HOME > 書斎の窓
書斎の窓

連載

スポーツ法とEU法

第10回 EUの持続可能な発展のための活動

神戸大学理事・副学長・大学院法学研究科教授 井上典之〔Inoue Noriyuki〕

ヨーロッパ・サッカーの隆盛

 ナショナル・チームによるサッカー・ワールドカップ・ブラジル大会でも、ベスト4に2カ国のヨーロッパ・チームが残った(ドイツが優勝し、オランダが3位だった)。また、日本や南米のチームも含め、出場した非常に多くの選手はヨーロッパのプロ・サッカー・クラブに所属している。EU加盟国のサッカー・リーグは、現在、世界中から集まった有力選手がプレーする場となっており、そこでの活躍が、グローバル化したサッカーというスポーツの世界で飛躍する出発点の様相を呈している。ヨーロッパは、グローバル化の中でサッカーというスポーツ事象における、ある種の中心的地域になっているといえるのである。

 そのようなヨーロッパの中心としての地位は、まさにサッカーというスポーツがプロ活動として展開されている点に負っている。サッカーという世界で飛躍するために、選手は、ヨーロッパ、特にEU加盟国のサッカー・リーグのクラブとプロ選手契約を結び、そこでプレーすることが重要と考えている。ただ、その結果として、サッカーというスポーツの持つ競技としての側面もさることながら、プロ・スポーツとしての商業化した側面が強調されることになる。すでに本連載でも取り上げられたように、プロ選手契約の下での選手の移籍規制のEU法上の問題や、プロ・クラブ運営の資金獲得のための活動に対する法的規律などは、まさにプロ・スポーツとしてのサッカーの法的側面を色濃く示すものといえる。

 しかし、サッカーというスポーツには、1つの文化的事象として経済性と公共性の融合する分野となる特徴もある。特に、ヨーロッパ全域を統括する欧州サッカー連盟(UEFA)は、サッカーというスポーツ文化の持つ両側面を融合的にとらえることで、EUに先駆けてヨーロッパの一体化を図ろうとしていた。そこで、本連載において今回と次回は、再び井上がEUの法的問題としての観点から、ヨーロッパにおけるプロ・スポーツの代表であり、欧州統合の推進力として期待されているサッカーを、公法・私法(換言すれば公共性と経済性)の融合領域として取り上げて検討していくことにする。

経済的活動としてのプロ・サッカー

 プロ・スポーツがその興行を商品として提供するものである以上、スポーツ活動そのものが経済的活動とみなされる。選手にとっては、スポーツそのものが職業として自己の人格を発現する場であると同時に生計を維持するための活動となる。そして、選手に対価としての報酬を支払うのは、まさにプロ・スポーツ・クラブであり、そのいくつかは経済的活動の主体たる株式会社の形態で設置されている。また、それと同時に、有力な加盟各国リーグの運営主体も株式会社として存在し、それがヨーロッパ・サッカーの隆盛を支えている。その意味で、ヨーロッパにおけるプロ・スポーツの代表となるサッカーは、経済的活動としても、その隆盛を誇っているのである。

 もちろんヨーロッパ・サッカーは、すでに述べたように、リーグ毎に、クラブの形態もリーグそのものも多様な法形式で組織化されている。そのために、あるクラブは会社法による規律に服し、別のクラブは私法の他の団体法制によって規律される。そして、会社法を含めた私法の団体法制は、EUによる統一的規律というよりも、EUの大綱的モデルを基礎にして加盟各国の法秩序の中で規定される。その意味で、加盟各国リーグのクラブやリーグそのものの組織ガバナンスは、経済的活動としての多様性を示すものになる。

 しかし、そのような存在形式の違いにもかかわらず、UEFAの統括の下にある加盟各国のプロ・サッカー・リーグは、まさにそれがプロフェッショナルによる興行としてのスポーツの展開という点で、それ自体が経済的活動としての特徴を前面に押し出した形で展開される。その点で、ヨーロッパの各国リーグを統括するUEFAは、EUの指針に基づき活動することを要請され、経済的活動としての側面において統一的な規律を試みることになる。その1つが、クラブの財政的健全化を目標として、2011年に導入され、2014年から実施されるファイナンシャル・フェアプレー(FFP)である。それは、クラブの支出する経費が当該クラブによって純粋にサッカーによって得られた経済的収益を超えてはならないとする規制であり、この規制をクラブが守らない場合、クラブ・ライセンスの剥奪やUEFA主催のリーグ戦への出場を認めない(あるいは登録選手の数を制限する)などの制裁措置が採られることになる(但し、現時点では2018年までを導入期間として一定の猶予が認められている)。

 このFFPのような規制は、プロ・スポーツにおいて、それが持続可能な発展を将来的に確保しようとする試みの1つといえる。ただ、経済的活動である以上、興行による収益の獲得は当然であるが、プロ・サッカーの場合、試合での成績がその経済的収益獲得に重要な意味を持ち、より多くの収益を獲得するためにはリーグ戦においてよりよい結果をおさめることが1つの重要な要因になる。つまり、リーグ戦等の成績がダイレクトにクラブ経営に反映され、成績がよいときはそれがクラブ経営の推進力となってクラブそのものの経済的価値を高めるが、成績が下降すれば人気の有無にかかわらずクラブの経営能力を弱めるという形で表れてしまうのである(この点が成績の良し悪しにかかわらず球団の経営能力にあまり影響を及ぼさない人気チームもある日本のプロ野球とは少々異なるところといえる)。そして、収益を含めたそのようなクラブの経営能力が、スポーツ・クラブとしての経済的な資産価値となって表されることになる。

 しかし、そこには大きな落とし穴もある。クラブの資産価値を高める強いチームを作るためには、より多くの資本投入によって有力選手を獲得する必要がある。ただ、選手の移籍の自由が促進されている現在、有力選手獲得にはかなりの資金が必要となり、それがクラブの財政的基盤を圧迫する。結局、持続可能な発展を目標にするFFPのような規制は、クラブにとって両刃の刃のような効果を持つことになる。

企業の社会的責任

 UEFAによるFFPの導入は、まさにサッカーというヨーロッパ、特にEU加盟国に共通の文化的公共財の将来へ向けた持続可能な発展を促進するための措置になる。しかし、財政運営の健全さは、商品としての試合での成績の向上を目指す上で、大きな障害にもなりかねない。FFP対応のために有力選手との高額の契約を放棄すれば、クラブ・チームは弱体化する。そうなれば、チームの資産価値も下がり、結局、クラブ自体の存続が危ぶまれることになりかねない(イタリアのあるチームはFFP対策で主力選手を放出し、チームが弱体化して売却されるという結末に至った)。そこで、クラブの資産価値を低下させずに財政的運営を健全化するために、多くのクラブが採る方策が、有力企業とのスポンサー契約の締結になる。そしてそこに、EUにおける経済的活動についての1つの特徴が見出せることになる。

 EUでは、プロ・スポーツ、特にサッカーのクラブやリーグに企業が積極的に資金提供する傾向がみられる。クラブの親会社あるいは株主として、または純粋のスポンサー企業として、EUの企業は積極的にプロ・サッカーに「投資」する。それは、日本やアメリカの企業にありがちな、クラブ・チームのユニフォームに企業名が掲示されることによる広告宣言の効果に期待してのことではない。また、サッカーへの「投資」によって消費者に対する企業イメージの向上を狙ってのことでもない。もちろん、そのような効果を全く否定するわけではないが、むしろEU域内の企業は、サッカーへの「投資」を、企業の社会的責任(corporate social responsibility:以下、CSRとする)の一環として行っている。そして、そのCSRは、経済的活動の主体である企業が一定のレベルまで行うようEUによって義務づけられた活動でもある。

 EU型CSRは、日本やアメリカで考えられているような環境保護やコンプライアンスという形での消費者に対する企業イメージのアップを狙いにするものではない。その特徴は、社会的な存在としての企業が、企業の存続に必要不可欠な社会の持続的発展に対して必要なコストを払い、未来に対する投資として必要な活動を行うこととされる。クラブやリーグ自体は、まさに文化的公共財の担い手として、サッカーというスポーツ振興による持続可能な社会の発展に寄与するものとなる。同時に、スポーツ環境の整備や次世代を担う青少年へのスポーツ振興を通じて、将来へ向けたある種の「投資」活動を行っていると考えられている。特に、サッカーをはじめとするスポーツは、その固有のルールを遵守する形で展開されることから、ルールの遵守という意味でのコンプライアンスは、はじめから問題にならない。そして、EUでは、その統合を促進する機能を期待される共通の文化としてのサッカーは、その直接の担い手であるクラブやリーグだけではなく、一般の企業もCSRの一環としての活動を展開しやすい事象になる。要するに、クラブやリーグではなく、一般の企業にとっても、それらの担い手への「投資」自体が、EUに共通の基盤となる社会の持続可能な発展をもたらす活動とみなされるのである。ここに、サッカー・クラブへの「投資」という形での関与は、企業イメージの向上という副次的効果を伴いながら、EUによって要請させる将来への社会的基盤整備としての側面をより前面に押し出す形で、EU域内の企業にとっては最も都合のよい活動になっているのであった。

サッカーからEUの発展へ

 EU型CSRは、社会の持続可能な発展のための企業活動である。ただ、企業活動である以上、それが本当に「投資」に見合うだけのものか否かは、企業の側も株主との関係で検討する必要に迫られる。いわゆるステークホルダーに対する企業の説明責任という側面がここで現れる。すると、弱体化したクラブに対して本当に企業がスポンサーになって支えるという活動を行うのかという疑問が提起できる。そうなれば、常に勝利が期待できる強いクラブへの「投資」は促進されるが、弱体化したクラブへの「投資」は見送られる可能性も出てくる。そこに、ある種のジレンマのような状況が予測される。

 しかし、EUでは、必ずしもそのような事態に陥らない環境にあるという点が興味あるポイントになる。企業にとって、ステークホルダーは株主だけではない。サッカーは、特に人気スポーツとして、クラブにはサポーターがついている。特にフランチャイズ制の下での地域に特化したサッカーの場合、弱小チームのサポーターは時として企業にとってはフランチャイズにおける重要な消費者となることもある。もちろん強豪チームだけではサッカーというスポーツは成り立たない。対戦相手が存在しなければ、興行としての試合を開催することはできない。たとえ弱小クラブのチームであっても、それを支えることが文化的公共財としてのサッカーというスポーツを、将来に向けて持続可能な形で発展させることになる。そして、それは、やがてEUという欧州統合を目指す現在のヨーロッパの持続可能な発展を促すことにもつながるといえるのである。

ページの先頭へ
Copyright©YUHIKAKU PUBLISHING CO.,LTD. All Rights Reserved. 2016