連載
ブランド戦略論の原理
第3回 ブランドは効いているか ―― ブランドの情報と意味
中央大学ビジネススクール教授 田中洋〔Tanaka Hiroshi〕
ブランドの効果と影響とは
ブランドについて考えるときに見落とされがちな問題は、ブランドという存在が消費者の購買や行動に本当に影響を与えているのかどうか、という問題である。今日では、ブランドについて語ることがマーケター(マーケティング担当者)の間では当たり前になってしまったため、こうした問題はあらためて考察されることがほとんどない。
こうした「ブランドは有効なのか?」という問いかけは、「広告は有効なのか?」という問いと少し似ている。広告が有効かどうかについては、1920年代以降、さまざまな形で議論がなされてきた。
1920年代から40年代にかけてマス広告には強力な力があると信じられていた時期がある。しかし、1950年代以降1970年代までマスメディア広告には、限定された効果しかないと考えられるようになった。一方で、1980年代以降、テレビ広告の効果に関する実証研究の興隆によって、再び、広告には影響力があることが立証されるようになった。
1990年代には、米国で大規模な測定装置(スキャンデータ)を用いた研究の蓄積によって、テレビ広告の効果が詳細に解明された。しかし、現在では、インターネットなどの発達によってコミュニケーション環境はより複雑化して、広告の効果測定はより困難なものとなっている。
現在ではこのような形で広告の効果について論じられることは少なくなったが、ブランドについてはどうだろうか。ブランドには効果がないということを信じる人は少ないけれども、1990年代より以前にはブランドそのものに関心をもつビジネスパーソンや研究者は少なかった。ブランドとは単なる商品の名前やシンボルであり、どのように良い名前(ネーミング)を商品につけるかがブランドの課題のすべてと考えられた時代が実は長く続いたのである。
例えば、フィリップ・コトラーが書いたマーケティングの教科書でも、ケラーが著者に参加する以前のバージョンでは、ブランドについての記述はごく限られたものであり、マーケティングの体系において限定的な地位しか与えられてはいなかった。しかし、現在のコトラーのマーケティングのテキストでは、ブランドの著名な研究者であるケラーが著者として加わっているように、ブランドは重要な地位を与えられるようになった。
このような学界や実務の世界でのブランドの地位の変遷を見てみると、1980年代以前の世界ではブランドはあまり効果がないと見られていたが、1990年代以降、大きな効果をもつ存在として考えられるようになったということになる。しかし言うまでもなく、これは世間の「風潮」「世論」であり、実際のブランドの効果や影響とは切り離して考えなくてはならない。
ここまでに、「効果」という言葉と「影響」という言葉とをあまり明確に使い分けていなかったので、この点を明確にしておきたい。効果という言葉は、メッセージの送り手、あるいはブランドの所有主(企業)の意図と切り離せない。意図があって初めて効果があるのだ。影響は送り手の意思とは無関係に起る場合がある。つまり、効果という場合、ブランドを保有する企業が、何らかブランドに期待していることが実現されているかどうか、が問題になるのである。
では、ブランドの効果や影響は実際にどのようにあるのだろうか。
ブランドの影響とは
消費者が購買の意思決定をするとき、消費者がブランドを手がかりとして用いるのは自明である。しかしブランドはどのような影響を消費者自身に与えているのか。この点はまだ解明されていないことが多く存在する。
1980年代に発表された医学論文の中で、ブランドとプラセボ(偽薬)効果の関係について実験した研究がある(Branthwaite & Cooper, 1981)。医学の分野で、プラセボ効果、つまり効果のない偽薬であったとしても病気が治癒する効果は昔から認められてきた。このプラセボ効果とブランドの効果とは同じなのだろうか、それとも異なるのだろうか。
この論文では、鎮痛剤を用いた実験で、鎮痛剤の頭痛に効く効き目で、(1)ブランドのないプラセボ投与群、(2)ブランドを付けたプラセボ投与群、(3)ブランドのない有効成分薬投与群、(4)ブランドを付けた有効成分投与群、の4つのグループで、その頭痛治癒効果を測定した。
この実験の結果によれば、ブランドの効果はプラセボ群(1)(2)と有効成分ありの群(3)(4)との間には見いだされなかった。ブランドの効果は、むしろ有効成分のある投与薬群の間で現れた。有効成分のある群において、ブランド付きで有効成分ありの群の方が、ブランドのない有効成分ありの群よりも、頭痛の治癒効果は大きかったのである。
頭痛薬の有効成分自体の効き目は、効果全体の3分の2から4分の3程度であり、一方、ブランドの効果は、4分の1から3分の1程度であった。ブランドの効果はプラセボの効果よりも強かった。またプラセボ効果は薬服用30分後から1時間後に高まったが、ブランドの効果は服用して1時間後に効き目を現した。
ここから言えることはどのようなことだろうか。
ひとつの発見は、実際の商品性能自体が消費者に対してもつ差異的な効果のほうがブランドの効果のほうが強いものの、ブランドの効果というものが存在すること。もうひとつの発見は、プラセボ効果とは独立してブランド効果というものが存在することである。
これは、ブランドの効果というものが、従来プラセボで見いだされたエンドルフィン(モルヒネのように作用する神経伝達物質)分泌によって頭痛が治まるメカニズムとは別のメカニズムがあることを示唆している。
ブランドの情報と意味
こうして考えてみると、ブランドには消費者の「思い込み」以上の効果や影響があることになる。
まず、消費者は自分が主体となってブランドを用い、ブランドがもつ情報を引き出し、推測して商品の選択を行うという側面がある。こういう商品選択の場面において、消費者はあくまでも主体(アクター)であり、そこにおいて企業がブランドに意図的に込めた情報(=ブランドイメージやポジショニング)をどのように消費者が活用して意思決定をするかが課題となる。従ってこの場合に問題となるのは企業の意図に対するブランドの効果である。
例えば、ある風邪薬ブランドが「解熱に早く効く」ことを広告などで訴求しているとき、高熱に悩まされる消費者はそのブランドの効能に着目してそのブランドを選択することがある。これはブランドが意図的にもつ情報を消費者が利用したことになり、マーケティング活動の狙いとする効果がそこで発揮されたことになる。
興味深い事例でいえば、睡眠改善薬として売られている「ドリエル」(エスエス製薬)というOTCブランドがある。これはもともとジフェンヒドラミン塩酸塩が含まれる抗ヒスタミン製剤であって、鼻水を止めるなどのアレルギー症状に対応した成分であった。この抗ヒスタミン製剤は眠気を喚起するが、ドリエルはこの眠気を誘う成分を活用して睡眠改善薬としてあらたにポジショニングされたのである。
つまり同じ作用をもった薬ではあっても、一方では抗ヒスタミン剤として売られ、一方では睡眠改善薬として売られている。ブランドに込める情報をコントロールすることでマーケティング活動が行われているのである。
一方で、消費者はそのブランドがもつ意味に影響されて、ブランド商品のもつ自分への効果を増幅したり弱めたりする。こうしたプロセスでは、ブランドの購買ではなく、使用場面においてブランドの意味は多く発現する。ここでは、消費者はブランドによって影響される受け身の立場である。この場合、ブランドが意図せずにもつ影響力が問題になるのである。
ブランドの意味での成功例で言えば、「ロクシタン」というブランドが挙げられる。ロクシタンはもともとフランスの南部、プロバンス地方のライフスタイルをもったブランドとして運用されている。その扱う商品はさまざまであり、スキンケア、ヘアケア、雑貨など多数である。しかしそれらの商品アイテムはすべて、この「プロバンス地方のライフスタイル」という意味において結びあわされている。ロクシタンの商品を使った消費者は、そのスキンケア商品自体のもつ効能を、プロバンス地方のもつ意味によって、より心地よい形で受容しているのである。
ブランドの価値
では、ブランドの価値とはどのようにして生じるのだろうか。上記のようなブランドのもつ情報と意味とが両方合成されて、そのブランド価値がつくりだされると考えられる。ブランド価値が高い商品ほど、より消費者に有用な情報をもち、より良い意味をもっていることになる。
Allenたち(2008)は、従来のブランド観と新たなブランド観という対比を行っている。すなわち、従来のブランド観とは情報をベースとしたブランド観であり、ブランドの選択を支援する伝達手段として見られてきた。一方、新たなブランド観とは、意味をベースとしたブランド観であり、ブランドは消費者の生活を支援し、人生に何らかの意味を与える手段として解釈されている。つまりAllenたちは従来のブランド観から新たなブランド観へのパラダイムの転換をそこに見ようとしている。
しかしながら、こうしたAllenたちの主張に対して、本論では、情報と意味とはブランドがもともともっている2つの側面であり、両方がそろっているところに、ブランドのブランドとしての意義があると考える。
それでは、こうしたブランド価値はそもそもどのようにして産まれてくるのだろうか、あるいは、どのようにしてより高いブランド価値を生み出すことができるのだろうか。この問題を次回以降に考察してみたい。
【引用文献】
Allen, C.T., Fournier, S., & Miller, F. (2008). Brands and their meaning makers. In: C.P.Haugtvert, P.M.Herr, & F.R.Kardes (eds.). Handbook of Consumer Psychology. Lawrence Erlbaum Asociates.(pp. 781-822)
Branthwaite, A. & Cooper, P. (1981). Analgesic effects of branding in treatment of headaches. British Medical Journal, 282, (pp. 1576-8)
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