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書評


『民事訴訟法概論』

日本大学法学部教授 小田司〔Oda Tsukasa〕

高橋宏志/著
A5判,432頁
本体3,400円+税

1 はじめに

 本書は、2013年(平成25年)11月から2016年(平成28年)3月にかけて、高橋宏志教授が法学教室(398号〜426号)に連載された「論点講座民事訴訟法案内〔第1回〜第29回〕」に加筆修正して1冊にまとめられたものである。

 本書は、その「はしがき」で述べられているように、400頁でまとめる民事訴訟法の教科書というコンセプトの下に書かれたものである。したがって、民事訴訟の重要論点を本文及び脚注等において網羅的に取り上げて、様々な角度から深く論じている著者の大著『重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版』(有斐閣、2013年)及び『重点講義民事訴訟法(下) 第2版補訂版』(有斐閣、2014年)とは異なり、本書では細かな論点は取り上げられておらず、文献の引用も最小限にとどめられ、全体としてコンパクトにまとめられているが、他の類書とは一線を画するものであり、その内容は重厚で質的にとても読みごたえのあるものとなっている。

2 本書の構成と内容

 本書は、11章で構成されており、法学教室の連載では割愛された「略式訴訟手続」と「民訴法総論」が第10章と第11章に加えられている。紙幅の制約上、ここでは各章の内容を詳しく紹介することはせず、各章の項目について簡単に取り上げることにしたい。

 第1章「当事者」では、当事者の確定、当事者能力等について、続く第2章「訴え」では、訴訟物、訴えの提起、訴え提起の効果――重複訴訟禁止等について論じられている。第3章「訴訟要件」では、訴えの利益、当事者適格等についての説明がなされ、特に確認の利益について詳細な検討がなされている。第4章「審理」では、民事訴訟の重要な原則である処分権主義及び弁論主義等について、第5章「証拠」では、自由心証主義、証拠調べの手続、証明責任等について論じられている。第6章「判決によらない訴訟終了」では、訴えの取下げ、請求の放棄・認諾、訴訟上の和解について、第7章「判決」では、既判力の時的範囲、既判力の客体的範囲、争点効、既判力の人的範囲、反射効等についての説明がなされ、特に既判力の問題については約40ページにわたり詳細な考察がなされている。第8章「複雑訴訟――訴訟物、当事者が複数の訴訟」では、共同訴訟、補助参加、独立当事者参加、訴訟承継等について、第9章「上訴・再審」では、控訴、上告、再審等について取り上げ、第10章「略式訴訟手続」では、手形・小切手訴訟、少額訴訟等について、そして最終章の第11章「民訴法総論」では、民事紛争とその解決、訴訟と非訟について論じられている。

3 本書の特色

 本書の特色をいくつか挙げると、第1に、第1章、第4章、第7章、第8章及び第11章の導入部の囲みにおいて、例えば「……全体像が見えないので、どこかイライラするのです。しかし、円環的構造の訴訟法を勉強するときには、これは我慢しなければなりません。分からないことに耐える力が、訴訟法の勉強には必要なのです。」「抽象論のところでは、具体例を思い浮かべて学ばなければなりません。」(101頁)というように、著者が本書の読者に対し民事訴訟法を学習する上での心構え、留意点等について語りかけ、学習へのモチベーションを高めようとしていることである。導入部の囲みの部分は、本文の叙述スタイルとは異なり、本書の読者にとって親しみやすいようにですます調の叙述スタイルとなっている。

 第2に、本書は第1章を当事者論として、当事者の確定、当事者能力等の問題について論じ、他の多くの教科書において最初の章で論じられている民事訴訟法総論を最終章の第11章で扱っていることである。これは、民事訴訟法総論の下で扱われている訴訟と非訟の区別というような専門的技術的な問題については、民事訴訟法を一通り知った後に学ぶのが適切であるとの著者の配慮に基づくものである。ただし、民事紛争とその解決方法、民事訴訟の理想、解釈論等についても(お付き合いで)最終章で扱われているが、これらはむしろ最初の章で扱うのが適切ではなかろうか。

 第3に、本書は他の教科書とは異なり、各章の小見出しにおいて、例えば「当事者の確定は、どのように処理すべきか」(2頁)、「訴訟物は、どのように特定識別されるか」(35頁)、「確認の利益は、どのような場合に認められるか」(78頁)、「1部請求訴訟は、許されるか」(106頁)というように、まず問題提起がなされ、これらの問題について判例・学説の見解をふまえながら論じていくというスタイルが採られていることである。

 また、「既判力の消極的作用等を訴訟物の枠を超えて理解してしまう学生が意外に多い。たとえば、XがYに対して所有権に基づき建物明渡し請求訴訟を提起し請求棄却の敗訴判決を受けたとする。同じくXがYに対して、第2訴訟として移転登記手続請求を提起したとき、一部の学生は、取得時効に基づく所有権取得の主張は前訴標準時前の事実であるから遮断されると考えてしまう。」(254頁)というように、学生が誤解または混乱しそうな部分に目配りをして、どのように考えたらよいのか丁寧に説明している点も本書の特色であるといえる。

 第4に、本書は判例・通説の祖述ではなく、本書において取り上げられている各論点に対して著者が自説を展開していることである。例えば、公示送達の要件を欠く場合の救済方法について、判例(最判昭和42・2・24民集21巻1号209頁[百選A12])は上訴の追完で十分とし再審を認めていないが、著者は再審の補充性(380頁)を厳格に解して再審をあまりに狭くするのは妥当ではないとし、上訴の追完が可能であっても再審を認めるべきであるとしている(65頁)。また、確認の利益の有無を判断する基準について、多くの教科書は解決手段として確認の訴えを選ぶべきか(方法選択の適否)、確認対象としてどのような訴訟物を選択するか(対象選択の適否)、紛争が即時に解決しなければならないほど切迫し成熟したものか(即時解決の必要ないし紛争の成熟性)の3つの観点から論じているのに対し、本書の著者は前二者が権利保護の資格の系譜のものであり参考とはなるものの決定的ではないとし、権利保護の利益(即時確定の利益または狭義の確認の利益)に一元化して考えるべきであるとし(79頁)、このような観点から確認の利益をめぐる判例について詳細な検討を加えている(82頁以下)。さらに、1部請求後の残部請求の可否につき、判例(最判昭和32・6・7民集11巻6号948頁[百選81]、最判昭和37・8・10民集16巻8号1720頁、最判平成10・6・12民集52巻4号1147頁[百選80]、最判平成20・7・10判時2020号71頁)及び多数説は、黙示の一部請求の場合には残部請求が許されず、明示の一部請求の場合、請求認容のときは残部請求が許され、全部棄却または一部棄却のときは信義則により残部請求が許されないが、前訴での請求に期待可能性のない費目限定型では残部請求が許されるとするのに対し、著者は原告・被告・裁判所の三者の立場からの利益得失を踏まえた上でどの立場を重視しなければならないか検討すべきであるとし、ここでの問題については裁判所の立場を重視すべきであるとして費目限定型以外では残部請求は許されないとしている(108頁以下)。なお、前訴で予測できなかった後遺症に基づく再訴について、判例(最判昭和42・7・18民集21巻6号1559頁[百選82])はこれを許容するために前訴を一部請求であったと構成するが、著者は後遺症に基づく再訴を一部請求の問題として扱うべきではないとし、前訴で主張立証することに期待可能性のなかった事由は手続保障がなかったと見て口頭弁論終結後の新事由に準じて遮断されないとするのが理論構成として妥当であるとしている(262頁)。

 自説が判例・通説の立場に反する場合や少数説である場合には、そのことがきちんと説明されており、初学者でも安心して読み進めることができる点も本書の特色として挙げることができる。例えば、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として本訴で相殺の抗弁を主張する場合(①別訴先行型)や係属中の本訴において相殺の抗弁に供した自働債権を訴訟物として別訴で訴求する場合(②抗弁先行型)には、二重起訴禁止の法理(民訴142条)を類推適用すべきか否かが問題となるが、①における相殺の抗弁について、判例(最判平成3・12・17民集45巻9号1435頁[百選38①])は、二重起訴の禁止に反し相殺の抗弁を提出することは許されないとしており、学説上の多数説も判例と同様の立場に立っている。②における別訴について、最高裁の判例はないが、多数説は民事訴訟法142条の趣旨に照らし別訴の提起を不適法としている。本書の筆者は、②における別訴については、本訴の被告は相手方の同意なしに相殺の抗弁を撤回することができ、撤回してから別訴を提起すれば足りるから、本訴の被告の立場よりも二重審理・裁判矛盾の危険という裁判所の立場を重視した解釈論を採るべきであるとして、多数説の立場と同様に別訴の提起を不適法であるとするが、①における相殺の抗弁については、別訴の被告は別訴において反訴を提起することが可能であること、別訴の原告が相殺の抗弁を主張するには別訴を取り下げなければならないが、それに必要な相手方の同意(民訴261条2項)を得ることが非常に困難であること、相殺の担保的機能に対する別訴原告の期待を保護すべきことなどを理由に、裁判所の立場よりも別訴原告の相殺への期待を重視した解釈論を採るべきであるとして、判例の立場に反し相殺の抗弁を提出することは許されるとしている(49頁以下)。そして、相殺の抗弁と重複訴訟についての自説が通説とは異なることを明示している(52頁)。

 第5に、民事訴訟手続の相互の関連性が理解できるように、本書の末尾に資料として民事訴訟手続の円環的構造を示した図表「民事訴訟手続の円環的構造」が付けられていることである。この図表により、例えば第1章で論じられている訴訟能力や訴訟上の代理が第9章で論じられている再審と関係しているのが分かるように、民事訴訟のどの制度が何と関係しているのか確認することができようになっている。

4 おわりに

 本書は、他の教科書と比べ内容的にレベルが高いと思われるが、文章が読みやすく、各論点について分かりやすく論じていることから、初学者でも混乱することなく全体を通して読み進めることができる。また、本書はコンパクトでありながら民事訴訟の重要論点のほぼすべてについて論じており、各論点に関する判例・学説について詳細な検討がなされているので、民事訴訟法を既に一通り勉強した中・上級者にとって民事訴訟の重要論点についての理解をより深めるのに役立つとともに、研究者にとっても各論点をめぐる議論を発展させる上で多くの示唆を与えるものであると思われる。

 小生の拙い書評で本書の魅力を十分に伝えることができたかどうか心許ないが、法学部生、法科大学院生、研究者のみならず、民事訴訟に関心を持つ多くの人々に是非読んでいただきたい1冊である。

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