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連載

ドイツ・ケルンから考えた日本――ケルン文化会館長異聞

第1回 日独の大学の在り方と博士号の価値

千葉大学専門法務研究科名誉教授 手塚和彰〔Tezuka Kazuaki〕

はじめに

 筆者は、2011年4月から2013年3月までの2年間、国際交流基金ケルン文化会館長として勤務した。この間、2011年の日独友好150周年事業(ドイツで250以上の文化・学術交流の実施)を始め、2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故という日本の困難な状況の中で、これに関するシンポジウムなどを実施した。その中で、日独、さらには日本とEUとの関係が新たな局面を迎えていることを痛感せざるをえなかった。これについては、以後明らかにする予定であるが、まずは、学術的な話題から始めることとした。なお、本稿の内容に関しては、筆者個人の見解であることを申し添えたい。

 

 最近、ドイツでの有力政治家などの博士論文の盗作・コピーが、社会的に問題となるケースが続いている。

 2010年秋、当時の連邦国防相(CSU所属)で、将来の有力な首相候補の1人だとされていたカール・テオドール・グーテンベルク(Karl Theodor zu Guttenberg)氏がバイロイト大学に提出し、高い評価(優秀)を得ていた博士(経営学)論文は、他の論文の引用の寄せ集めによるところが多いことが判明し、2011年2月には博士号(Dissartation)の剝奪処置がとられた。このスキャンダル後、当時将来の保守(CDU/CSU)の連邦首相の候補だといわれていた同氏の帰趨が、連日マスコミで論じられ、その結果、同氏は政界も引退せざるを得なくなった。例えば、シュピーゲル誌は、「彼は政治家であり、とりわけ尊敬に値しなくてはならず、誠実で、信ずるに足る者でなくてはならない」(同誌2011年19号)とすら断じている。政治家は、その態度、言動など関係ないとすることはできないのである(同誌2012年42号)。こうした、政治家に対する高い人格的な要求度は、今日の日本と比べていかがなものであろうか。

 なお、ドイツにおいては、その上に教授資格論文(Habilitation:ハビリタション)がある。ハビリタションを教授就任にあたって要するか否かは、大学により異なるが、伝統的な大学のほとんどは、これを要するとする。しかし、学部卒業資格(学士:Diplomという。しかし、現在ではこのタイトルは無くなり、日本と同様に大学卒はBachelor:バチェラーとなっている。)を得るのに、最低4年、その上博士論文までに2年ほど、さらに、ハビリタションまで数年を要する結果、最短でも、34、5歳になってしまうことが、ドイツの学問の停滞の原因だとも言われてきた。日本のポスドクとは異なるが、研究者の資格と、その後の研究の在り方をめぐって考えさせられるところである。

 

 次いで、連邦議会の自由民主党(FDP)の議員、シルバーナ・コッホ‐メーリン(Silvana Koch-mehrin)女史のハイデルベルク大学に提出した論文も、「優」だとの評価を得ていたが、やはり、剽窃が明らかとなり、博士(哲学)号をはく奪された。(ドイツでの評価は、①最優秀:suma cum lauda, ②優秀:manga cum lauda, ③優:cum lauda, であり、グーテンベルクは①、メーリンは③であった。)

 ところが、このようなケースに続き、現職の連邦教育相のアネッテ・シャヴァン(Annete Schavan)女史がヂュッセルドルフ大学に1980年に提出し、優秀だとの評価を得て、博士(教育)号を得ていた論文(タイトルは「人格と良心:Person und Ge-wissen」)につき、多数の剽窃・盗用があるとのインターネットでの投書(2012年1月16日)があり、同大学が調査委員会を立ち上げ、調査した結果、第一次の調査委員会の報告では、たしかに、多くのインターネットからのコピーがあるが、「重大だ」(schwerwiegend)とは言えない、との評価であった。

 しかし、これに納得しない、「ロバート・シュミット」こと、仮名の追及者が、彼女の論文には剽窃とみなされる50か所、351頁中92頁に及ぶ盗用が発見できると指摘。さらに、同大学の調査が続けられ、哲学部長の要請による委員会(教授3名、研究助手2名、学生代表1名からなる)の委員長シュテファン・ロールバッハー教授の結論(75頁に及ぶ鑑定)は「欺罔の意図は、全体像だけではなく、個別の重要な見解をも特徴づけている」と断じ、論文全351頁中60頁分が盗用であるとし、引用も孫引きが多いと指摘した(Handelsblatt, 16.oktober 2012, S. 6ff, Die Welt, 10. Oktober, 2012)。結論として、「主要な欺罔の意図は、全体像の一般的なモデルに関するだけでなく、多数の重要な具体的なメルクマールに至るまで検証された」と断じ、これが故意になされたものであるとしている。

 これが、一般人ならまだしも、現職の連邦の教育科学大臣(名誉教授も兼任)であったことから、これを受けて野党からは、これ以上連邦教育相の地位にとどまることはできないとの批判がなされ、他方、彼女を擁護する、アンゲラ・メルケル首相などとの間で、政争となっていた。結局、アンゲラ・メルケル首相も、同僚として最も信頼してきたシャヴァン氏の辞任(13年2月)を涙ながら認めざるをえなかった(もっとも、現時点では野党SPDの筆頭議員のシュタインマイヤー氏にも法学博士論文の剽窃の嫌疑が出ている)。

 今日、盗用に関するソフトウェアが進歩して、いたるところで、文章から引用に至るまで精査されれば、かつての論文にかなりの問題が出てくるであろうともいわれ、論文審査者の責任も出て来ざるを得ないところである。

 この点で、日本では、学部のみならず、大学院も続々作られ、その博士号も、文科系では多数が出されている。今後の問題として、他山の石としたい。とりわけ、法律の領域について言えば、研究者は、基礎研究、比較法、実態の解明もなく、判例学説を云々しコメントするだけのことも多いが、それでよいのか。さらには、通説や、有力説に追随するだけに終わっているものも多いが、それで良いのか。今更ながら、学問のレベルの低下に関して、日独共通の問題があるところである。

 一方、日本では「ポスドク」問題などがあるが、ドイツの博士号はいささか趣を異にしている。ドイツの実業界をみると、大企業の中のドイツ株価指数に指定されているコンツェルン30社のうちトップが博士号を有するのは、18社であるという(2013年2月)。

 このように、ドイツでは博士号のあるなしで、かなり、社会的評価が異なってくる。

 

 事実、ドイツでは日常でも名刺はもとより電話帳や家の表札まで、博士号が付けられ、手紙のあて先にも、さらには、対話の中でも、相手が博士であることを、示さないといけないともいうべき慣習が長く続いている。

 実際、コンサルタント会社のマッケンジーやボストン・コンサルタントは、こうした経営学博士等の資格のための就職後の修学を認め、8割はこの資格を取得している。

 技術系でも、化学工業のBASFなどの会社は、博士号取得者は直ちに研究主任となり、自ら選んだテーマや、大学との共同研究の主任になるし、給与も資格のないものと比べて25%以上多いという。

 その結果、最近のドイツでは、博士論文に対するコンサルティングやゴーストライター、代筆により博士号取得すらなされているとの指摘もある。こうした中で、昨今、剽窃・盗用が問題になったのは、主に、これが文科系の博士論文であるからだ。ドイツにおける2010年から2011年にかけての冬学期終了時の全卒業生に対する博士号取得者は、全体の33%であり、そのうち、文科系が圧倒的に多い。すなわち、全博士号取得者数のうち、言語・文化系が40%、法律・社会科学系が38%、数理系が12%、技術系が12%である。

 このことから、文系、法・社会科学系での博士論文が多いことと、その性格からして、独自性の追求において、なかなか、審査が及んでいないことがわかる。

 一方、自然科学系の論文、とりわけ、ノーベル賞などにかかわるようなものについては、厳しい審査がなされ、論文の重要誌(ネイチャーなど)に掲載される。

 最近、日本での山中伸哉京都大学教授の人工多能性幹細胞(iPS細胞)の発見に対するノーベル医学・生理学賞受賞後、それを使ってのヒトへの移植治療をしたとの発表をした日本人研究者森口尚史氏の発表が虚偽であり、実際の実験はなされなかったとされた。自然科学系の場合、共同研究者として、連名(原則3人)の研究者が、この実験の現場にもいなかったことが分かり、さらに波紋が広がっている。

 日本では、最近、4年制の大学が782校(平成25年5月末)、大学院数は627校(平成25年10月末)である。果たして、学士や修士、博士たるべき学術の水準に達している者が、社会に送りだされているのであろうか。

 過日、田中真紀子前文部大臣が、大学設置審議会での承認を経ての3大学の設置を認めないとし、その理由として、大学教育の質の確保ができていないとした事件があり、その指摘に関しては、多数の人々は認めている。結局、大臣のレベルで設置審議会などの結論を唐突に覆したことについて、無理があり、結局3大学の設置が認められ、将来にこの問題の解決をゆだねることになった。日独ともに、教育(初等中等教育から、高等教育まで)の質の向上が、最大の課題の1つとなっている。

表1 各国における博士号取得者の大学卒業生に占める割合

国名

大学卒業生に占める割合

スウェーデン

5.51%

ドイツ

4.54%

スイス

4.47%

オーストリア

4.34%

オランダ

2.84%

EU平均

2.67%

英国

2.64%

スペイン

2.58%

米国

2.32%

フランス

1.90%

日本

1.64%

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