武石 彰・青島矢一・軽部 大[著]『イノベーションの理由―資源動員の創造的正当化』<2012年3月刊>(評者:東京大学 金井壽宏教授)=『書斎の窓』2012年11月号に掲載= | 更新日:2012年11月5日 |
テーマの重要さとその研究母体
「経済成果をもたらす革新」 という意味でのイノベーションは、 人類全体の産業社会の進歩、 特定の産業、 その産業内の (また、 関連産業に属する) 企業の躍進、 広くは産業社会で働き生活する人々の日常にまで影響を与える重要な現象である。 それは、 経済現象であるが、 それぞれの開発の現場には、 人びとの織りなすドラマがあり、 イノベーションの推進とはとりもなおさず、 追加投資への賛同者を組織内外に募る社会的プロセスでもある。 開発の夢が大きいほど、 その夢を実現するために動員されるべき資源が、 当初には足りない。 さらにいえば、 イノベーション・プロセス全体を通じていつも不足しているのが常である。 研究開発の当事者たちは、 その資源の不足を埋めるために、 どのように組織内外に働きかけてきたのであろうか。 創造的な活動を実現するための資源動員には、 創造的な正当化(本書のサブタイトル) が求められる。 このテーマを、 さりげなく 『イノベーションの理由』 (メインタイトル) と著者たちは名付けた。
イノベーションが実現されていく場は、 研究開発部門である。 もちろん製造部門や販売部門でも品質や売上達成の不確実性に対応する必要があるが、 研究開発では、 他の部門以上に不確実性が高い。 そのために、 ある研究テーマが追加投資をコミットするに値するほど筋がいいかどうかは、 その筋を歩んでみないと (実際に資源を動員しないと) わからない点において、 より不気味な世界である。 投資額もしばしば多額に及ぶ。 経営層だけでなく、 工場や販売部門が反対すれば、 それを説き伏せることも必要になる 研究活動そのものに創造性がいるだけでなく、 その説得 (正当化) にも創造性がいる。 それだけに、 具体的なケースの検討を通じて、 資源動員へのコミットメントが、 どのように生まれるかという問が、 学問的にも重要でもあり、 実践的にも魅力ある問となる。
この問に丹念に取り組んだ本書は、 一橋大学イノベーション研究センターを母体に、 気鋭の研究者3名と大学院生とのチームが共同で実現した研究成果を公表した学術書である。 碩学J・A・シュンペータが経済発展の原動力として捉えたイノベーションを社会科学の視点から研究する組織として設立されたのがこのセンターである。
本書は、素材としては、大河内賞を受賞した23件のイノベーション事例を選出し、 各事例の丁寧な記述と分析、 そして全事例の横断的比較分析から、 イノベーション研究に理論的実践的含意を引き出す。ちなみに大河内賞とは、 理化学研究所3代目所長であった大河内正敏氏の名前を冠に仰ぎ、 技術的に画期的であるばかりでなく、 産業の発展にも実績があったイノベーションを実現した個人、5名までのグループ、事業体に与えられてきた賞であり、 これまでの受賞の累計は700件を超す。 生産工学、生産技術、高度生産方式に対する顕著の貢献にこの賞が授与されるので、いうまでもなく、すべての受賞事例は、 実際に製品化され生産されるまで資源動員が継続された成功例である。
書かれ方という点から本書の興味深い特徴は、 事例の選択や記述など、 研究の重要なプロセスに院生を招き入れた点と、 どのケースにも共著者の3名それぞれが、 担当院生とペアとなって、 若い感性を取り込みつつ、 同時に、 完成度の高い研究に仕上げるシニア (相対的に年長の) パートナーとして指導役を果たしたという点にある。 一橋大学イノベーション研究センターは、 わが国のイノベーション研究の要であり、 政府からの研究支援面でも、 21世紀COE (センター・オブ・エクセレンス)、 G (グローバル)-COEを獲得してきた実績もあり、 中堅研究者が次世代研究者を育む研究プロジェクトとなったことを讃えたい。 より若い世代にキャリアの早い時期から、 共同で大規模調査を実施し、 事例の選択だけでなく事例の記述を共同で完成し、 さらに良質なデータを基に、 事例全体から主張できる結論に向けての議論に加わる機会を与えたであろう。 本書に結実する研究成果を導いたこの研究プロセスも評価に値する。 イノベーションの研究だけに、 研究の仕方にもこういうイノベーションがあった。
事例の記述そのものの価値
丁寧な調査をすれば、 その丁寧さに応じた濃密な記述を残すことが重要だが、 しばしば、 そのようなねちっこい記述がないまま、 あっさりとした分析結果と理論的概念のほうが一人歩きすることが多い。 その点本書は、 記述的な研究の価値をあらためて思い出させてくれる佳作でもある。 著者たちは、 事例に語らせるという側面を、 理論的記述と同程度に大切にしている。
そのため、 本書は、 分析・理論篇と事例篇の2篇から成り立っている (聞くところによると、 書籍が厚くなりすぎるので事例篇を入れるかどうか議論があったそうだが、 2篇構成がこのような研究を自分もやってみたいと思う読者を念頭におくと、 適切な判断であったと評者には思われた)。
分析・理論篇では、 全23事例を通じて、 イノベーション実現プロセスの簡潔な記述と理論化がなされている。 その内容のエッセンスはこのあと、 画期的なイノベーションの実現には、 資源動員の創造的正当化が必要であるという視点に凝縮されている。 発見事実については、 23事例中いくつかの事例で、 研究開発プロセスのどの段階に山場があり、 最終的に製品化、 そして量産化に至ったのか、 という問を念頭に、 研究開発の当事者やその管理者であれば、 自分が関与した事例にその発見事実がどの程度あてはまるか、 著者たちといっしょになって読者自身も考え、 謎解きしながら読むことができる。 特に、 研究開発の実践家の読者の場合には、 自分の現場にあてはめながら、 経営学の組織論の研究者が読者である場合にも、 自分の研究も念頭に、 自分に引き寄せて読まれるのがいいだろう。
続く事例篇では、 特により濃密な記述を提供するに値するものが八件選ばれている。 それらは、 花王のアタック、 富士写真フイルムのデジタルX線画像診断システム、 オリンパス光学工業の超音波内視鏡、 三菱電機のポキポキモータ (新型鉄心構造と高速高密度巻線による高性能モーター)、 セイコーエプソンの自動巻発電クオーツウォッチ、 松下電子工業のGaAs (ガリウム砒素) パワーモジュール、 東北パイオニアとパイオニアの有機EL、 荏原製作所の内部循環型流動路に関する開発と事業化の事例である
評者はエンジニアでもサイエンティストでもないので各事例の技術的記述の細部まで十分に理解できたと言い切る自信がないが、 理系の読者、また、最近増えてきた文理融合型のバックグランドをもつ読者には、 事例篇の存在がいっそう有用なものとなるであろう。
この書籍の元となる調査とそのまとめが、 より経験ある研究者がより若い研究者を、 共同のデータ収集・事例記述・比較事例分析によって鍛え上げるプロセスであったとすれば、 本書そのものが、 より若い世代の間にイノベーションの経営学的研究に興味をもつものを広範に育む孵卵器の役割を果たすことに期待したい。
思えば、 評者自身、 経営管理論と組織行動論を専門に研究しているが、 キャリアの出発点で、 榊原清則先生 (当時、 一橋大学) と加護野忠男先生 (当時、 神戸大学) の指導の下で、 組織は組織でも、 研究開発組織 (三菱電機の中央研究所、 当時) のマネジメントに関する調査に参加させてもらったことが、 長く自分に影響を与えていると思っている。 創造的な研究開発の世界においても効果的なマネジメントや組織のあり方を探索することこそが経営学の研究面でも新機軸を生み出す。 つまり、 「イノベーションを生み出す組織の研究が、 組織論のイノベーションを生み出す」 という側面があるように思われる。 そのような研究のもつ醍醐味を、 垣間見させてくれるのが本書である。 評者が、 院生を巻き込んだことを興味深く思う理由はそこにある。
本書における中核的コンセプトと残された課題
著者たちの辿り着いた中核的コンセプトは、 書名のサブタイトルになっている 「資源動員の創造的正当化」 である。 23件も濃密な記述をおこなった末の理論的抽象化がこれにつきるのかと呆れてはいけない。 大きな本屋さんにいって、 経営学の実証研究 (探索的な研究も含め) を手にとってみよう。 たいていの研究が、 ついつい多数の理論的諸概念を導入しがちである。 多数の概念を測定できる形で扱っていけば、 モデルの有効性を検証できるので、 一見エレガントに見える。 しかし、科学的営みで尊重される 「節約の原則」 からいえば、 研究調査事象の核心を、 より少数の変数で、 したがって、 よい少数の鍵概念でうまく説明できるのなら、 それにこしたことはない。
この書評を読まれる方々の中には、 研究開発部門で活躍される科学者や技術者、 ならびにイノベーションに関心をもつ経営学や経済学の研究者が多いであろうが、 文系理系を問わず、 自分たちの研究のことを考えていただきたい。 まず、 あるテーマ (それにかかわる自然現象や社会現象) が面白いと思う。 それに着手する。 しかし、 思ったようには、 現象が説明できない。 その場合には、 簡単にはあきらめないひとなら、 自分の時間 (という資源) をもっと投入して、 理系ならもっと実験したり、 異なるサンプルを試したり、 社会科学でももっとデータを集めたり、 追加的な調査対象の選択を工夫したり、 人文科学でも、 とにかくもっと多数の古典を含め膨大な文献を読み進むなどといった形で、 自分で手に負える範囲で資源動員を図るだろう。 資源動員といってもこの段階では、 時間や研究資金や自分の労力という、 広い意味での資源 (リソース) の投入である。 これが大規模プロジェクトの一翼を担うのではなく、 ワンマン (あるいは、 ワンウーマン) ショーのような知的営み、 個人で完結した個人プレーのプロジェクトなら、 自分がもっと多くのエネルギーをこのテーマに注げば、 活路が開けると思って、 がんばり続けることだろう。
しかし、 ささやかなソロプレーの知的営為でも、 研究が研究たる所以が、 まだだれも解明したことのないものであれば、 どこまで追加リソースを投入すればいいかわからない点は変わらない。 しかし、 ソロプレーなら、 自分さえあきらめない限り、 なにもみつからなかったら、 そのリスクは自分個人の問題として引き受けて、 個人プロジェクトが続けられる。 また、 個人の知的営みで済む範囲なら、 自分のエネルギーや自分の時間以外の投資は、 文系の場合にはそう大きくないだろう。
しかし、 それが製品化、 大規模な生産にまでつながる研究開発プロジェクトとなってくれば、 事情が違ってくる。さらに、アカデミックな大学の基礎研究の世界を離れて、 産業界でのこのようなプロジェクトに目を転じれば、 本書の事例が示すとおり、 開発に動員される資源の規模が桁違いになる。
画期的なイノベーションであればあるほど、 それは、 フロンティア、 最先端の未知の領域に達しているので、 不確実性に直面しながらの追加的資源動員の正当化は、 一筋縄にはいかない。 だから、 本書の23件のどの事例も雄弁に示すとおり、 社内外から必要な資源 (量) を追加的に動員していくには、 力ずくでもなく根性論でもなく、 合理的な思考をする資源の提供者をうなずかせる創造的な理由づけがいる。 「理由」 という言葉は、 ふつうの日常語であるが、 著者たちが、 『イノベーションの理由』 (書名でもある) というときには、 この労作のエッセンスが込められている。 簡単に追加的な資源が動員できるようなプロジェクトなら、 それを 「創造的」 正当化と大げさに言う必要はないし、 そこから世界を驚かすようなイノベーションはなかなか生まれないだろう。
さて、 評者の畏友、 組織エスノグラファーのギデオン・クンダによれば、 研究開発エンジニアやサイエンティストからいちばんよく聞く言葉は、 「予定より遅れている」 という言葉であった。 技術基盤のテック社 (偽名) という会社の研究開発部門で濃密な観察研究を実施した彼と会う度に、 大学研究者でさえ、 たいていの場合、 どの論文もどの著作も、 予定より遅れているのが常である。 しかし、 大学でも理系で投資額も大きい大規模プロジェクトは稀であり、 社会科学系の場合には、 資源が足りないというよりは、 時間が足りなかったり、 根性 (モティベーション) が不足していたりする結果、 「予定より遅れている」 ことを自分たちも日常的に経験する。 エンジニアやサイエンティストの世界も同じだと思ってしまってはいけない。 われわれの文系プロジェクトでは、 何十億、 何百億、 さらにそれより予算規模の桁が大きいプロジェクトなどとは無縁だからだ。 これに対して本書でとりあげられた研究開発の世界では、 本当のところは、 時間も足りないが、 それ以上になによりも研究につぎ込む資金という名の資源が足りないというのが企業等の研究開発の現場の声であろう。 だからこそ、 資源動員を正当化すること、 研究活動そのものの創造性だけでなく、 その資源動員の正当化における創造性に着目する必要があるのだ。
さらに知りたいこと
さて、 このように魅力ある作品ではあるが、 評者なりの注文がないわけでない。 まず、 本書の調査対象は、 名誉ある大河内賞を受賞した開発事例である。 だから、 途中試行錯誤があっても、 最終的には成功を収めた事例ばかりを検討することになっている。 評者自身は、 イノベーションの世界の全貌を捉えるには、 つぎのような事例も知りたい。 つまり、 あまりに巧みに (つまり、 口八丁手八丁で上手すぎるほど創造的に) 追加的な資源動員が正当化されたために、 (結果的には) 間違った方向であるにもかかわらず、 資金面でも成功を信じて追加投資がなされ続けたものの、 最終的には活路が見出せなかった失敗研究開発事例である。 さらに言えば、 筋の悪いプロジェクトだったかもしれないという弱いシグナルが見えてきているのに、 推進してきた自分の立場を守るために簡単に引くわけにいかず、 さらに資源動員した結果、 雪だるまのように、 追加的な労力や資金の投入がかさみ、 しかし筋がわるかったとはなかなか宣言できず、 ますます後にはひけなくなって、 最終的には大失敗に終わった事例の研究も、 重要である。 それは、 「失敗学」 として別個になされればいいという考え、 あるいは、 組織行動論の分野でかつて、 B・M・ストーらによって、 エスカレーティングコミットメントとして、 既に研究蓄積がなされているという考えもありえよう。
しかし、 不確実性が高いことが最先端の研究開発の世界の本質的な特徴であるなら、 資源動員における 「創造的な」 正当化と 「常軌を逸した」 正当化の両面を扱い、 両者を見分ける叡智が、 必ずしも技術に明るいひとばかりの集まりとはいえない経営者、 経営幹部会議には求められるのではなかろうか。 もしも、 創造的正当化とそうでない正当化があるという視点をとらないとしても、 創造的正当化はコストを伴うことも、 もっと議論されるべきであったかもしれない。場合によっては、 結果的に間違った方向に追加的な資源動員を正当化してしまった結果、 ある事業分野、 あるいは会社まるごと消滅してしまうケースもありえる。 創造的正当化にはコストもあるという視点が、 本書でも提示されてはいるが、 残念ながら、 結びに近いところにおいて言及されているだけに終わっている。
ひとつの書物に多くを望みすぎるのは評者の高望みにすぎないし、 すでに述べたとおり、 本書は、 これ自体でまとまった成果である。 また、 大河内賞から事例を得るのであるから、 サンプル特性として、 間違った方向に資源動員をエスカレートさせた事例 (つまり、 失敗と認めたくないので追加投資を続けてしまった事例) は含まれない。 だから、 本書の枠組み内で、 それを望むのは見当違いだろうが、 間違った方向への資源動員の正当化を回避する方策や智恵などについては、 今後の著作か、 あるいは隣接分野の研究者との将来の共同に期待したい。
本書を手にとってほしい読者層
最後に、 本書をお奨めしたい読者層についてふれて、 結びに代えたい。 まず、 実務界の方ではつぎのようなひとにお奨めしたい。
まず第一に、 だれよりも、 研究開発の現場で切磋琢磨しておられる方々をあげるべきであろう。 イノベーションに喜びを感じつつ、 イノベーションの推進に苦労されている方々に、 ぜひ本書を読んでいただきたい。 役に立つのがよい理論だと評者は考えているので、 実際の開発の現場の方々がこの研究にふれてどのように思われるか。 その思考が、 また、 今後の著者たち、 ならびに他のイノベーション研究者へのインプットとなることであろう。 とくに、 資源不足でへこたれそうになったときに、 自分たちの研究開発プロジェクトにおける創造的正当化の方策を議論し模索する素材として、 参考にしていただきたい。
第二に、 研究開発部門のリーダー (研究所長) や技術担当の役員、 さらに技術基盤の会社における経営者には、 研究所内での各プロジェクトへの資源の配分、 取締役会での研究所への資源の配分、 社命を賭けたトップ直轄のプロジェクトへの資源配分について、 議論し検討する素材として、 活用していただきたい。
第三に、 中央官庁、 地方自治体において技術政策に従事するひとたち、 国家レベルの技術立国、 また地域レベルの研究開発拠点の確立のために、 研究開発のリーダーなどの当事者と接する機会の多い方々にも、 本書のような観点からのイノベーションの理解の方法を知り、 実践にいかしてほしい。 同様に、 技術基盤のベンチャーに投資する資金の源泉となる当事者にも、 (本書では、 大企業の開発事例が元になってはいるけれども)、 開発型ベンチャーとの接触や目利きにも役立つ視点が本書に内包されているであろう。
本書は、 学術書であるが、 事例は、 一般の読者層にも読みやすいものとなっているので、 イノベーションの研究者ばかりでなく、 今、 述べたとおり、 イノベーションの当事者、 経営者や資金の源泉となる社外のイノベーション支援者、 イノベーションにかかわる政策立案者に、 実践につながる思考と内省をもたらすことであろう。
最後になってしまったが、 第四の読者層として、 イノベーション論、 技術経営論、 研究開発マネジメント論、 創造性の観点からの組織論などの分野で切磋琢磨する研究者、 とりわけ、 大学院生が貢献したプロジェクトから生まれた書籍でもあるので、 特に院生を含む若い研究者にもお読みいただきたい。
(かない・としひろ = 神戸大学大学院経営学研究科教授)