連載
第12回(最終回) EUの価値観の実現に向けて
神戸大学理事・副学長・大学院法学研究科教授 井上典之〔Inoue Noriyuki〕
欧州共通の文化的公共財
ヨーロッパ・サッカーにおける選手に対するガバナンスは、サッカー協会ではなくクラブチームにあるという1つの特徴は既にみた通りである。その理由は、まさにヨーロッパ・サッカーがプロ・スポーツとして展開されている点に存している。その結果として、サッカーそのものが経済的活動としてEUの規律対象となることもすでにみた通りである。ただ、それとは別に、サッカーという事象が、欧州に共通の文化的公共財としての特質も持ち、欧州統合に一役買っているという側面があることも否定できない。そして、その観点からみれば、サッカーは、経済的活動としてのEUによる規律とは別の、まさにEUと同じく一定の理念に基づき欧州統合を目指すという役割を果たす事象にもなるのである。
欧州連合運営条約165条1項2文は、次のように規定する。「欧州連合は、スポーツの特性、任意の活動に依拠するその構造、その社会的・教育的機能を考慮しつつ、欧州のスポーツに関連する課題の促進に寄与する」。この規定をうけて、欧州サッカー連盟(UEFA)は、スポーツ、特にサッカーが欧州市民にとって非常に重要な事象であり、その欧州全体を内包する構造の故に、欧州という社会全体に大きな利益をもたらすことを認識し、EUと共に、そしてEUの支援を受けて欧州統合に貢献する活動を展開するという意見を表明する(これについてはUEFAの欧州連合運営条約165条に関するコメントのホームページを参照)。そこでは、スポーツ、特にサッカーを、その特殊性(いわゆる文化的公共財としての特性)を考慮することなく他の「ビジネス」と同じようにEU法の下で取り扱われることがないよう、欧州委員会や欧州議会に注意を促しているのであった。
いうまでもなく、オリンピックと同様に、サッカーというスポーツが、まさにそれを通じて世界平和の実現をめざすという目的を持つことも既にみた通りである。その点で、UEFAは、EUと共に欧州の平和実現という最も重要な理念の実現に寄与している。しかし、欧州統合という大きな目標の中で、UEFAは、それだけにとどまらない文化的公共財としての役割も果たすことになる。本稿は、特にUEFAの活動を通じて、サッカーという事象がどのように欧州統合実現に向けて、文化的公共財としての特質からその根底にある理念・価値観をEUと共に具体化しようとしているのかの一例を示すことで、プロ・サッカーが、単に1つの、そして巨大なビジネスとしてのみ欧州で存在し続けているわけではないことを提示して、本連載のまとめとしたい。
EUの価値観としての人権尊重
本連載において既に何度か指摘したように、欧州連合条約2条は、「人間の尊厳に対する敬意、自由、民主主義、平等、法の支配、マイノリティの権利を含む人権の尊重という価値観」を表明し、その価値観がEUの「加盟国に共通する」ものであることを規定する。また、同条約3条1項は、この2条で規定されるEUの価値観や平和、加盟国市民の福祉を促進することをEUの目標とする。このEUの価値観としての人権の尊重は、まさに欧州連合条約6条1項によるEU基本権憲章の承認と同条約との同価値性、同条2項によるEUのヨーロッパ人権条約への加盟、そして、同条3項で人権条約により保障される基本権と加盟国に共通する憲法的伝統に由来する基本権をEUの法の一般原則とすることで実定化し、そして、そのことによってEUの諸機関および加盟国は人権・基本権に基礎づけられたシステムへと変化していくことになったのである。
この結果、EUそれ自体が人権・基本権保障に定礎する超国家的連合体として、その域内での「人間の尊厳」を構成原理とする価値観の実現を目標とすることになる。同時に、諸個人による一定の目的を持つ団体結成、すなわち結社の自由を保障することで、例えばUEFAや加盟各国サッカー協会、加盟各国のサッカー・リーグ、クラブといった私的団体の設立が保障される。そして、この結社の自由の保障が私的団体の内部的自治の保障を含み、団体の設立目的との関係での団体自身による上部機関とその下部組織、団体構成メンバーを含む内部規律の制定・執行を認めることになるのも、既にみた通りである。
UEFAは、欧州に共通の文化的公共財としてのサッカーというスポーツの持続的発展を維持し、その公共的活動を広く普及させる目的で設立された私的団体として、サッカーという事象を欧州統合の触媒として機能させるという側面を持つ。ただ、EUおよび加盟国における結社の自由は、人間の精神活動の一環としての位置づけもさることながら、むしろ設立される結社の団体としての特性そのものに着目して保障される自由と解されている(この点で、EU基本権憲章もヨーロッパ人権条約も、結社の自由を精神的自由としての一般的な表現の自由とは区別して保障する)。そのために、EU域内での法秩序は、個人・団体・国家(EU諸機関)という三極(あるいは個人・団体・国家・EUという四極)構造で構成されるとのとらえ方が主流になり、EUは、自身の機関や加盟国の行為だけではなく、団体ならびに諸個人の行為に対しても、一定の範囲で、直接、法の一般原則としての基本権の効力を及ぼすことになるのであった(この点、例えばUEFAの選手移籍ルールによる国籍による差別、労働者の移動の自由という基本的自由の侵害の認定が欧州司法裁判所で行われていることは既にみた通りである)。
サッカーを通しての差別的行為の根絶
人権・基本権の尊重に関していえば、EU域内で設立された諸団体も、EUの加盟国に共通する価値観の担い手としての役割を一定の範囲で果たすことになる。民間企業によるCSRのような形での貢献もその一例ということができる。ただ、それがUEFAのような文化的公共財としてのサッカーを統括する団体になれば、その役割は大きく、一般的な企業・団体とは異なる形での人権・基本権の尊重という価値観の実現への貢献が求められる。そして、その1つの重要な実例が、UEFAだけではなく、国際サッカー連盟(FIFA)や各国リーグが積極的に取り組んでいる差別的行為の根絶活動になる。すなわち、その活動のための規律は、団体の内部的自治の形式であるとはいえ、試合に出場する選手(あるいはベンチ入りする選手)だけではなく、試合をスタジアムで観戦するサポーターの行為に対しても厳格に適用され、直接に制裁の賦課という形式で実施される。
欧州各国リーグでは、1970年代からアフリカ出身の選手が増加し、また、ヨーロッパ・サッカーの隆盛による南米やアジア諸国出身の選手の欧州進出から、特にEU加盟国の各リーグの多人種化・多民族化が進行している。それは、もちろんヨーロッパ・サッカーの経済的活動としての繁栄を映し出すものではあるが、他方で、多人種化・多民族化がもたらす負の側面として、選手だけではなく、スタジアムで観戦するサポーターによる相手クラブの選手に対する人種・民族差別が頻発するようになる。そして、その際の常套手段として使われるのが、「お前はサルだ」という意味で、スタンドからピッチへバナナを投げ入れる行為である(これは、白人による南米やアフリカ・アジア系の選手に対する侮辱的・差別的行為ととらえられている)。
2014年4月、スペインの有力クラブに所属するブラジル人選手がコーナーキックを蹴ろうとした際に、サポーターがスタンドから当該選手の足下に向かってバナナを投げ入れるという行為があった。この事件では、選手がバナナを拾って食べた後、何事もなかったかのようにボールを蹴ったことからユーモアを交えた行為として報道されたが、他方で、クラブは、バナナを投げ入れたサポーターに対して、南米出身の選手に対する侮辱的・差別的行為を行ったとして、スタジアムへの永久立入禁止処分を科した(日本でも2014年8月にサポーターによる相手クラブの外国人選手へのバナナを振りかざした挑発行為が問題とされ、当該サポーターの行為は差別的行為に当たり、スタジアムへの無期限立入禁止処分が科せられると同時に、Jリーグよりクラブに対する譴責処分が行われた)。
これは、文化的公共財としてのサッカーという事象における人間の尊厳に対する敬意や人種差別の廃絶の実現をめざすクラブ、あるいはその上部機関であるサッカー・リーグの断固たる措置であり、まさにEUの価値観を、サッカー・スタジアムにおいて実現することで欧州市民社会へと広めていく効果をもたらすものとの判断が、その根底にあるということができる。すなわち、サッカーそのものが欧州における文化的公共財であるからこそ、スタジアムは社会につながっているとの立場で、EUの価値観である「人間の尊厳に対する敬意」、「差別の禁止」というメッセージを欧州の市民社会に発信する契機として、UEFAをはじめとするサッカーの諸団体は、個人に対する断固たる措置によって当該価値観の実現に寄与しようとするのであった。
多民族・多人種・多言語のEU
EU基本権憲章22条は、EUに文化・宗教・言語の多様性を尊重するよう義務づける。これは、同憲章21条の人種・民族・言語等による差別の禁止を超えて、加盟各国におけるそれらの多様性確保のために、EUあるいは加盟国による妨害行為の排除を求めることになる。EUは、そもそも様々な言語(2014年現在、その公用語は24言語)、様々な民族・人種、様々な文化・宗教をその内に内包する超国家的連合体である。いわゆる差別的行為や侮辱的行為は、EU市民の人間の尊厳を傷つけるだけでなく、「多様性における統一」という欧州統合のEUの理念をも否定することになる。
このようなEUの価値観や欧州統合の理念に反する行為は、国家や公的機関によって行われるだけではない。むしろ、差別や侮辱的行為は、個人の感情に由来する場合が多い。それを個人の活動であるとして放置しておくことが果たして許されるのか、という問題は、EUの基本権論においても難解な問題を提起する。EUや加盟国が個人の活動を規制すれば、当該個人の表現の自由(あるいはより一般的な行為自由)の保障との関係で問題が提起される。しかし、UEFAのような私的団体は、その団体の設立目的との関係での内部規律として、EUの価値観や「多様性における統一」という理念の実現に向けた活動を展開することができる。そして、それがまさに、私的団体によるものであることから、EUや加盟各国がその内部規律を(サポーターの自由侵害を理由にして)規制しようとすれば、そこに結社の自由の観点からの妨害排除が導き出せることになるのであった。
なお最後に、日本では、バナナ事件だけではなく、2014年3月、サポーターによる「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」と書かれた横断幕を広げての挑発行為もあり、Jリーグはそれを差別的行為にあたるとして、横断幕を放置したクラブにホーム・ゲームを無観客試合にする決定を行った。欧州でのUEFAやサッカー・リーグの活動は、公益法人としてのスポーツ団体の規制権限と共に、日本でも近年話題にのぼっているヘイト・スピーチの問題を考える素材となり得ることを付記しておく。
本連載の長らくのご愛読に感謝致します。