税

 本書執筆の背景にあるのは、大学で学生がより良く学んでいくためには、専門分野を問わずどの学生にとっても基礎的な「アカデミック・スキル」の修得が必要であるという信念です。私たちは、大学で必要となる学びの作法や技能をアカデミック・スキルと捉えました。図書館の活用法やプレゼンテーションの仕方はその中に含まれるものであり、多くの大学が行っている初年次教育においても取り組まれている学習内容です。それらに加えて、書物の読み方や学習の振り返り方等も採り入れ、初年次の段階だけでなく、学生生活全体を通して自主的かつ自律的に学んでいくための作法と技能を身に付けてもらうことを目指しました。

 本書は、一定程度のプレゼンテーションを行う能力の養成を目標として、様々なアカデミック・スキルを身に付ける過程に沿って編まれています。適切なプレゼンテーションのためには、話し方や資料の作り方を知っておく必要があるということは、多くの新入生も理解しています。しかし、大学で求められる多くのプレゼンテーションは、調べた結果を報告するだけのものではなく、自分の考えを根拠に基づいて主張しなければなりません。「追究すべき問いを自ら立てる」「自分の主張を支える根拠として資料を活用する」といったことは、大学に入学するまでに経験していない学生が多いでしょう。まずはその意義を理解させ、その上でアカデミック・スキルとして習得してもらう必要があります。本書は読者として初年次の学生を想定し、分かりやすく読みやすい記述を心がけました。それは、前記のような活動が未経験であっても学習を進めることができるようにするための配慮です。

 また、他者と協働で学習を進める過程ではコミュニケーションや時間管理などが必要になることから、グループ単位での学習を積極的に取り入れた内容とすることにしました。学習は自主的・自律的に進めていく必要がありますが、社会生活は他者との協働なくしては成り立ちません。考え方も関心も異なる他者との間でコミュニケーションを図りながら直面する問題の解決に粘り強く取り組んでいくことが必要です。大学は、高校より規模も大きく、非常に多様な人々との出会いがあります。一緒に問題の解決を図ろうとしても、協力が得られないこともあれば、一生懸命取り組んでも思うように成果が出ないこともあるでしょう。それでも、学生生活の間、それも授業の場での失敗は、むしろ貴重な学習経験となります。失敗の原因を分析して乗り越えることで、さらに能力を高めたり学習を自己改善したりすることができるからです。決して学生が失敗することを望んでいるわけではありませんが、グループでの活動を通じて思うようにいかない経験をすることもまた学習の1つであると捉えています。


 初年次教育のためのテキストは多々ありますが、本書はあくまでアカデミック・スキルの育成にこだわりました。それは、大学教育の成功は入学直後の経験に大きく影響されるものであり、その段階で最低限身に付けておかなければその後の高い成果は期待しづらいということが、私たちの大学で行われた調査だけでなく、他大学での調査からも明らかになっているためです。

 私たちが所属する大学では、受け入れた学生に対する教育上の責任の1つとして、入学者全員が共通して身に付けるべき能力を入学直後の段階で着実に習得するための場として、共通教育に全学必修科目を開設することとしました。この授業のテキストとして本書を活用しています。初年次教育は多くの大学が取り組んでおり、私たちの大学でも学部によってはそれぞれの専門性を踏まえた取組がすでに行われていました。そうした中で敢えて全学必修科目として取り組むことにしたのは、大学には学位の質を保証する責任があり、そのために専門性によらずすべての学生が共通して身に付けるべき能力がアカデミック・スキルであると考えたためです。アカデミック・スキルは、学生が大学での学びをより実りの多いものにするための基礎学力です。すべての学生に対して一定の基礎学力を保証し、その上により高度な学習を積み重ねていくことが大学の体系的なカリキュラムにとって不可欠なのです。

 ただし、私たちは専門性を踏まえた初年次教育を否定するつもりはありません。むしろ、本書のように汎用的なアカデミック・スキルの育成を目指す学習と並行して、それぞれの専門性に応じた能力の育成が図ることの意義は大きいと考えています。専門性を問わず必要なアカデミック・スキルもある一方、専門性を考慮した場合特化して育成すべき能力もあるでしょう。それぞれの目的や特性を踏まえて連携と役割分担をすることで、学生はより有意義な学習が可能になるものと考えています。


 近年、大学教育のキーワードとなっているもう1つの用語が「アクティブ・ラーニング」です。最近では大学だけでなく、小学校や中学校、高校など、あらゆる教育段階の重要なキーワードとなっているといっても過言ではありません。学習者の成果を高めるための重要な概念として注目を集めているアクティブ・ラーニングですが、実際にどのような指導を行えばいいのかというと、必ずしも明確な正解があるわけではありません。グループ活動を行えばいいかというとそうではありませんし、いわゆる座学ではダメだということでもありません。

 アクティブ・ラーニングにとって重要なのは、学習者が学習に向かう姿勢としてアクティブ(能動的)であり、また、頭の中がアクティブ(活動的)になっているかどうかであると思われます。決して見たときの印象がアクティブ(行動的)かどうかは問題ではありません。一生懸命答えを導き出そうと考え込んでいるとき、手も口も全く動いていないかもしれませんが、学習者は非常にアクティブに学んでいるといえるのではないでしょうか。逆に、グループで活発な議論が行われているように見えても、よくよく聴いてみれば、それぞれが思いつきを口にし合っているだけということもあるでしょう。私たちは、学生がアクティブに学べるようにするにはどうしたらいいかを考え、書き込み式のテキストとすること、他者に対して表現する機会をつくることで、その都度自身の学習状況を確認しながら学んでいけるよう配慮しました。

 アクティブ・ラーニングを推進する上で課題の1つとなっているのが、その成果をどのように評価するかということです。頭の中がどれだけアクティブになったかは見た目では分かりません。何らかの形で表現が行われて初めて可視化されるものです。書き込み式のテキストとしたのもグループでの話し合いを多く取り入れたのも、学生の学びを動機付けるためであると同時に、その成果を評価可能にするためです。その場合の評価とは、学生自身による自己評価と教員による評価の両方が含まれます。学生の自己学習と教員の授業改善の双方を自律的に可能にするため、本書はこのような形式を採っているのです。


 本書で扱っているのは、大学教育の中でも基礎的な、カリキュラムの基底となる学習内容です。大学で学んでいくために必要な学力の全てがこれだけで身に付けられるわけではありません。この内容を起点として、学生が自主自律的に学んでいけるようになることを目指しています。本書のタイトルは『大学での学びをアクティブにするアカデミック・スキル入門』であり、ここから始まる大学での学び全体をアクティブにするための基礎力を養うことが大きな目的なのです。

 本書で扱われているような汎用的なアカデミック・スキルは、特定の専門性によるものではないことから、一般教育の中に位置付けられることの多い学習内容です。戦後の高等教育改革時に導入された一般教育は、それが学士課程の前半に置かれたこともあり、専門教育より下に見られる場合が少なくありませんでした。一般教育が「パンキョー」と揶揄されていたこともその表れでしょう。それから数十年を経た現在でも、そうした見方は消えてはいません。

 しかし、一般教育を取り巻く状況は大きく変わりました。高等卒業直後に大学へと進学するのが一般的な我が国において、18歳人口が減少の一途をたどる中、高等教育進学率は上昇し、今や2人に1人は大学生となっています。大学生、あるいは大卒者であることがそれだけで価値を持つ世の中ではなくなり、大学生はより好ましい就職先に向けて競争を迫られるようになりました。しかも、入学者の層が全体的に変化する一方、入社後に新人教育をする余裕のなくなった企業からは大卒者を即戦力として期待する声が高まり、大学は、確実に能力を身に付けた学生を育成することを強く求められるようになっています。

 現代社会における一般教育とは、大学生活のみならずその後の社会生活をも含めて、自ら学び続けていくことを支えるアカデミック・スキルを習得する場なのではないでしょうか。だからこそ、学ぶための力を養うことを目的とする一般教育は、専門性を高めていくことが目的の専門教育に先んじて比重が置かれているのです。それは決して一般教育の方が下位の課程だからということではありません。むしろ、大学教育が充分な成果を挙げられるかどうかを決める極めて重要だからこそ学生生活の初めに取り組むべきものであり、その後も必要に応じて立ち返り、自身の学習を振り返るとともに、改善の仕方を模索していくための場でもあるのです。

 我が国の大学教育を取り巻く状況は非常に厳しいものです。限られた資源の中で最大限の成果を挙げるための模索が続いており、本書もそのような趨勢と軌を一にするものです。本書が学生の基礎学力としてのアカデミック・スキルを確実に育成するための一助となることを願うとともに、学生の学力向上を目指す各大学や教員にとっても有意義な道標となれば幸いです。

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