巻頭のことば
第6回(最終回) グローバルな脅威への対応
東京大学東洋文化研究所教授 田中明彦〔Tanaka Akihiko〕
前回、日本の東アジア政策を論じた。東アジアの平和や繁栄は日本に直接影響を与えるからである。しかし、日本や日本人の活動領域は東アジアにとどまるものではない。このような日本人のグローバルな活動に、現在深刻な脅威を与えているのが、イスラム国(IS)や、その他過激思想に基づくテロ活動である。昨年来、パリでの大規模攻撃に続き、カリフォルニア、イスタンブール、ジャカルタと、世界各地でISに直接・間接に関連していると見られるテロ攻撃が発生した。
非国家主体を中心とするグローバルな脅威にどのように対処すべきであろうか。いくつかの背景にも着目しなければならない。第1に、ISに関連するテロについていえば、シリア内戦の帰趨という問題がある。過激テロ組織の通例と異なり、ISはシリアとイラク領内に自らの領土を持つに至った。これは一方で、大量のシリア難民を国外に流出させるとともに、他方で世界中のテロリスト予備軍が集まるべき聖地を提供することになった。
第2に、このようなテロ組織に根拠地をあたえてしまう脆弱国の問題である。ISがシリアとイラクに領土を持つに至ったのは、この両国の一部が内戦や内政不安定の結果、権力の空白地帯になったからであった。リビアにISの勢力が入り込んでいるといわれるのも、リビア全土を有効に支配する権力が存在しなくなったからである。ソマリアのアルシャバーブ、西アフリカに脅威を与えるマグレブのアルカイーダ、ナイジェリア北部のボコハラームなど、多くのテロ組織が統治権力の及ばない地域に影響力を保持し、そこを拠点にテロ攻撃をしかけるようになっている。
現在、脆弱国といわれる国々のなかには、テロ組織の活動がそれほど活発でない国もある。しかし、これらの国々では、エスニック集団間ないしその他の党派間の対立が武力紛争につながりかねない危険がある。さらに政治対立の原因とも、あるいは結果ともなる経済社会混乱が悪循環している場合が多い。テロ集団がつけ込むかもしれない。
つまり、シリア内戦を中心とする中東の不安定と、トランスナショナルなテロ組織の活動と、中東からサブサハラにかけての脆弱地帯の存在は、相互に悪影響を及ぼしつつ、地域の人々の人間の安全保障を脅かし、世界中にテロの脅威を与えているのである。悪循環のかたまりともいうべきこの問題に対して、いったい、日本は何をすべきであろうか。
シリア内戦についていえば、ISを駆逐し内戦を終結に向かわせる努力が必要である。軍事的に日本が貢献しうることはほとんどないが、この1月から日本は国連安全保障理事会の非常任理事国である。外交面で、シリア情勢解決のための努力をしなければならない。また、安保理決議によって国際的な協調行動が取られる場合は、戦闘行動でない分野における自衛隊の派遣も考慮すべきであろう。
日本としてより多くの貢献ができるのは、シリア周辺国への支援である。難民を多くかかえるヨルダン、レバノン、トルコ、クルド地区を含むイラクへは、これまでも支援をしているが、さらに支援を強化すべきであろう。難民への支援にあたっては、通例の人道的支援に加え、若年層の教育が重視されなければならない。長引く難民生活の中で十分な教育を得られない若年層が生まれることはさらなるテロリストの予備軍を作り出すことになりかねないからである。また、難民支援に際しては、受け入れ国のホストコミュニティへの支援も欠かせない。ホストコミュニティ内部の不満がたまることも周辺国を不安定化させかねないからである。
より一般的な脆弱国支援も強化すべきである。内戦直後の国に対しては、平和の配当が実感できるような、小規模であっても短期に目に見える形のインフラ整備を数多く行えるような支援が求められている。また、政府機能強化のための人材育成への支援も積極的に進めなければならない。
今年、日本はG7サミットの議長国であり、しかも夏以降には、ケニアでアフリカ開発会議(TICAD VI)を開催する。インドパシフィックの経済発展の希望をアフリカに延伸するとともに、中東以南の脆弱国への支援もまた大きなテーマにしていかなければならない。