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自著を語る


『少子化は止められるか? ――政策課題と今後のあり方』

中央大学経済学部教授 阿部正浩〔Abe Masahiro〕

阿部正浩/編著
四六判,174頁,
本体2,000円+税

「出生率を1.8にする」

 今年6月2日に第3次安倍内閣によって閣議決定された「ニッポン1億総活躍プラン」で、名目GDP600兆円と介護離職ゼロとともに示された3本の矢の1本です。今回の1億総活躍プランでは特に少子化対策が政策課題として一躍脚光を浴びていますが、その理由を考えれば当然かもしれません。わが国で進む少子高齢社会が、あらゆる問題を抜き差しならぬ状況にしているからです。

 わが国は少子高齢社会の真っ只中にあり、社会的にも経済的にも様々な問題を抱えていることはご存じの通りです。若年や壮年層が相対的に少なくなり、高齢層が相対的に多くなることで、財政や社会保障にも大きな影響を与えています。この税と社会保障の問題は以前からも議論されていますが、結局のところは長年にわたって放置してされてきました。税と社会保障の一体改革など今回の政策は、ツケが回ってきたことへの遅ればせながらの対応でした。しかし、本来であれば問題解決に余裕などあるはずがないのですが、残念ながら今回も消費税の増税は延期されようとしており、結局はまた問題の先延ばしです。近い将来に今以上の危機的な状況を迎えることになるのではないかと危惧されます。

 労働力不足問題も深刻です。既に最近の労働市場で人手不足問題が生じており、大きな問題となっています。これは景気が良いことだけが原因ではなく、労働力が確実に減っていることも大きな要因です。たとえば2000年から2015年までの人口動態を見てみましょう。すると、総人口の変化は小さいものの、15歳から64歳までの生産年齢人口は約949万人減少していることがわかります。2000年の生産年齢人口は8657万人でしたから、この15年間で約11%の生産年齢人口がわが国から消えたことを意味します。とりわけ20歳から34歳までの若年人口は2000年と比べて26%も減少しており、若者の4人に1人がいなくなってしまいました。今後も若年層を中心に労働力は減っていきますので、わが国の潜在成長力にネガティブな影響を与えると考えられます。

 こうした課題を解決するための少子化対策は最重要政策課題の1つであることは間違いありません。我々は2004年から日本学術振興会から委託を受け、少子化対策を総点検し、どのような政策が有効なのかを科学的に検証するプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトには、経済学や人口学、社会学といったバックグラウンドを持つ研究者だけでなく、政府で実際に政策立案に関わる官僚の方達の参加も得ました。そして、それぞれの立場から、これまでの少子化対策の効果について以下の観点から包括的に科学的な検証をしました。

 第1に、そもそも少子化対策を政府が積極的に行うことが、少子化問題の解消に繋がるのかどうか。

 第2に、これまで行ってきた少子化対策が有効だったのかどうか。

 第3に、少子化対策が有効であったとして、その対策に配分された政策資源は十分だったのかどうか。

 第4に、これまで見過ごされている少子化対策があるのかどうか。

 以上の点について、以下の研究グループを配置しました。

⑴ 家族政策研究グループ:子育て支援と結婚・妊娠・出産支援について研究するグループ

⑵ 働き方改革研究グループ:働き方改革と企業レベルの少子化対策について研究するグループ

⑶ 地域研究グループ:地方レベルでの少子化対策について研究するグループ

 以上の3つの研究グループを配置したのは、これまでの少子化対策の実施主体が、大きく国、地方、企業の三者が行っており、それぞれの実施主体は子育て支援、働き方改革、結婚・妊娠・出産支援といった支援策を行っているからです。各研究グループは①政策の有効性と②政策資源の配分の有効性、そして③見過ごされている対策、を理論的・実証的に評価しました。また、これらの研究グループに加えて、上記の少子化対策が全体としてマクロ経済や財政、社会保障にどのような影響を与えるかについて研究し、少子化対策の効果を包括的に評価することは重要だと考え、少子化対策がマクロ経済などにどう影響するかについてマクロ経済モデルを開発し評価する研究グループとして、

⑷マクロ経済モデル研究グループ

も配置しました。

 さて、具体的な研究結果は本書をご覧頂くとして、ここでは簡単に紹介したいと思います。

 まず、既存の少子化対策それ自体は少子化の抑制に一定の効果はあると言えます。我が国で少子化が進んだ理由の1つとして、子どもを持つことの費用が高まっていることがしばしば挙げられます。しかし、近年の保育所整備や企業によるワーク・ライフ・バランスの推進によって、女性の結婚・出産と就業の両立可能性は改善しています。このことで、子どもを持つ費用はある程度低減しており、保育所整備やワーク・ライフ・バランスの推進といった個別の施策は一定の効果があったと考えられます。

 しかしながら、そうは言っても出生率があまり改善していないということも事実です。たとえば、我々が行った基礎自治体に対するアンケート調査の結果からは少子化対策が当該地域の出生率を高めているという証左は得られませんでしたし、マクロの出生率も高まっているわけではありません。既存の少子化対策は総体として出生率には影響していないのです。ただし、人口5万人以上の自治体では、少子化対策をより行っている自治体で出生率回復の傾向が、僅かではありますが、見られました。

 では、なぜ個々の施策には一定の効果があるのに、全体として少子化対策に効果が見られないのでしょうか。この疑問に対する我々の結論は、政策資源の投入とその配分に問題があるというものです。個別の施策は効果があるといえども、その効果が得られるだけの政策資源の投入がなされてこなかったのです。そのため、出生率には影響していないというわけです。

 たとえば、2012年度の社会支出総額は112兆7475億円で、対国内総生産比で23.86%になっています。このうち児童家族関係給付費は6兆2166億で、対国内総生産比で1.35%に過ぎません。これに対して、諸外国の対国内総生産比で見た同分野への支出割合は、アメリカは0.74%ですが、イギリス3.97%、ドイツ2.24%、スウェーデン3.64%、フランス2.94%と、我が国よりも高い割合となっています。この一方で、我が国では高齢者分野への支出が53兆6272億円で、対国内総生産比でみると11%となっています。そして、この比率は諸外国よりも高いものとなっています。

 少子化対策それ自体は効果があるとしても、このように政策資源の投入が相対的には少なく、結果として効果が見られないのです。本研究で開発されたマクロモデルのシミュレーションでは、家族分野への支出が対国内総生産比で2%になれば出生率は2.0に近づく、という結果が得られています。

 さらに、政策資源の投入に関するコーディネーションにも問題があるようです。たとえば、ワーク・ライフ・バランス政策の実施主体は雇用主ですが、ワーク・ライフ・バランス制度の策定を法的に義務づけていても、その内容は雇用主によってバラツキがあるし、制度の運用も異なっています。このため、ワーク・ライフ・バランス政策が少子化対策として効果があるとしても、その影響は雇用主の人事・労務管理の方針次第であり、その分だけ効果は低減しています。

 また、地方自治体の少子化対策の具体的内容も各自治体に任されていますが、その結果、子育て世代の世帯は、少子化対策や制度が整っている自治体へ転入し、それらが整っていない自治体から転出する傾向が見られています。その結果、子育て世代世帯の転入がある自治体では出生率が回復傾向にある一方で、転出が増える自治体では出生率が悪化するという、ゼロサムゲーム状態が見られます。ある自治体で出生率が回復したことは良いことなのですが、それ以外の自治体で出生率が悪化すれば、マクロ全体の出生率の改善には繋がりません。

 これに加えて、政府や地方自治体の少子化対策が国民・住民に十分に認知されていない点も問題です。認知が低いため、助成があっても利用されなかったり、助成を知らないためにたとえば結婚や出産を控えたりすることあり得ます。こうしたことが施策の効果を小さなものにしている可能性があるのです。施策が効果的だとしても、その施策を有効に利用してもらう戦術が無ければ、効果的な施策にはなり得ないと考えます。

 さらに、政府が十分に政策評価を行い、PDCAサイクルを回してこなかった点にも問題があります。「ニッポン1億総活躍プラン」の「出生率を1.8にする」という目標は、第2次世界大戦後はじめて設定された政府目標です。これまでは、少子化対策の目標値が明確に設定されておらず、必要な政策資源の投入量やコーディネーションが曖昧になっていた面は否めません。目標値がないこともあり、国も自治体も少子化対策の政策評価を十分に行ってきておらず、PDCAサイクルが回されてきませんでした。合計特殊出生率1.8が少子化対策の目標値として良いのかどうかは議論があると思いますが、そもそも目標値を設定したこと自体が実は画期的なことだったのです。目標値が設定され、政策のPDCAサイクルを回していくことは、今後の少子化対策をより効果的にするために必要なことだと思います。

 この文章を終えるにあたって、有斐閣の皆様、そして書籍編集第2部の渡部一樹さんに対して、研究グループを代表して心からのお礼を述べたいと思います。本書は2015年9月に無理にお願いしてからたった6カ月で刊行に到ったわけですが、渡部さんにはその突貫作業を別のプロジェクトを一旦中止して行って頂きました。その仕事ぶりはいつもの事ながら感心しています。本当にありがとうございました。なお、中止したプロジェクトは出来るだけ早く仕上がるように頑張りたいと思います。読者の皆さんも我々のプロジェクトを楽しみお待ち頂ければと思います。

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