HOME > 書斎の窓
書斎の窓

連載


新世代法学部教育の実践

――今、日本の法学教育に求められるもの

第3回 四学期制と民事基本法先行集中学習カリキュラム

武蔵野大学法学部教授・法学部長 池田真朗〔Ikeda Masao〕

1 はじめに ――4学期制に不向きな法律学

 2014年の夏、武蔵野大学は、翌年から全学を挙げて完全4学期制を実施する方針を打ち出した。その大きな狙いとしては、教育のグローバル化や学外研修の強化がある。第2学期に必修科目を極力入れないようにして、学生の6月中旬から9月中旬までの3カ月の留学や長期インターンシップなどを推奨しようというのである。

 しかし、法学部カリキュラム作成の責任者だった私は、これに非常に困惑した。法律学の専任者であれば誰でも感じることだが、そもそも法律学は、各学問分野の中で最も4学期制対応に不向きな部類に属すると言われている。他の専門の方のために解説すると、法律学の場合は、各科目の講義のボリュームが当該法典によって決まっており、それを伝統的に通年4単位を基準として講述してきた。たとえば民法では、総則で4単位、物権法(担保物権を含む)で4単位、債権各論で4単位、という具合である。それが、セメスター(前後期)制の採用によって、前半後半の2単位ずつに分けられるようになったのであるが、この段階でもすでに、分けたとは言っても、民法総則の後半だけとか債権総論の後半だけという履修が不合理であるのはもちろん、 前半や後半だけの範囲で問題を作成するのは不適切という、大変もっともな批判があったのである。

 それをさらに半分にしたらどうなるか。例えば債権総論でいえば、最初の4分の1では、ほとんど債務不履行関係の問題しか作れない。そしてそれは問題作成に不便というレベルの話ではない。世の中には債権総論の最初の4分の1だけの紛争などというものはそうないのである。債権総論分野に限定しても、債務不履行に保証や債権譲渡や相殺がからんだりする。つまり、4分の1では、現実の紛争形態にそぐう問題で理解を問うことができないのである。

 武蔵野大学法学部は2014年4月の開設だが、それ以前の設置準備委員会に私が提出していたのは、もちろん前後期制のカリキュラムであった。この法学部は、法律学科と政治学科を擁しているのであるが、実は政治学科については4学期制対応がかなりスムーズにできるようである。そうすると、政治学科には、積極的に4学期制を採用してグローバル化の方針を打ち出してもらえる。しかし法律学科はどうするか。他大学のどなたに聞いても、「法律では無理」という返事であった。実際、たとえば東京大学法学部は2015年から4学期制を採用したといわれているが、伺ってみると、(少なくとも昨年は)専門科目の試験は以前と同様前期後期の2回で行っておられるという。しかしそれでは実質4学期にはなっていないのである。

2 逆転の発想――民事基本法先行集中学習カリキュラム

 そこで私は腹を決めた。ここで法律学科としては、不本意ながら4学期制に「つきあう」のではなく、その不向きさを逆手に取って、特色のあるカリキュラムを案出しようとしたのである。私は、急遽、翌年の新2年生(1期生)からのカリキュラムを、申請科目は変えずその配当学年を一部だけ変えて、修正することにした。新設学部だからこそ可能になった対応だが、それが、おそらくまだ日本の法学部でどこも採用していないであろう、自ら名付けた「民事基本法先行集中学習カリキュラム」だったのである。

 ちなみに武蔵野大学でも、第1学年だけは、初年度教育の継続必要性や語学教育の特殊性から、セメスターで運用をしている科目も多い。そこで、1年生の必修科目である法学、民法(総則)、憲法については、セメスター制を残してもらい、2年次からは徹底してすべて週2コマの集中授業にして、4学期制を完全実施することにしたのである。

 まず、以前に述べた、ビジネスと公務員を二大進路とする「マジョリティのための法学教育」という基本コンセプトから、私法の基礎である民法を先行して集中的に教授することにした。法の系統樹を考えれば、民法の先行学習には合理性があるし、それは各種資格試験を目指す学生にとっても効率的である。もっとも、週2コマの集中授業としても、法律学学習の構造上、2学期を空けるわけにはいかない。留学等は一通りの法律学の基本を身につけてから考えてもらうことにした。そうして創出したのが、おそらく全国の他の法学部よりも民法の進度が早い、民法財産法を2年生ですべて終えるカリキュラムだったのである。

3 民事基本法先行集中学習カリキュラムの内容

 この「民事基本法先行集中学習カリキュラム」でも、民法の単位数(5部×4単位で合計20単位)は標準的である。ただ、第五部の家族法(親族法2単位、相続法2単位)を3年生に残して、後の財産法については、民法総則が必修で1年生前後期配当というところまでは普通だが、その後が、いずれも週2コマ2単位で、民法2A(物権法〔担保物権を除く〕)が2年生1学期、民法2B(担保物権法)が2年生3学期(2015年度は2学期だったが修正)、民法3A(債権各論前半)が2年生1学期、民法3B(債権各論後半)が2年生2学期、民法4A(債権総論前半)が2年生3学期、民法4B(債権総論後半)が2年生4学期、となって、民法財産法がすべて2年生までで終了することになるのである(民法2Aから4Bはすべて基幹科目であり、いわゆる選択必修の扱いで、ほとんどの学生が履修している。また、それぞれ同日の2コマ続きではなく、別の曜日に分けてある)。

 したがって2年次は、民法の授業が週4コマあるのが半年、週2コマが半年ということになる。

 そして、この民法の集中学習を可能にするために、1年生の前期の法学1(法学の基礎)では、(学生生活のリスク管理という新しい観点で)契約法、消費者法、不法行為法の概観から始まり労働法や憲法、刑法、道路交通法等に及ぶ導入テキストを使用し、後期の法学2(法学概論)では、さらに債権総論(保証等)や会社法、民事訴訟法の概観を含んだ民事法中心の入門テキストを使用している。

 さらに主要3科目の中でも、憲法は1年生で憲法1(統治)を2単位、憲法2(人権)を2単位と、いずれも必修だが単位数を標準より短縮し、刑法は必修の刑法1(総論)2単位を2年生の1学期に遅らせて配当し、さらに2年生の4学期には企業法総論(選択必修)を置くという、全体に民事に先行傾斜したカリキュラムにして、ビジネスと公務員という、先述の二大進路に合わせた教育を実施しているのである。

4 新カリキュラムの成果の検証

 この新機軸の4学期制対応カリキュラムがどう実を結ぶかは、2016年4月の段階では、まだこのカリキュラムでの授業を受けた最初の学年(法学部1期生)が3年生に進級したばかりなので、もう少し時間が経たないと見えてこないというのが正直なところである。

 ただ、1期生(昨年の2年生)は、年4期計6回の民法の試験に、大健闘でついてきてくれたというのが実感である。私の債権各論・総論の試験については、前任校(債権各論は2年次だが、総論は3・4年次配当)でしたのと質量ともに同レベルの問題を出したのだが、前任校のときとまったく同様に、60分の試験時間で1人も途中退席せず、全員が時間ぎりぎりまで必死に書いてくれた。

 しかし4学期制であると、前後期の場合と違って、その2カ月ほどの間に体調が思わしくなかったり、家庭の事情で出席が不十分だったりすると、成績が上下しやすい。ましてまだ2年生で、安定的な基礎力がついていないということもあり、たとえば債権各論・総論の年4回の試験でも各人の成績にかなり変動が見られる。

 もっとも、4学期制には、小・中規模の学部学科であれば、週2コマの授業を1年間4期同じ教員が担当すると、かなり個々の学生の力量や学習傾向が把握できるという利点もある。まして私の場合、自ら志願して1年生前期の法学1の共同担当者になっており、かつ2年生の債権各論・債権総論を通しで担当しているので、法律学科約150名の全員について、1年生入学の時点から2年間をつぶさに観察できたわけである。そのうえ、前号に書いた「大教室双方向授業」を実践してきたので、2年間でほぼ学年全員の顔と名前が一致するに至っている。

5 法曹・士業プログラム

 もっとも、ビジネス・公務員の進路に傾斜したカリキュラムを設定して基本的な特色とするといっても、法律学科の学生には、司法試験受験希望者や、司法書士、不動産鑑定士などの士業を目指す学生が現れてくるのは当然であり、そういう学生にもしっかり対応できなければ、やはり法学部として相対的な弱点を持つことになってしまう。そこで、武蔵野大学法学部では、カリキュラム外で、法曹・士業の志望者を対象とする、弁護士による土曜日の演習授業を設置し、さらにその受講者中から選抜して、外部予備校の受講料等を一定金額まで大学が負担する形の奨学金制度も設定することにした。なお武蔵野大学では、以前から国家公務員志望者等については、法学部と経済学部にまたがる育成プログラム(入試成績で選抜)を置いているので、この2016年度からの「法曹・士業プログラム」の設置で、主要な進路への支援の対策が整ったといえる。

6 民事基本法先行集中学習の現時点での報告

 先に書いたように、成果が出るのはこれからである。ただ、ここではいくつかのエピソードを紹介しておきたい。

エピソード1 1つ目は、右に書いた成績の上下に関する話である。武蔵野大学では、A(優)の上のS(秀)という評点があり、90点以上の場合はSをつける。1人の女子学生が、民法の面白さに目覚めて、2年生1学期の民法3AでSを取った。ただ本人はそこで少し安心したのか、2学期の3Bでは不合格のDを取ってしまったのである。しかし、そこで一念発起した彼女は、3学期の4Aでは毎回正面の1番前の席に座って頑張り、その結果再度Sを取り返した。調べたところ、S→D→Sと推移したのは、学年中でこの女子学生だけだった。そこで私は、4学期の最初の授業で3学期の成績優秀者を発表した折に、小さな盾を用意して彼女を表彰した。盾に彫られた賞のタイトルは「YDK賞」。高校生や大学生ならすぐにわかる。「やればできる子」賞である。教室中の爆笑と拍手の中で、彼女は嬉しそうに盾を受け取ってくれた。

エピソード2 ただ、私がより手ごたえを感じたのは、その授業後の風景だった。終了後も半数近くの学生はすぐに立ち去らず、教室のあちこちに、10人ずつくらいの学生諸君の輪ができた。1つの輪では、表彰盾を持った女子学生を中心に、にぎやかな笑い声が広がっている。もう1つの輪でも、優秀者名簿に何人もが載ったグループが、リーダー格の男子学生のコメントに満足そうにうなずいている。ただ、その後ろでハンカチを目に当ててしまった1人の女子学生がいた。

 盛り上がったのはある意味4学期制の賜物で、それぞれの学生が成績のアップダウンに一喜一憂するのも前後期制ではなかなか見られない光景なのだが、その中で、問題を読み違えてSを取りそこなった女子学生が、くやしくて泣き出していたのである。

 たかが大学の期末試験の1つである。学生たちがここまでの思い入れを見せてくれる大学は、そうないのではないか。この学生たちが、この雰囲気で勉強を続けてくれたら、という思いが私の胸に広がった。

エピソード3 その翌月のことである。宅地建物取引士試験の合格発表があり、武蔵野大学法学部は、2期生(1年生)を含めて合格者を出すことができた。1年生で合格できたのは称賛すべきことだが、法律学科2年生での合格は、私に言わせると、先に述べた「民事基本法先行集中カリキュラム」の成果を考えればいわば当然のことで、数人の合格では、決して喜べるものではない。しかし、新設法学部にとっては、これが「はじめの一歩」の実績なので、彼らについても表彰をすることにした。ただ、彼らは卒業までにさらにいろいろな試験に合格していくであろうから、盾はことさら小さなものにしたのである。

エピローグ さらに、おまけのエピソードがある。2年生で今回の宅建に合格したT君とWさんは、先述の民法4Aの成績優秀者発表で、98点のトップタイに名前があった2人だったのである。偶然とはいえ、大学の期末試験の成績と、資格試験の結果が見事に一致した。私はいつも、「資格は予備校で取るものではなく、大学の授業の成果で取るものだ」と説いてきたが、それを証明してくれた2人には本当に感謝したい。

 以上、例えて言えば新興ベンチャー企業のささやかなサクセス・ストーリー(しかもまだその予告編レベル)といったところだろうか。けれども教育はベンチャーではない。失敗は許されないのである。一人一人の、小さな成功体験を、ひたすら積み重ねていくしかない。次回は、新世代法学部教育のテキスト(教材)の話を書く予定である。

ページの先頭へ
Copyright©YUHIKAKU PUBLISHING CO.,LTD. All Rights Reserved. 2016