HOME > 書斎の窓
書斎の窓

連載

失敗は成功の元? ―― ベルリン滞在記

第2回 SNSにご用心

東京大学社会科学研究所教授 中川淳司〔Nakagawa Junji〕

 SNSとは、インターネット上の交流を通じてネットワークを構築するサービス(social networking service)のことだ。本誌の読者諸賢はもちろんご存知だろう。世界最大の会員数を誇るフェイスブックを初めとして、「つぶやき」でつながるツイッター、スマートフォンやPCで無料の通話やチャットができるLINEなど、さまざまなSNSが展開されている。複数のSNSに加入している方も多いのではなかろうか。

 私もベルリン滞在前からフェイスブックなどいくつかのSNSに加入していた。とはいえ、SNSを使いこなしていたとはとてもいえない。ごくたまにしかSNSのページにアクセスせず、友達リクエストが届いてもほとんど無視していた。ベルリンに来てからもSNSとのつきあい方はほとんど変わらなかった。ことに、ベルリンに着任してから一月ほどはこちらでの生活や仕事の基盤を確立することに追われて、SNSにアクセスすることもほとんどなかった。

 そんなSNSとのつきあい方が変わったのは5月に入ってからのことだ。ビジネスに特化したSNSであるLinked In(リンクトイン)のプロフィールを更新してベルリン自由大学での職務を反映させた。それからしばらくして友達リクエストが届いた。リクエストを送ってきたのは未知の女性だった。リンクトインでプロフィールを確認すると、米国に本拠がある職業資格の認証(certification)機関の職員とある。仮にその機関の略称をWCIとしておこう。WCIのウェブサイトをざっと見てみたが特に気になるところはなかった。職業資格の認証制度は自分の専門分野である国際経済法にも関わりがあるが、これまで認証機関とコンタクトを持ったことはない。いささか興味を覚えたので、友達リクエストを承認することにした。

 

 ほぼ折り返しのタイミングでその女性からメールが送られてきた。WCIの諮問委員会の委員(Associate Fellow)にならないかという勧誘のメールだった。委員の任期は3年。1期目の成績が良好なら任期なしのフェローに昇格する。委員は無報酬で、WCIに出向く義務はなく、WCIの活動について随時諮問に答えるのが任務だという。しかし、WCIのウェブサイトによれば、委員はWCIを通じて政府機関・国際機関・企業からコンサルティングを求められることがあり、その場合は個別の契約に基づいて報酬が支払われるとあった。少し考えたが、悪い話ではなさそうなので応じることにした。……いやいや、それでは話がきれいすぎる。正直に言おう。私の頭に浮かんだのは、次のような考え(妄想?)だった。「ふむふむ、政府機関・国際機関・企業からコンサルティングを求められることがあるって。自分の専門分野である国際経済法の関連で政府機関や国際機関、企業とコンサルティング契約を結べば、結構なお足を頂戴できそうだな。いや、そうに違いない」

 そして、私は喜び勇んでイエスの返事を送った、というのが真相だ。返事を送った後も、捕らぬ狸の皮算用を繰り返してにんまりしながらWCIからの知らせを待っていたのだった。2週間ほどしたら「あなたを諮問委員会の委員に任命します」という通知のメールが届いた。

 

 本務校には所属する教員の兼業について厳格な規則がある。たとえ無報酬であっても、兼業についてはその詳細を報告して許可を得なければならない。兼業許可の手続をとるため、本務校の担当者宛にメールを書くことにした。まずは、兼業先の名称と住所・連絡先を伝えないといけない。そこでWCIのウェブサイトで住所・連絡先を調べようとした。ところが、ウェブサイトのどこにも住所・連絡先の記載がない。あるのはメールアドレスだけだ。どうもおかしい。今度はWCIの諮問委員会の委員リストに当たってみた。リストにはざっと40人ほどの委員が載っていた。米国の大学教員が多いようだが、欧州やオーストラリアの大学教員もいる。アジアの大学教員も23名載っていた。委員の顔写真をクリックすると、その人の経歴や専門分野などのプロフィールが紹介されている。何人かの委員のプロフィールを読んでみた。どうもよくわからない。委員の専門分野はまちまちだし、WCIが認証する職業とは必ずしも重ならないような専門分野(理工学系とか臨床心理学とか)の人もいる。

 このあたりでどうもこの話は怪しいと思い始めた。さらにWCIについて調べを進めた。決定的だったのは、諮問委員会の委員長でWCIの実質的な代表と思われる人物についてのウィキペディアの情報だった。冒頭に、「この人物の情報には複数の問題があります」とあったからだ。この人物の経歴や業績についての情報には信頼できる出典が付されていない。これをウィキペディア用語で「孤児(orphan)」という。また、本人からは独立した二次情報に当人の業績や活動がきちんと取り上げられておらず、ウィキペディアに掲載するだけの著名性(notability)に疑いがあるという。つまり、この人物(の情報)は信用できないということだ。信用できない人物が代表を務める組織も信用できないということになる。

 

 以上のことから、これはとても巧妙に仕組まれた詐欺だと判断した。目的は何だろうか? WCIが提供している主なサービスは職業資格の認証だ。ただし、認証される職業資格は「認証実務家(World Accredited Practitioner、WAP)」、「認定専門家(World Certified Professional、WCP)」云々とある。なんだかよくわからない。認証を希望する人はWCIのウェブサイトからダウンロードした申込用紙に自分の職域や経験年数などを記入し、資格認定料(fees for credential awards)を添えて申し込むことになっている。試験・考査や経験の吟味を通じて特定の専門知識や技能を認定するというしくみにはなっていない。要するに「お手盛り」の資格にすぎない。資格認定料は、1番低いランクの「認証実務家(WAP)」で1年294ドル(3年546ドル)、最上級の「認定上級専門家(World Cert-ified Master Professional)」で1年462ドル(3年945ドル)となっている。

 「お手盛り」の資格に毎年数百ドルを支払う気にさせるには認証機関の「権威」が必要だ。諮問委員会に期待されているのは「権威付け」の役割だろう。実際、WCIのホームページの目立つ場所に諮問委員会へのリンクが貼られており、そこをクリックすると顔写真つきで委員のリストがずらりと並んでいる。委員の多くは欧米の大学の教員だ。WCIの認定資格を取ろうとする人は、このリストを見て、一流の大学教員が諮問委員を務めているWCIが認定する資格は権威ある資格に違いないと信用するかもしれない。それが狙いだろう。しかし、諮問委員会の委員はWCIの資格認定には関与しない。無報酬。ただし、委員はWCIを通じて政府機関・国際機関・企業からコンサルティングを求められることがあり、その場合は個別の契約に基づいて報酬が支払われるという。

 

 いやあ、よく考えたもんだと感心した。諮問委員会の委員はWCIの権威付けのために名前を貸すだけ。でも、WCIが委員に報酬を払うと約束したわけではない。報酬が発生するのは外部の政府機関や企業が委員にコンサルティングを依頼した場合だ。依頼がなければ報酬は支払われないが、WCIには何の責任もない。この点を含めて、WCIのビジネスを詐欺として立件するのは難しいだろう。でも、お手盛りの資格に毎年数百ドル払わせるための権威付けに名前を貸すのはどうにも気が進まない。WCIには、本務校の職員規則に触れるからという理由で委員を辞退する丁重なメールを送ることにした。

 

 今回私が学んだことは3つある。1つ、SNSに大きな可能性があることは認めるが、それはリスクと隣り合わせのようだ。知らないうちに詐欺同然のビジネスの片棒を担がされるところだったと思う。くわばらくわばら。それにつけても、ほんの一瞬とはいえ、WCIの諮問委員会委員になって、コンサルティングで大儲け、などと甘い夢を見た自分が情けない。人間、欲に目がくらむと碌なことはない。2つ、WCIの危うさを教えてくれたのはウィキペディアの情報だった。ウィキペディアはインターネットを通じたお手軽な情報獲得手段だと揶揄されることがあるけれど、今回のことで私はウィキペディアを見直した。インターネットの利便性は思いもかけないリスクと裏腹だけれど、そのリスクを回避させてくれたのもインターネットを通じて得られた情報だった。3つ、うまい話には裏がある。決して乗らないこと。今回も前回と同じ教訓で〆ることにする。いわく、「君子危うきに近寄らず」と。

 

 後日談を2つ。1つ、WCIの実質的な代表である人物は、私のリンクトインのプロフィールの「専門知識・推薦」欄にたくさんの推薦を付けてくれた。いわく、国際通商法の専門家である、いわく政策分析の専門家である云々。怪しい人物が推薦する人物は怪しいことになるではないか。リンクトインに問い合わせて自分の望まない推薦を取り消す手続を教えてもらい、これで本件はようやく一件落着となった。やれやれ。2つ、リンクトインからは今も毎日のように友達リクエストが届く。今回のことで懲りた私はほとんど無視しているけれど、中には素敵な出会いもある。私の友達の数はあれから少しだけ増えて、354人になった。

ページの先頭へ
Copyright©YUHIKAKU PUBLISHING CO.,LTD. All Rights Reserved. 2016