連載
お墓事情と墓地法制
第3回 イタリアの仕組みとミラノの墓地
近畿大学大学院法務研究科教授 田近肇〔Tajika Hajime〕
イタリアの葬送事情
20年ほど前にジャン・レノが主演した映画で、『ロザンナのために』という映画がある。京都のみなみ会館で公開されたときには、『お墓がない』という邦題が付けられていたと記憶している。イタリアの小さな村でトラットリアを営む主人公には余命いくばくもない妻がいるのだが、村の墓地にはあと3基分のスペースしかなく、妻より先に誰かが死ぬと、最愛の妻を村の墓地に葬ることができなくなってしまうというので、死者が出ないようにと、主人公が奔走するというラブ・コメディーだった。
ただ、私どもの研究グループの現地調査の際にいろいろとご教示くださった、ミラノ・カトリック大学のアンナ・ジャンフレーダ助教(宗教法・教会法)に伺ったところでは、現実には、映画のように「お墓がない」ということはないとのことである。
イタリアは大多数の国民がカトリックを信仰する国であり、かつてカトリックでは「死亡した信者の死体は、埋葬しなければならない。火葬は認められない」(1917年教会法典1203条1項)とされていたから、今でもイタリアでは多くの場合、死者は、埋葬(土葬又は収蔵〈金属製の棺に納めた遺体を集合墓所・家族墳墓の壁龕等に安置する葬法〉)という伝統的な葬法によって葬られている。しかし、1963年の第二バチカン公会議で火葬が容認されてからは(1983年教会法典1176条3項も参照)、イタリアでも火葬が増加している。近年では火葬率は、イタリア全体では15%を超え、ミラノ市を州都とするロンバルディア州に限れば25%を超えると言われており、その結果、少なくとも北部イタリアでは、墓地の不足という問題は生じていないそうである。
公役務としての墓地提供
イタリアでは死体の土葬・収蔵・火葬は、市町村の公役務であり、法律上、墓地はすべて、市町村が設置・管理する公営墓地である。すべての市町村は、「土葬という方法のための墓地を、少なくとも1つは設置しなければなら」ず(公衆衛生法典337条。なお、関連法令については、拙訳「試訳・イタリア墓地埋葬法関係法令集」岡山大学法学会雑誌65巻2号240頁を参照)、「市町村の領域内で死亡した者」及び「当該市町村に居住していた者」をその墓地に受け入れる義務を負っている(死体取扱規則50条。また、ロンバルディア州衛生法典〈以下、「州衛生法典」という〉75条1項及びミラノ市死体取扱条例〈以下、「市条例」という〉10条1項も参照)。
そして、この義務の履行を確実なものにするため、各市町村は、将来の20年間の埋葬の必要に応えることができるよう、統計から推計される死者数や葬送慣習の変化等を考慮に入れて墓地計画を定め(2004年ロンバルディア州規則第6号〈以下、「州規則」という〉6条)、墓地の新設や既存墓地の拡張をするものとされている。それゆえ、「お墓がない」ということは、法的にはあってはならないのである。
ミラノ市営墓地
さて、ミラノ市は、約134万人という人口に対して、記念墓地(1867年開設。24万5000㎡)、マッジョーレ墓地(1895年開設。約67万9000㎡)、ランブラーテ墓地(1980年に拡張。23万㎡)に加え、合併した旧市町村の公営墓地であった、バッジョ墓地、ブルッツァーノ墓地、キアラヴァッレ墓地、グレコ墓地、ムッジアーノ墓地のほか、戦没者のための墓地・墓所等を有している。
このうち記念墓地は、ドゥオーモを中心とする旧市街からは離れているが、市域が拡大した今となっては、ミラノ市の中心部に位置すると言ってよい。法令上、墓地は、住宅から一定の距離をあけ(公衆衛生法典338条)、外壁で囲うものとされているから(死体取扱規則61条)、この記念墓地も、大通りによって周囲の住居とは区切られ、背丈以上の高さの壁によって外から内部が見えないようにされている。入口の正面には、「ファメーディオ」と呼ばれる巨大な建物がそびえており、ファメーディオとその左右に延びる回廊は、死体の収蔵のための集合墓所として用いられ、その脇から墓地に入ると、思い思いのデザインの家族墳墓が整然と並んでいる。
墓地の使用料は、ミラノ市の場合、一番簡素な10年期限の土葬用区画(縦2.2m、横0.8m)であれば、141.89ユーロ(約1.7万円)で済む。ただし、集合墓所の 壁龕 や家族墳墓の敷地については話が別で、その使用料は、マッジョーレ墓地の集合墓所で、1,094.52ユーロ(約12.9万円)から4,510.01ユーロ(約53.2万円)、家族墳墓となると、8,179.61ユーロ(約96.5万円。3㎡)ないし16,359.22ユーロ(約193.0万円。8㎡)であり、記念墓地の使用料はこれよりも高額になっている。
葬祭事業の規律と利用者の保護
墓地・埋葬の問題に関して市町村が果たすべき役割は、墓地の提供に限られない。ロンバルディア州の場合、①人の死に伴う行政上の手続の処理、②棺おけその他の葬儀用品の販売、③霊柩搬送といった、葬送に不可欠な役務の提供に関して許可制がとられており(州衛生法典74条3項)、これらの役務を提供する葬祭事業者は、市町村による規律と監督とに服する(州規則31条4項。また、市条例4条1項も参照)。とりわけ霊柩搬送は、本来公役務であるものが葬祭事業者に委託されているのであって(州衛生法典72条3項)、厳格な規律がなされている。
さらに、わが国では墓地埋葬法は専ら公衆衛生法規と位置づけられているのに対し、ロンバルディア州法は、墓地埋葬法の目的の1つに、「正確な情報の提供を含めて葬送役務の利用者の利益を保護すること」を掲げており(州衛生法典67条)、墓地埋葬法にいわば消費者保護法令という側面をもたせていることが注目される。遺族等は、許可を受けた葬祭事業者の中から自由に選択する権利が保障され(州規則33条1項)、市町村は、「市民に対し、とりわけさまざまな埋葬形態、関連する経済的側面及びその領域で活動する企業に関して、葬送活動についての情報を提供する」ものとされている(州衛生法典74条7項。州規則33条3項も参照)。また、葬祭事業者は「すべての物品及び役務の料金表を掲示」しなければならないほか(州規則31条5項)、「情報の提供と事業の透明性を求める権利の保護を促進するため」に行動規範が定められ、賛同する葬祭事業者がこれに署名するものとされている(市条例7条5項)。
宗教的自由への配慮
ところで、遺体の埋葬・火葬や墓地の利用等に関して法令で規律をするとなると、それらと各宗教が定める葬法との間に矛盾が存する場合、両者をいかに調整するかという問題が生じる。この点、イタリアでは、「さまざまな宗教的及び文化的な信念の尊重」(州衛生法典67条)や「各市民の多様な宗教的及び文化的な感受性の考慮」(市条例1条)も墓地埋葬法の目的とされており、また、非宗教葬への言及がなされることもあるのであって(州衛生法典68条)、墓地埋葬法が宗教的自由にかかわる問題であることが明確に意識されている。
もっとも、イタリアの墓地埋葬法の規定の多くはカトリックの葬法を前提としているため、カトリックとの関係で問題が生じることは通常はない。法令上、墓地の内外における葬儀その他の宗教的儀式は妨げられておらず、公営墓地における十字架等の宗教的標章の設置も禁じられていない。
ただ、教会法典は「教会固有の墓地」について定めており(1240条以下)、公営墓地以外の場所への埋葬を禁止するとなると、カトリックとの関係でも問題を生じうる。それゆえ、教会が設置する埋葬施設には「墓地外の私的礼拝堂」という位置づけが与えられ(公衆衛生法典340条、死体取扱規則101条以下及び州規則27条)、収蔵という葬法に限ってではあるが、そこへの埋葬が認められている。
公営墓地における宗派区画
他方、少数宗派の宗教的自由との関係で興味深いのは、異教徒と一緒に埋葬されることを忌避する宗派の必要に応えて、公営墓地に宗派区画が設けられることである。イタリアではそもそも政教関係について公認宗教制がとられており、国家は憲法上、カトリック教会その他の諸宗派との間の関係を定めるため、協約・協定を結ぶことが認められている(憲法7条2項及び8条3項)。そうした協定の中には、ユダヤ教共同体連合との協定(1989年法律第101号)16条のように、宗派区画の確保を取り極めるものがあり、また、協定を結んでいない宗派に関しても、法令上、一般的な形で宗派区画の設置が認められている(死体取扱規則100条及び市条例11条2項)。実際、ミラノ市の場合、記念墓地には、プロテスタント区画及びユダヤ教区画が設けられ、ブルッツァーノ墓地及びランブラーテ墓地には、イスラム教区画が設けられている。記念墓地の宗派区画は、壁で物理的に他から仕切られ、相互に行き来できない構造になっている。記念墓地を見学した際、ユダヤ教区画も見学しようとしたが、ユダヤ教の安息日である土曜日だったため門が施錠されており、残念ながら内部を見学することができなかった。
現地調査の帰り際、ジャンフレーダ助教から、「あなたたちは、どうして墓地埋葬法を研究しているのですか」と尋ねられた。彼女曰く、しばしば友人から、「お墓じゃなくて、もっと格好いい研究をすればいいじゃない」と言われるのだそうだ。しかし、親しい者の死は誰もが経験しうるのであり、これをどう葬送・追慕するかは、宗教的自由にかかわる問題の中でも、誰しも避けて通ることのできない問題なのである。