自著を語る
『国際行政論』の執筆を終えて
東京大学大学院法学政治学研究科教授 城山英明〔Shiroyama Hideaki〕
1.国際行政における機能的アプローチ
国際行政における組織化・制度化の基本的手法の1つは機能的アプローチである。機能的アプローチとは、課題領域毎にアドホックに組織化・制度化を行うという方法である。
機能的アプローチの実践は、国際行政の歴史においても確認される。国際行政は、国際河川、通信(郵便、電信、電話)、衛生、農業といった個別的課題に応じて、行政連合等として19世紀前半以降組織化・制度化されてきた。例えば、1865年に国際電信連合、1905年に万国農事協会、1907年に公衆衛生国際事務局が設立された。また、第二次世界大戦後においても、国際金融についてはIMF(国際通貨基金)、開発については世界銀行等、貿易についてはGATT(関税と貿易に関する一般協定)、WTO(世界貿易機関)、安全保障についてはNATO(北大西洋条約機構)、OSCE(全欧安全保障協力機構)というように、課題毎に組織化・制度化が進められた。地域に特定の課題を遂行するための各種地域組織も、機能的アプローチの1つの表現であるということができる(城山2013第1章)。
このような機能的アプローチにより組織化・制度化された国際組織・制度への参加者としては、各国の各分野の省庁関係者が重要であった。各国の中での分野横断的調整の総括者として外務省関係者が参画する場合も多いが、実質的議論については各分野の省庁からの参加者が大きな役割を果たしてきた。その結果、このような機能的国際組織・制度の運用においては、機能分野別の各国省庁間ネットワークやそのようなネットワークを構成する専門家が重要になる(Slaughter 1997)。認識共同体(epistemic community)も共通認識を持つこのような国境横断的な専門家ネットワークであるということができる(Haas 1992)。
2.ミトラニーの機能的アプローチ論
このような機能的アプローチを明示的に定式化したのは、ミトラニーであった(Mitrany 1933, Mitrany 1966)。ミトラニーは、19世紀において、相互に矛盾する2つの方向の変化が起こっていたと認識した。第1の変化は、経済分業の深化、社会的変化にともなう国際的レベルでの活動の増大であり、第2の変化は、ナショナリズム等のローカルな文化的自律の主張である。そして、このような状況に対するアプローチとして、ミトラニーは2つの方法を対置する。
1つの方法はコンスティテューショナル・アプローチ(constitutional approach)である。コンスティテューショナル・アプローチは、国際連盟の「失敗」をうけて主張された連邦構想に典型的にみられるものであり、その原理は、全ての課題領域における権限(authority)の範囲を地理的範囲(territory)に一致させるというものである。権限の範囲を地理的範囲と一致させるという点では、国家の原理と同一のものである。つまり、コンスティテューショナル・アプローチは、国家の地域大、世界大への拡大に過ぎないということになる。
もう1つの方法は機能的アプローチ(functional approach)である。機能的アプローチとは、権限の範囲を個々のニーズに対応した活動(activity)の範囲に一致させるものである。権限の範囲は、活動が行われる課題領域別に、諸活動の範囲に応じて設定される。つまり、課題領域に応じて異なった範囲が設定されることになる。この集権と分権の同時進行を可能にする機能的アプローチによって、経済における国際的範囲の活動と文化におけるローカルな範囲の活動という19世紀の2つの変化に対応することができるというわけである。
そして、このような機能的アプローチの下では、担い手が外交官から国内各省庁の専門家へと拡大し、交渉の運営方法も変わるという。すなわち、「技術的問題」は各国の外交的政治的中心の複雑なネットワークを経ることなく各国の専門家によって直接的に解決され、その結果、対外政策(foreign policy)という概念は虚構になるとする。このような外務省をバイパスした各国専門家間の協力回路の成立を、「分権化(decentralization)」という概念でとらえている(城山2013第2章)。
以上のようなミトラニーの議論は、現在のスローターの議論(Slaughter 1997)等の原型を提供しているといえる。そして、このような機能的アプローチは、課題の性質に応じて異なった扱いを行い、課題領域間のリンケージの回避を目指すとともに、担い手として各国等の専門家を主として想定しているという点で、確かに技術性を持っているといえる。
3.「機能」のフレーミングとフォーラム・ショッピング
しかし、国際行政の機能的アプローチを活用した組織化・制度化において、このような「機能」は必ずしも客観的・中立的に設定されるわけではない。機能的アプローチを適用する際には、「誰」にとっての機能(あるいは必要)を対象とするのか、そのような機能を「誰」が設定するのかによって、関係する主体の範囲が異なってくるとともに、主体間の権力的関係が埋め込まれることになる。その意味では、機能的アプローチは政治性も有することになる。
「機能」のフレーミングは多様であり、同一の対象を異なった「機能」の下で扱うことが可能になる。例えば、原子力発電の問題は、地球温暖化といった「環境」に関する国際組織・制度の下で扱うこともできれば、「エネルギー安全保障」に関する国際組織・制度の下で扱うこともできる。あるいは、自動車の環境や安全に関する国際基準の問題は、「環境」や「安全」に関する国際組織・制度の下で扱うこともできれば、非関税障壁に関わる問題として、「貿易」に関する国際組織・制度の下で扱うこともできる(城山2013第1章)。
実際に、共通の対象を扱う国際組織・制度も多元化しており、各々の組織・制度により共通課題に対する対応の方向性が異なることになる。例えば、国際金融に関しては、BIS(国際決済銀行)を事務局にするバーゼル銀行監督委員会のような場もあれば、G7、近年重要性を増しつつあるG20、あるいは国際通貨基金・世界銀行といった場もある。また、「貿易」の分野では、WTOといった世界的規模の国際組織と自由貿易協定のような地域的規模の国際組織・制度が併存している。そして、WTOのドーハラウンドが停滞する中で、2国間の自由貿易協定や限定された多国間におけるTPP(環太平洋パートナーシップ)といった国際制度の重要性が高まりつつある。
そして、フレーミングの選択とフォーラムの選択、すなわち、フォーラム・ショッピングは連動してくる。フレーミングの選択により、関係者の範囲が異なることになり、その範囲がフォーラムへの参加者と連動することになる。そして各国は、どのような国際組織・制度にどのような順序で事案を持ち込んでいくのかについて、各国の利益・権力追求の観点から戦略的決定を行う(Drezner 2007, 山本2008)。
例えば、遺伝子組み換え技術は、OECD(経済協力開発機構)とCodex委員会では異なったフレーミングの下で扱われた。遺伝子組み換え技術の商品化前の段階では、研究開発の観点がフレーミングとして重視され、OECDの科学技術政策委員会が中核的なフォーラムとして選択され、科学的コンセンサスが大きな影響力を持っていた。しかし、遺伝子組み換え技術の商品化が予測していなかった様々な混乱をもたらした結果、安全性の観点がフレーミングとして重視されるようになり、科学的に安全かどうかという議論だけでなく、経済的、社会的、倫理的問題についても幅広く議論されるようになった。そして、遺伝子組み換え技術の問題は、フォーラムとしてはG8等でもとりあげられるような政治問題となった後、FAO(食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の共同プログラムであるCodex委員会が、消費者の健康保護を含む食品安全の観点をフレーミングにおいて強調することで、フォーラムとして選択されるようになり、ガイドライン策定の場となった(松尾2008)。
国内の政策形成過程においても、フレーミングに関する政治やフォーラム・ショッピングのような現象が観察される。例えば、環境政策においてはフレーミングによる関係者の範囲の操作が政治の重要な要素となる(城山2011)。また、省庁間においては、省庁によって同一対象に対するフレーミングが異なるとともに、異なった範囲の関係者を巻き込む省庁間政治が観察される。ただし、このようなフレーミングに関する政治やフォーラム・ショッピングは、国際行政おいてより幅広く観察されるといえる。その背景には、各主体間の利益や認識の分岐がより大きいという事情、また、国際組織・制度の実態は会議体である側面が強く、常設的事務局のコストが相対的に少ないために、対抗フォーラムとなりうる国際組織・制度が併存しやすいという事情もあると思われる。
【文献】
城山英明(2011)「環境問題と政治」苅部直・宇野重規・中本義彦編『政治学をつかむ』有斐閣。
城山英明(2013)『国際行政論』有斐閣。
松尾真紀子(2008)「食品の安全性をめぐる国際合意のダイナミズム―遺伝子組換え食品の事例」城山英明編『政治空間の変容と政策革新⑥ 科学技術のポリティクス』東京大学出版会。
山本吉宣(2008)『国際レジームとガバナンス』有斐閣。
Daniel W. Drezner (2007), All Politics is Global: Explaining International Regulatory Regimes, Princeton: Princeton University Press.
Peter M. Haas (1992), “Introduction: Epistemic Communities and International Policy Coordination,” International Organization, Vol. 46-1
David Mitrany (1933), The Progress of International Government, London: G. Allen and Unwin.
David Mitrany (1966), A Working Peace System, Chicago: Quadrangle Books.
Anne-Marie Slaughter (1997), “The Real New World Order”, Foreign Affairs, Vol. 76-5.