対談
上智大学法科大学院長 北村喜宣〔Kitamura Yoshinobu〕
千葉大学法政経学部准教授 横田明美〔Yokota Akemi〕
北村 このコーナーでは、まさに著者自身が語るのが慣例です。今回は、趣向を変えて、「自著を語らせる」という企画にさせていただきました。
本書は、学部の環境法科目のテキストとして執筆されました。広く受け入れられることを期待していますが、実際に環境法を教えておられる先生が「使ってやろう」と思ってくださらなければ、この期待もはかない夢に終わってしまいます。
そこで、実際に環境法を教えていらっしゃる横田明美先生に、最初の読者のひとりとして、いろいろと質問をしていただこうと思います。対談を通して、新たな発見があるものとワクワクしています。よろしくお願いします。
横田 千葉大学法政経学部の横田明美です。この度は、貴重な対談の機会を与えていただき、ありがとうございます。
読者は「この前まで高校生だった人」
横田 千葉大学法経学部・法政経学部では、法学の科目(憲法、民法、行政法)を一通り学んだことがある学部3、4年生を対象として、環境法の講義を行っています。その関係で、本書の想定読者が学部1、2年生であることに驚きました。北村先生は既に法科大学院生向けや企業実務向けのもの、さらに、自治体行政と関係するものなど、多くの環境法書籍を著していらっしゃいます。このたび、「学部3、4年生向け」ではなく、「学部1、2年生向け」に執筆されることになったのはどうしてですか。
北村 たしかに「学部3、4年生向け」を対象とした執筆もありえますね。ただ、そうなった場合、たとえば、「これは憲法の授業で習っているはず」というように自分の都合のいい整理をしてしまいそうに感じました。また、この応用的な科目を、この前まで高校生だった人たちに理解してもらうにはどうしたらいいかを考えてみたいというチャレンジングな気持ちもありました。
横田 「この前まで高校生だった人」という法学学習を始める前の読者を想定していることから、本書は「法学入門」ではなく、代わりに高校までに学んだ科目(政治経済や現代社会)とのつながりを意識した作りになっていますね。
北村 「何をどこまで書くか」は、入門書の執筆者のすべてが頭を悩ませる点です。本書では一定の内容(たとえば、公害、環境権、四大公害訴訟、循環型社会など)は、高校の社会科の授業に委ね、高校教科書を引用しました。「習ってないとは言わせない」というわけです。
横田 「あれ? 習ったかな」とあせった人は、ここまででまず振り返っておきましょうという配慮も見られますね。これによって、本書が法学以外の科目を中心に学んでいる学生が、学部3年生になってから手に取ったとしても、理解のための階段を踏み外さないですむようになっている点が新しいと思います。
〈目次〉
第1章 環境法って,一体……
第2章 環境法物語
第3章 環境法の目標と基本的考え方
第4章 環境法の基本的メカニズム
第5章 都市景観管理で考える
第6章 自然環境管理で考える
第7章 水環境管理で考える
第8章 廃棄物処理で考える
第9章 環境アセスメントで考える
第10章 執行は現場でされている
第11章 環境問題が国境を越える
第12章 環境紛争を考える
だからこそ浮かび上がる環境「法」
横田 他の社会科学系科目による「環境」の取扱い方との比較を通じて、なぜ環境「法」という視角が必要なのか、という点にもわかりやすく触れています。また、これがかえって「法学」の特質を浮かび上がらせているように感じます。例えば環境政策論、環境経済学などを履修してから環境法を学ぶ政治政策系の学生にとっても、本書の記述はありがたいと思います。
北村 法学を教える教師にとっても法学を学ぶ学生にとっても、「法律」は所与の存在です。しかし、なぜ法律が必要かについて納得できなければ、環境法の仕組みを学んでもピンとこないでしょう。その意味では、法学部生もそれ以外の学部生でも同じです。
本書の企画段階では、公共政策という角度から環境法を教える科目においてもテキストとして使っていただけるようにしたいと、編集者と話し合っていました。
横田 法学を勉強する際に配慮すべきことが、本書では環境という素材で提供されているといえるかもしれません。法学と他の社会科学系科目とをつなぐ「架け橋」として、法学入門の前に使うのもよいですね。
環境法は問題解決指向的――他の法学専門科目との違い
横田 環境法という科目が持つ特質である、「法解釈学」と「法政策学」の架橋を行っているのも本書の特徴です。5頁〜6頁では、環境法が(他の法学科目と比べ)きわめて問題解決指向的であることを指摘しています。また、各章の構成も、ただ現状の法規制を述べるのではなく、高校までの知識を入り口として、法規制の経緯と発展を、入門書とは思えないほど踏み込んで説明しています。法案立案当時の駆け引きや、公害防止協定書の具体的な内容まで紹介しているところは、ワクワクするところです。さらには現状ではまだ足りていないところを「あと一歩」として指摘することで、未来の法規制を作り上げていくことも示しています。このような構成にした背景についてもお伺いしたいです。
北村 ご指摘のように、環境法は問題解決指向が強い法律です。「なぜ個別環境法が必要とされるのか」という具体的な背景事情を踏まえて理解してもらいたいのです。単に法律の解説をするだけの本にはしたくありませんでした。また、環境法には、政治的妥協の産物という特徴と実験的という特徴があり、だからこそ、改正を通じた発展があります。そうしたダイナミズムも伝えたかったのです。
例えば民法などと違い、環境法では個々の文言の解釈はあまりしませんね。むしろ法がどのような効果を規制対象に対して及ぼそうとしているのかいうアプローチをします。ですから、法学部の3、4年生ならば、これまで習ってきた分野とえらく違うなと、面食らってしまうでしょう。
問題解決手法を重視する戦略的なアプローチを規定する法律もある。そういう面白さが伝えられればという思いもあったのです。
リアリティをもって学ぶための仕掛け
横田 64頁に「個別法のレントゲン写真」という個別法に共通する骨格を示す図解がありますが、初めてみる法律や条例でも、骨格が分かっているだけでも随分読みやすくなると思います。特にここには例えば行政職員になった後にも役に立つような記述が入っていると思います。目的、定義、法的義務づけ、許可制、立入検査、刑罰、雑則など、大まかな読みをしたことがあるという経験は読者にとって非常に助けになるようです。
北村 これはひとつのストーリーです。ある法律の全体像を語るときに、こういう点を押さえておけば、構造や内容を把握するガイドとなるでしょう。
横田 執行のあり方を説く第10章では、環境保護を担当する部局と環境NPOや警察との連携についても指摘しています。このように、地方公共団体の法制度や実際の状況についても踏み込んで解説されている点も特徴的です。良き市民となるためにも、また地方自治体の職員や議員として活躍したいという学生にとっても、面白いエピソードが多く取り入れられていますね。
北村 環境法を学ぶうえで、法律実施の実態の理解は重要です。たんに法律の仕組みだけを解説するのでは、環境法を説明したことにはなりません。リアリティをもって受け止めてもらうためには、不可欠だと思います。また、多くの環境法は、自治体職員の手によって実施されているという現実も、読者に伝えたかった点です。
「紛争」「訴訟」を学ぶ
横田 環境個別法について教えるのは問題なくとも、訴訟の話になると民事訴訟法、刑事訴訟法を履修していない学生が多く苦労するのですが、第12章は、民事訴訟、行政訴訟、刑事訴訟の基礎も含まれた内容になっており、大変丁寧な作りになっていますね。
北村 裁判についても、高校教科書にはコンパクトな記述はありますが、個別訴訟法にまでは触れられていません。そこで、そこに踏み込むのではなく、「誰が誰を、何を求めて訴えるのか」という角度から、民事訴訟、行政訴訟、刑事訴訟を説明しました。
授業での使い方
北村 ところで本書をテキスト指定するとすれば、これをどのように用いた授業が構想できますか。
◆2単位授業では……
横田 2単位で講義する場合にもいろいろなやり方がありそうです。第1章からはじめ第6章から第8章はいずれかを選択するなどです。全部をやろうとすると、時間が足りないかもしれないので、年によって、例えば都市景観管理と廃棄物を組み合わせるとか、水環境と廃棄物を組み合わせるとか。ただ、第3章・第4章と第9章・第10章はやったほうがよいと思います。第12章は法学関連科目で読んでくださいという形になるかもしれません。
北村 第12章は3、4年科目の予習みたいなものですね。
横田 良い予習になっていると思います。逆に行政法の初学者から見ると、第12章と行政法の冒頭でやる「民事法、刑事法、行政法の関係」といったところを併せて読むと非常によいのではないかと思います。
北村 環境という事象を踏まえて、それぞれの法律関係を確認していくということでしょうか。個別の専門科目では法律の相互関係を特に議論せずに、いきなりフルスピードで突っ走ってしまいますので、環境という事象を踏まえて、それぞれの法律関係を確認していくということですね。そういう意味では、法律無かりせばという辺りのイメージは教える側も持っていないと、考えてほしいところが考えてもらえないということになりそうですね。
横田 時間数や配当の学年によっては、いっそのこと、景観紛争に絞って、じっくりとやるほうがよいかと思います。
例えば第2章の国立マンション訴訟と鞆の浦、そして第5章全体を見た後で、環境法の基本的考え方は何だろうかとか、紛争(訴訟)になったとしたら、これは景観紛争ではどうなるだろうかというような切り取り方をすると、1単位やオムニバスの講義でも使いやすいものになると思います。そういう意味では、トピックと教えなければいけない項目のリンクの張り方次第ではどこからでも読めると思います。
◆3、4年生向けの授業としては
横田 法学部3、4年生配当科目として本書をテキスト指定するならば、「本書を読み解き、さらに先に行くための質問」を予習課題として出して、その質問に対する答えを講義するという形が考えられます。
ひとつは、本書が入門書である故に触れられていない細部について、他の科目で得た知見や実際の条文などにあたり検討することを求める質問です。図解などで「わかりやすい説明」をしている箇所を踏まえて、それにとどまることなく、自分で条文から説明できるような読解力をつけてもらうというのが狙いです。また、行政法も教えている立場から言わせていただければ、「許可制」や「届出制」など、行政法学で学んだ知識が具体的な現れで出てきているのですから、今まで法学科目で学んできた基礎知識もフル活用して、法学科目同士のリンクを張って、身につけてもらいたいです。
北村 そうですね。関係科目についてある程度の学習が進んだ段階であれば、身につけた知識をもとにして本書を読み解いてみるというやり方もありますね。そのほかはいかがですか。
横田 もうひとつは、敢えて異なる立場を想定させる質問です。本書は経緯の説明や設例で、複数の対立する利益について触れています。自然環境保護であれば、土地を利用したい所有者、景観を撮影したい映画・ドラマファンや地元の環境NPO、それらの需要を狙うホテル業者、動植物の生態を守りたい環境NPOなど……そこで、「自然公園法が守ろうとしている利益は何か。対立する利益は何か。まだ対応しきれていない利益はあるか。それぞれについて考えてみよう」というものです。本書にちりばめられているピースを集めつつ読んできてもらい、講義では、具体的な条文や判例に踏み込みます。これはすごく重要なことで、「環境を守らないというのはひどいことだ」などと単純に考えないでほしいのです。環境を守るといっても、いろいろな環境価値があるし、そこを利用するという価値もあるのだから、全部に配慮して議論しなければいけないということを伝えたい。そのための素地が本書に十分あり、そういう使い方もできると思います。
他の社会科学科目との交流
横田 また、法学未修者にもそのまま読んでもらえる入門書が出来たのですから、他の社会科学分野と協働する環境法経済政策の入門講義を作るのも面白いかもしれません。環境政策論、環境経済論、環境法の教員が協力して対話しながら講義をするという形態です。本書12頁にあるとおり、他のストゥディアシリーズである安藤至大先生の『ミクロ経済学の第一歩』と併せて指定して、経済学と共に学んでいただくのはどうでしょうか。
北村 あえて専門的な段階に進まずに、入門段階で経済学と学問的交流をするというのはいいですね。執筆に際しては、特に経済学は意識しました。社会に出ると、出身学部を問わず、具体的課題に対して、組織のミッションの観点から取り組むことが求められます。法律しか使えない人は、まさに「使えないヤツ」と評価されるでしょう。学問があって課題があるのではなく、課題があって学問的アプローチがあることを自然に理解してもらえるのではないでしょうか。
北村 横田先生のおかげで、私自身も、本書の特徴を客観的に把握することができました。改訂の機会があるなら、さらにわかりやすくも要点を押さえた内容になるようにしたいです。読者の皆さまからもコメントやご批判をいただければ幸いです。本日は、どうもありがとうございました。
【北村註記】本書254頁・265頁にある「筑紫野市」は、「旧筑穂町」の誤記です。お詫びして訂正いたします。
北村喜宣プロフィール
横浜国立大学助教授などを経て現職。主要著書として、『環境法 第三版』(弘文堂、2015年)、『環境法政策の発想』(レクシスネクシス・ジャパン、2015年)、『現代環境法の諸相 改訂版』(放送大学教育振興会、2013年)等。
北村喜宣OFFICE URL:http://pweb.sophia.ac.jp/kitamu-y/index.html
横田明美プロフィール
2013年より現職。主要論文として、「義務付け訴訟の機能(1)〜(6・完)―時間の観点からみた行政と司法の役割論」国家学会雑誌126巻9・10号(2013年)1頁〜127巻7・8号(2014年)58頁等。「弘文堂スクエア」で、法学学習者向けのブログ「タイムリープカフェ」を連載中(http://timeleap-cafe.hatenablog.jp/)。
研究室URL:http://akmykt.net/