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書斎の窓

連載

脳の中の不思議の島――趣味的研究人生

第2回 時間を測る・時間を感じる

名古屋大学大学院環境学研究科教授 大平英樹〔Ohira Hideki〕

 ロンドン滞在中に、ポートベロー通りにある土曜日だけ開店する古時計商で購入した、ジャガー・ルクルトのレベルソ。収集しているアンティーク時計の中でも、最も気に入っている逸品である。1931年、インド駐在の英国陸軍将校がポロの競技中に装着しても壊れない腕時計を依頼したことから、ケースを180度反転させて文字盤ガラスを守る機構を持つ、このシンプルながらもエレガントなデザインの時計が開発された。私の所有するものは、1930年代後半の製造というから最初期モデルに近い。ケースやムーブメントがオリジナルであるのはもちろん、新品のように美しく、誤差は1日で1分も生じない。

 自宅の書斎で、この時計のゼンマイを巻き上げ、針の動きを眺めつつワインを飲むのが好きである。どのような人物がこの時計を身に付け、どのような人生を送ったのであろうか。想像の中で物語が立ち上がってくる。また、重要な講演の前などに、この時計のゼンマイを巻く儀式が士気を高めてくれる。80年という時間が醸し出す存在感がそうさせるのであろう。

 時を測るために必要なのは、正確な振動である。機械式時計では、等時性を持つ材質で作られたヒゲゼンマイと呼ばれる渦巻状のバネが、1秒間に5〜10回伸縮を繰り返すことで、この振動をつくり出す。ヒゲゼンマイに固定されたテンプという部品が規則正しく左右に往復する運動を、錨に似た形状のアンクルが受け継ぎ、ガンギ車を回す運動に転換する(図1Aの発振器と記した機構)。あの時計のチッチッチッという音は、アンクルとガンギ車の歯が着脱することで生じる。それが3つの歯車を介して秒針と分針を回す。つまり計時とは、振動を数えることに他ならない。時計の動力となるもうひとつのゼンマイは、香箱車の中に入っており、これが各歯車を回すと共にヒゲゼンマイの伸縮運動を維持させる(図1A)。

図1A 脳の中にある内的時計:
    機械式時計のアナロジー

図1B 時間知覚課題における島の活動
    (Kosillo & Smith, 2010)

 私たちは、時計などの外部装置を用いずとも、時間の経過を感じ、時間を主観的に測ることができる。これを時間知覚と呼ぶ。例えば参加者にキーを押し続けてもらい、時計を見ずに、主観的に60秒過ぎたと思ったら離してもらう、という方法で時間知覚を評価することができる。これを時間生成法と言う。かなり前のことだが、私も、この方法により時間知覚の個人差を調べたことがある。すると、30秒程度を60秒と感じる人もいれば、120秒ほどを60秒として報告する人もおり、非常に大きな個人差が見られた。しかしながら、同じ個人における時間知覚はかなり安定していた。すなわち、30秒を60秒と感じる人は、何度やっても同じような短縮された時間知覚を示した。120秒を60秒と感じる拡張された時間知覚を持つ人についても同様であった。こうした結果は、人間の時間知覚は決してでたらめなものではなく、個人に固有の「ものさし」によって、実際に時間が測定されている可能性を示唆する。

 心理学ではこうした現象を、「内的時計(internal clock)」を仮定することで説明しようとしてきた。つまり、私たちの心のなかに、機械式時計におけるヒゲゼンマイのような発振器があり、その振動数を数えることで安定した時間知覚が可能になっている、という仮説である。近年、神経科学研究の発展によって、こうした内的時計が、私たちの脳に実際に存在することが明らかになってきた(Droit-Volet, 2013)。脳の皮質の広範な領域には、自律的で周期的な活動があることが知られている。この現象がおそらく、計時に必要な振動の源になると考えられている。そして、その振動を検出して計数するのは、脳の中心部に位置する線条体の一部である尾状核びじょうかくと呼ばれる神経細胞の集合体だということがわかってきた。

 本稿の主題であるとうも、内的時計の機能に関与し、時間知覚に影響することが知られている。上述の時間生成法をはじめ、見本として与えられる時間と同じ長さをキー押しなどにより再現する時間再生法、あるいは手がかり刺激が提示されてから一定の時間経過後にキー押し反応に成功すれば報酬が与えられる遅延報酬課題など、さまざまな時間知覚課題を遂行したときに、島の前部が頑健に活動する(Kosillo & Smith, 2010; 図1B)。重要なのは、こうした島の活動は、時間の流れを主観的に意識しようとするときだけに観測されるということだ。島は、皮質と線条体の神経ネットワークによる振動とその検出による計時を、意識的に体験される時間の流れとして構成する過程に重要な役割を果たしているようだ。私たちが、時間が一定のペースで過去・現在・未来と一方向に流れているように感じるのは、脳がそのような意識体験を創り上げているためだと考えられる。島の前部は、霊長類の中でもヒトで特に発達している。もしかすると、人間が時間という概念を持つことになったのは、島の構造や機能が進化したためかもしれない。

 バド・クレイグは、さらに大胆な仮説を提唱している(Craig, 2009)。幸福で甘美な時間は早く過ぎ去り、退屈な時間は長く続く。こうした感情による主観的な時間の伸び縮みは、誰もが実感することだろう。前回述べたように、島は骨格筋、内臓、体液などの身体からの信号が投射され、これらの信号を統合して身体表象を形成する脳部位である。クレイグは、感情に伴う身体の反応が島の活動を高めることで、内的時計が影響を受け時間知覚が変化すると主張している。幸福な高揚感は心拍や血圧などの身体反応を亢進する。これが内的時計の振動速度を増すように働き、一定の物理的時間内における振動回数を増すことで、結果として長い時間が早く経過したように感じられる。一方、退屈で感情が鈍磨している場面では、身体反応が鎮静化することで内的時計の振動速度が減少し、一定の物理的時間が遅く流れる短い時間に感じられる。

 こうした仮説を検証するには、島を損傷した患者に時間知覚課題を課す、健常者に薬物や磁気・電気の刺激により島の機能を一時的に停止した上で時間知覚課題を課す、などの方法が考えられる。しかし、物理的・倫理的な制約のために、そうした研究を実行するのは容易ではない。そこで私の研究室では、感情とそれに伴う身体的反応が微弱である個人を対象にした研究を行うことにした。そうした傾向と関連するのは、サイコパシー(psychopathy)と呼ばれる性格特性である。サイコパシーは、感情の欠如、利己性、衝動性を特徴とし、そのために犯罪リスクが高いとされる性格特性である。その背景には扁桃体や前頭眼窩野、さらに島などの感情に関連した脳領域の機能不全があることが報告されている。私たちの研究でも、サイコパシー傾向の高い個人は、不快な映像を視聴したり、他者から不公正な扱いを受けたりした場合に、弱い生理的反応しか示さなかった(Osumi & Ohira, 2010)。私たちは、こうした人たちをモデルとして用い、島の機能と時間知覚の関係を、間接的にではあるが、検討しようと考えた。

 この研究では、実験参加者に8秒間持続する刺激を与え、その時間をキー押しにより再生するという課題を使った。するとサイコパシー傾向の高い個人は、明らかに短い時間を再生した。彼らには、時間がより短く感じられるのである。興味深いことに、365日、1825日などの長期の時間を、主観的にどれくらい長く感じるかを評定させても、サイコパシー傾向の高い個人はより短く感じると報告した。彼らは「感情のない人たち」であるがゆえに、島で受け取られる身体信号が弱く、その結果として内的時計の振動が遅くなっているか、島が関与すると考えられる時間経過の意識が薄弱なのであろう。この推測を検証するために、私たちはfMRIを用いた神経画像研究を計画している。

 おそらく、私たち人間が持っている時間という概念とその実感は、身体と、そこから信号を受け取る脳のあり方に依存している。身体がなければ時間もないのだ。さて、今晩も寒い。ストーブに薪をくべて、シガーとカルヴァドスと共に、悠久の時間に想いを馳せるとしよう。

    【引用文献】

    Craig, A. D. 2009. Emotional moments across time: a possible neural basis for time perception in the anterior insula. Philosophical transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological sciences, 364, 1933-1942.

    Droit-Volet,S. 2013. Time perception, emotions and mood disorders. Journal of physiology, Paris, 107, 255-264.

    Kosillo, P., & Smith, A. T. 2010. The role of the human anterior insular cortex in time processing. Brain Structure and Function, 214, 623-628.

    Osumi, T., & Ohira, H. 2010. The positive side of psychopathy: Emotional detachment in psychopathy and rational decision-making in the ultimatum game. Personality and Individual Differences, 49, 451-456.

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