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書斎の窓

自著を語る

『類似性の構造と判断
――他者との比較が消費者行動を変える』を執筆して

東北大学大学院経済学研究科教授 澁谷 覚〔Shibuya Satoru〕

澁谷覚/著
A5判,398頁,
本体4,500円+税

はじめに

 私たちは日常生活の中で、何かと何かが似ていると感じることがあります。例えば、このそば屋の雰囲気はこの間入ったそば屋に似ているなと感じたりします。デジャヴはこうした類似性認知から起こると言われていますね。あるいは正面に座っている人はよく見るとこの前ドラマに出ていた俳優と似てるな、とか、最近仕事で知り合った人が自分と同じ高校を出ていた、などといった例もあります。これらはみな私たちが何かと何かの類似性を認知している例です。この度上梓した『類似性の構造と判断――他者との比較が消費者行動を変える』では、私たちが認知するこのような類似性を大きなテーマとしています。

 類似性については、従来さまざまな分野で研究されてきましたが、それらを大きく分けると、(a)モノとモノの類似性の研究、(b)自分と他者の類似性の研究、という2つの潮流があります。(a)については、複数の図形や画像、単語や文字列などの間の類似性を人間がどのように判断するかについて、主に認知心理学の分野で研究されてきました。これに対して(b)は、社会心理学の分野で研究が行われてきました。要するにこれら2つの研究は、従来は別々の分野で全く独立に進められてきたのです。

ネット上の人間関係と類似性認知

 私たちがインターネット上で日常的に情報収集を行うようになった現代では、このように従来別々に行われてきた研究を融合することが有益ではないか、と常々私は考えています。なぜなら今日では私たちはインターネットでいろいろな人の意見を読んだり、いろいろな人の経験を参考にしたりするわけですが、こうした状況での他者とは、実際には画面に表示される小さな写真やアイコンだったり、わずかな紹介文だけだったりする場合も多いからです。このような手がかりにもとづく判断には(a)の研究が関係がありそうです。以下に述べるように、近年の研究からは、私たちはこうした画面上のわずかな情報を手がかりにして、これらの他者と自分の類似性を、無意識に判断しているようなのです。このあたりには(b)の研究が関係しそうな気もします。

 そこでこれらの分野が互いに融合可能かどうかについて、従来の研究を少し見てみましょう。

(1)類似性の自動検出機能

 (a)の分野では、1983年に行われた有名な研究があります。その実験では、被験者は2つの単語を次々に見せられます。ただし1つめはじっくりと、2つめはほんの一瞬です。そのため被験者は、2つめの単語についてはそもそも単語を見たかどうかの判断にすら自信がなくて、実際には呈示されていないのに「見た」と回答したり、呈示されたのに「見ていない」と回答したりします。それでも、見たかどうかも定かでない2つめの単語と1つめの単語が似ていたかどうかをむりやり回答してもらったところ、驚いたことにかなり正確に回答することができたのです。この実験結果は、私たちが見たかどうかもわからない対象が別の何かと類似しているかどうかを、本人も気づかないうちに自動的に判断していることを示しています。この他にも(a)の分野で行われた多くの研究では、私たちには何かと何かの類似性を半ば無意識に検出する能力が備わっていることが示されています。

 次に(b)の分野を見てみましょう。ここでは1995年に行われた次のような研究があります。この実験では、被験者はあるテストを受けますが、事前にビデオでやり方の説明を受けます。ビデオの中では1人の人物が同じテストを受けている様子が映っていて、かなり高い得点をあげます。ただしその人は、被験者より簡単に正解できる有利な条件でテストを受けているのだと説明されるのです。その後で被験者は実際にテストを受けます。そしてテストの結果、ビデオの人よりかなり低い点数だったことが知らされます。この実験では被験者の気持ちを測定しているのですが、自分の得点を告げられた直後には被験者はガッカリします。でもその後しばらくすると、その落胆は回復していたのです。ビデオの中の人は被験者より有利な条件でテストを受けていたのに、被験者は自分の低い点数を知った直後にいったんはガッカリしたというのがこの実験の重要なところです。つまりこの実験からは、私たちは自分と他者を半ば無意識に比較し、他者の方が優れているときには周囲の状況などには関係なく、無条件にいったんはガッカリするということを示しているのです。

 そしてこの実験結果は、(a)の無意識の判断という議論と重なります。つまり私たちは何かと何かが類似しているかどうかを自動的に比較し判断する機能を有していて、この機能は判断の対象が自分と他者である場合にも働くようなのです。

(2)類似性判断の修正機能

 次に(a)の分野では、私たちはモノとモノの類似性を判断する過程において、構造整列というかなり複雑な作業を行っていることが多くの研究で示されてきました。構造整列とは、ちょっとむずかしいのですが、類似性の判断をする際に比較する2つのモノを構成するいろいろな要素を相互に照らし合わせていく動的な処理のことを言います。

 (b)の分野では、上に見た1995年の実験で、被験者はビデオ中の人物が自分より有利な条件でテストを受けたことを考慮して、いったんはガッカリした気持ちを後から回復させていましたね。つまり自他の類似性判断では、私たちは先行する自動的・無意識的な判断の結果を、後から意識的に修正することをこの実験は示しているのです。この他にも(b)の分野の多くの研究で、私たちは自他を比較する際に1つの情報を使って比較した上で、後からより幅広く関連情報を考慮して、その判断結果を再検討し修正する場合があることが示されています。

 このように自他の比較では最初の無意識の比較の後に修正が行われるのですが、このことは(a)の分野で提示された構造整列という複雑なプロセスと、部分的に重なると考えることができるのではないでしょうか。

類似性判断の統合モデル

 以上の2つの議論から、私はモノの比較と自他の比較とは、(1)半ば無意識・自動的に行われるプロセスが先行すること、(2)後からさまざまな関連情報を考慮しながら最初の判断を修正する場合があること、という2つの点で、相互に重なり合う部分があるのではないかと考えています。

 そこでこのような論拠から、(a)と(b)の分野で従来わかっている知見を統合してみました。それが図1に示す枠組みです。ここでは、(1)の自動的プロセスを「一次反応」と呼んでいます。また(2)のプロセスは、「二次処理」と記したエリアの中に含まれると考えています。そして図が複雑になるので省略していますが、「二次処理」の中の「修正」と記した箇所に、さきほど見た構造整列などの複雑な処理が含まれると考えています。なお図中には「同化」「対比」などの言葉も記されていますが、これらは一言で述べると、比較の結果例えば自分より優れた人と「同化」すると元気になり、「対比」するとガッカリするということがわかっています。自分より劣った人との比較では、この逆になります。

図1 モノとモノの類似性判断+自他の類似性判断の統合モデル

本書第Ⅱ部第5章, p. 252, 図表5-1より

仮説枠組みの検証実験

 残念ながらこの枠組みは、いままでの研究を組み合わせて私が作った仮説に過ぎません。そこで、実際にインターネット上で他者の経験を参照するような状況を作って、そこで被験者がこのようなプロセスに沿って自他の類似性判断を行うかどうかを確認することにしました。

 実験では被験者に(架空の)温泉のインターネット上の情報を見せた上で、その温泉を先行して利用したという(架空の)他者を呈示しました。その際に他者と被験者との類似性を操作して、被験者には他者と似ていると思わせました。そしてその他者が温泉を利用した結果とても満足したという内容の経験を呈示したのです。この実験では、被験者が他者と自分とを比較するときに、「一次反応」で類似性を認知した上で「二次処理」の修正プロセスで構造整列を行うなら、その温泉についての事前の期待が高まるはずだ予測しました。なぜかというと、この場合には自分と類似した他者の過去の満足という経験が、構造整列の結果自分の将来に「転移」されるからなのです。逆にもし被験者が構造整列を行わなければ、他者の満足経験は被験者の将来に転移されず、被験者の事前の期待は高まらないはずです。

 この点はちょっとむずかしいので、説明が必要ですね。(a)の分野では構造整列の効果として、類似している対象同士の間で、片方の対象だけに含まれる要素はもう片方の対象へ転移されるということがわかっています。つまり私たちは2つの対象が似ているときには、似ているからこそ一見片方だけに含まれる要素が、もう片方にもきっと含まれているにちがいないと推論するのです。だから似ている他者が温泉に満足したなら、被験者は自分も将来そこに泊まったら満足するはずだ、と推論するわけです。このような性質を使えば、実験中に被験者が図のようなプロセスに沿って自他の比較を行うかどうかを確認できるはずだと考えました。

 実験の結果、構造整列に必要な情報が呈示された条件の被験者は、そのような情報が呈示されなかった条件の被験者より、温泉に対する事前の期待値が実際に高くなりました。このことは、構造整列を行うことが可能だった条件の被験者は、実際に図1の枠組みに沿って、他者の過去の満足経験を自分の将来へと転移したことを示していると考えることができるのです。

 このようにして、限定的ではありますが、たしかに図の枠組みのようなプロセスに沿って私たちは自他の比較を行っていることが確認されました。

本書の意義

 本書の学術的な意義は、従来別々の分野で行われてきた類似性認知研究を融合させたことだと思います。

 次に実務上の意義についてですが、消費者行動やマーケティングの分野では、消費者が行う情報収集や意思決定にインターネットの利用が大きな影響を及ぼしていることが常々指摘されています。本書は、消費者がインターネット上でこれから購入しようと思う商品やサービスについて、これらを自分より先に利用している他者の経験を参照する過程と、その根底に働くメカニズムの一端を明らかにしたと考えています。つまり消費者は図1のようなプロセスに沿って一次反応で自他の類似性を無意識に判断し、二次処理で構造整列を行いながら、他者の過去の経験を自分の将来に転移するのです。

 そこで例えばこのようなメカニズムを利用して、企業が自社の既存顧客の声を適切に収集・編集し、それぞれの潜在顧客に最適な形で提示することができたら、その企業は自社の製品やサービスに対する潜在顧客の期待や購買意向等を有効に高めることができるのではないかと私は考えています。

 今回上梓した本書が、以上のような形で今後の類似性研究や消費者行動研究、あるいはマーケティング実践への一助となれば、著者としてこれほどうれしいことはありません。

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