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連載

スポーツ法とEU法

第8回 プロサッカークラブにおける内部紛争と会社法(その1)

神戸大学大学院法学研究科教授 志谷匡史〔Shitani Masashi〕

1 はじめに

 プロスポーツクラブが提供する「商品」は、スポーツ興行である。興行成績は様々な要因により変動する。しかし、成績不振がクラブ内部の対立にまで行き着くとき、事態はきわめて深刻となる。選手やチームの戦績が振るわず、人気に翳りが生じ、興行収入が低下する。そのため成績不振を巡ってクラブ内部に亀裂が生じる。責任の押し付け合いが昂じて、クラブを去る者も出てくる。有力な選手や有能な監督やコーチ、敏腕の経営者が去ってしまえば、戦績不振に輪をかける結果となる。まさに負の連鎖である。プロスポーツチームを運営するクラブのマネジメントにとって、内部紛争をどのように適切に解決に導くことができるか、それは文字通り死活的に重要な経営課題である。ただし、言うまでもなく会社は法的規制の枠組みの中で活動しなければならない。危機を打開するために会社が実行した方策も、適用される法の規律に反するものであったならば、事前あるいは事後になんらかの制裁を覚悟しなければならず、かえって事態を悪い方向に導きかねない。クラブの立て直しとその過程における利害調整は、プロスポーツクラブを私法の視点から研究するにあたって興味深いケース・スタディーを提供してくれる。本連載では今回と次回の2回にわたりプロスポーツを会社法の視点から考察する。

 イギリスの事例(プロサッカークラブの内部紛争)を素材として取り上げる。現実の紛争、そこにおける当事者の主張と裁判所が示した法的判断をみていくことにする。

 対象に取り上げた事件は、Cas(Nominees)Ltd & Ors v. Nottingham Forest FC Plc & Ors[2002]B.C.C.145である。同判決は、民事事件の第1審管轄権を有する高等法院(High Court of Justice)の大法官部(Chancery Division =会社法に関する事件を担当)が言い渡した判決である。

2 事件の経過

 イギリスのプロサッカーチーム、ノッティンガム・フォレスト・フットボール・クラブ(Nottingham Forest Football Club)は、1865年に創立された伝統あるクラブチームである(以下「クラブ」と略称する)。1982年には、株式会社化し、運営会社としてノッティンガム・フォレスト・フットボール・クラブ・リミティッド(Nottingham Forest Football Club Limited)が設立された(以下「運営会社」と略称する)。さらに、1997年には、投資家集団によって運営会社が買収され、運営会社の持株会社としてノッティンガム・フォレスト・ピーエルシー(Nottingham Forest plc)が設立された(以下「持株会社」と略称する)。買収総額はおよそ1600万ポンドであった。同年夏には持株会社の株式はAIM市場(ロンドン証券取引所が開設した専門投資家向けの特設市場)に上場され、同社は新株発行により資金調達を行った。持株会社の取締役会構成員は、Wray(会長)、Soar(CEO)とReid(財務担当取締役)、MarkhamとScholarおよびLeslau(これら3名は非業務執行取締役)であった。

 ところが、買収後、当初の期待に反してイギリスの経済環境が悪化し、買収グループは投資資金を短期間で回収するメドが立たない状況に陥った。しかも、間が悪いことにクラブの成績が芳しくなかった。成績不振はクラブ内部に亀裂を走らせた。選手の移籍を巡って有力選手が試合をボイコットするなど統率が乱れ、クラブの士気は大きく低下してしまった。クラブ運営の要のマネジャーを解雇したが、後継のマネジャーはシーズン終了をまってクラブを離れる可能性が高いという始末であった。しかも、持株会社取締役に対してサポーターの不信感が次第に大きくなった。もともと取締役のなかには、サッカーに興味がない者、他のチームの熱心なサポーターであることが知られている者が含まれており、成績不振と相まってサポーターの不満が高まったのである。

 さらに、取締役内部も一枚岩ではなく、むしろ亀裂が深まっていった。1997年の買収当初からSoarとScholarはそりが合わなかったが、会社経営に辟易したWrayの会長後継問題が1998年の秋に浮上し、後継者の人選を巡ってSoarと、ScholarおよびMarkhamとの対立が決定的となった。結局、Wrayは会長を辞任し、その持ち株の一部をSoarと新取締役で会長職に就いたBarnesに譲って取締役からも辞任するに至った。

 このように困難な状況の下、1999年5月13日に開催された持株会社取締役会において、重要な議題が審議された。すなわち、投資ファンドが、持株会社に対し、投資(買収)提案を行ったのである。投資ファンドの提案は、まず1株25ペンスで500万ポンド相当額を持株会社に出資し、さらに2001―2002年シーズン末までに700万ポンド相当額を追加出資する選択権を与えよという内容であった。この提案にはクラブマネジャーの人事、SoarとScholar両者の取締役辞任が付帯条件とされた。取締役会決議に基づき、Barnesが投資ファンド側と交渉を続けた。Barnesは、当時の会社法の規定により、既存株主の了解を得ずして投資ファンドに計画の通りの新株および新株取得のオプションを付与することはできないと理解していた。両者は提案の修正に動いた。修正案として、①子会社の運営会社が投資ファンドに対し新株を発行する。これにより、およそ40パーセントの同社株式を取得する。②投資ファンドは600万ポンドの追加出資によりさらに15パーセントの子会社株式を取得するオプションを付与される、という内容が固まった。

 ところが、持株会社の株主の一部が、この内容に反対し、持株の買取りを請求して提訴するに至った。紛争が裁判所に持ち出されることとなったのである。

3 原告株主の主張

 持株会社取締役会は隠れた目的のために行動していた。その隠れた目的とは、投資ファンドをして、会社法により株主に与えられた法的保護を潜脱しつつ、持株会社の支配権(ひいては運営会社の支配権)を取得することを可能にすることであった。

4 判決要旨

 本件においては、持株会社の取締役会が、会社法95条により株主総会の特別決議が必要であるという形で、適切な目的の遂行に対し法的な解決すべき課題に直面した。事業活動が完全子会社である運営会社において行われていたという偶然が、その解決への道を開いたのである。その解決策は、持株会社のレベルで資本が注入される場合と同じ経済効果を生じさせた。しかも、それは特別決議の障害を取り除いた。

 原告の異議申立ての根拠は、運営会社のために資本を確保するという目的を達成するために採用された手段が、法律の潜脱にあたるということに基づく。このような立論は、原告に対し、制定法がそのような権限行使を黙示に禁止しているか、あるいは、その権限がかようなやり方で行使されることを不当とする、権限に内在するなにものかがある、いずれかを立証することを要求する。しかし、本件の株式発行を実行するために、持株会社の取締役会が現実に行使した権限は、会社の定款110条により付与された一般的な経営権限であった。会社の定款110条は、制定法、基本定款等により与えられた指図の制約下で、会社の業務は取締役会により運営されねばならず、取締役会は会社の業務執行に関連するか否かにかかわらず会社のすべての権限を行使しうる、と規定している。この権限を行使して、取締役会は、(1)株式引受契約を締結し、(2)運営会社が増資し、新株を投資ファンドに割り当てるために必要な特別決議を通すため、運営会社株の議決権を行使する、という段階を踏んだ。運営会社のために資本を調達するという純粋な要求を前提とすると、その適正な目的以外の目的のために持株会社の権限が行使されたとは言い難い。

 原告は、持株会社のための権限を子会社のために行使したことは不当であると主張する。しかし、持株会社の機能は、運営会社経営指図の機能であった。すべての事業活動、実際上はすべての資産が、運営会社に集中していた。したがって、クラブにとって良いことは、持株会社にとって良いことだと考えることが可能であった。もっとも、確かに、もしもクラブにとって良いことを達成する代償が、持株会社の運営会社に対する持ち分の大きな喪失であったとすれば、そのような理解は妥当とは言い難いことは明らかである。本件の取引は、潜在的に、そのような重大な喪失を含んでおり、それゆえに、クラブの利益とは別に、持株会社とその株主の利益に対して、注意深い検討が行われる必要があった。しかし、もしも持株会社のレベルで阻止されたルートが、実際上開かれていたとすれば、持株会社の利益と運営会社(クラブ)の利益との間に大きな対立は存在しなかったであろうことに留意することが必要である。ただし、持株会社の既存株主への影響は同じであったろう。運営会社レベルでの資金調達は、持株会社のレベルで資金調達することと比べて、既存株主への影響ということでは、ひどく都合が悪いとは言えないし、有利とも言えない。

 当裁判所は、持株会社の取締役会は、会社の利益を注意深く検討したと結論する。持株会社のために株式引受契約の精巧な文言を交渉した者は、会社の別個の利益を保護する必要性に十分注意を払っていた。すなわち、運営会社の取締役会の代表に関する持株会社と投資ファンド双方の取決め、取締役会で検討される事項に関する両者の議決権配分、両者の新株発行引受権、いずれかが持ち株を第三者に売り渡すときの他方の同等条件による売却機会の保証がこれである。本件の株式取引によって達成されたものは、持株会社のレベルで取引が行われることを可能とする特別決議を取締役会が確保できたならば達成しえたことと比較して、持株会社にとって悪くはない。もっとも、そのような特別決議は成立しえなかったことは明白である。特別決議がなければ持株会社のレベルで取引が実行されなかったことも明白である。投資ファンドは、一貫して、新株引受権の行使により支配権を保証する取引でないとこの取引を行わないと主張していたからである。もしも取締役会がライツ・イッシューのルートを辿ろうと試みたとしても、原告は実際にその権利を行使したとは思われない。原告の主張は、会社法89条の下で新株引受権を行使する機会を失ったというものではない。原告の主張は、新株引受権を否定する特別決議に対して反対の議決権を行使する機会を失ったというものであったからである。もしも原告がそのような特別決議のルートによって取締役会は事を進めていく義務があったということについて正しかったとすれば、彼らが失ったものは、取締役会が進めようとする取引を阻止する機会であった。その権限を行使する選択のメリットがどのように考えられようと、それを奪われたことに不満の意識を感じるにちがいあるまい。しかし、問題は、原告が不公正にその機会を奪われたのかどうかである。問題を単純化しすぎるリスクを冒せば、本件は、取締役会が正当な見解に基づき行動したといえる事例である。会社には、その目的を達成する理論的に可能な方策は2つあった。ひとつは、株主の75パーセントの同意を要求するものであり、他方は、株主の75パーセントの同意を要求しないものであった。しかし、会社法89条から95条を、他のルートをとってはならないという趣旨に解釈することは適切ではない。

 このように判示して原告の請求を棄却し、裁判所は取締役会の判断を支持した。

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