書評 行政法2 現代行政救済論 | 有斐閣
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大橋洋一[著]『行政法Ⅱ―現代行政救済論』<2012年3月刊>(評者:東北大学 飯島淳子教授)=『書斎の窓』2012年10月号に掲載= 更新日:2012年10月10日

真のケースブック

  行政法総論と行政組織法を対象とする 『行政法Ⅰ―現代行政過程論』 につづき、行政救済法を対象とする 『行政法Ⅱ 現代行政救済論』 が刊行された。鮮烈な第一弾によって行政法の面白さに改めて目を見開かされた者にとっては、10年を経て待望の全体像が示されたことになる。

 著者のテキストは、オーソドックスなテキストと比較すると、驚くほどの新しさに満ちている。

 それは、まずは、最大限の教育的配慮に由来している。図表を駆使したビジュアル化や、基本事例とQ、COL-UMNや発展問題など、学習の進展状況に応じた差異化は、ますます磨きがかけられている。もちろん、テクニカルな工夫にとどまらない。全体の見取り図を示してから、そのなかでの位置づけを自覚させつつ、論点を解きほぐしていく点、ポイントを絞って明示 = 断定する点、他の項目と相互参照させることで、構造的・有機的な理解を促す点など、説明の仕方において、意が尽くされている。

 そして、何よりも特筆すべきは、ケースを基とした体系化の試みであろう。基本事例とQという形で表された基本的な判例を出発点として、法制度や法理論の説明が展開されていく。具体的なケースから抽象的な理論へという方向は、理論の説明にケースをはめ込む従来の方法とは、正反対である。「新宿タヌキの森事件」 (一般には、違法性の承継の項目で取り上げられる判例である) を素材として、取消訴訟の基本構造をあらかじめ大きくつかまえさせるという方法 (31頁以下) は、一つのモデルとなりうる。

 もっとも、著者の狙いは、もう少し奥深いものであると見るべきであろう。というのも、一見した新しさとは裏腹に、著者の行政救済法の体系と方法論は、基本的に、オーソドックスでもあるからである。

 すなわち、『行政法Ⅰ』 が体系そのものの変革を試みたものであるのに対し、『行政法Ⅱ』 は、通則的な法律に従った、理論的負荷の相対的に小さなものである。行政救済手段は、行政活動の是正を求める行政争訟と金銭による補償を求める国家補償から成るとされ、このうち、行政争訟は、行政機関による是正 (行政上の不服申立て) と裁判所による是正 (行政訴訟) から、また、国家補償は、違法な行政活動による損害の賠償 (国家賠償) と適法な行政活動による損失の補 (損失補償) から成るとされる。このなかで、行政訴訟に関しては、処分に対する代表的訴訟類型 (取消訴訟)、処分に対する多様な訴訟類型 (無効確認訴訟、義務付け訴訟、差止訴訟) および処分以外の行政活動に対する訴訟類型 (当事者訴訟) という分類がなされている。これは、取消訴訟中心主義の弊害にかんがみ、「訴訟法の健全化による行政法総論の改善」 を目指して、「各々の行為形式に対応した訴訟類型を用意する必要がある」 という著者の構想 (公法研究65235頁発言) に基づく分類であろう。

 そして、『行政法Ⅰ』 が制度設計学の志向をも含んでいるのに対し、『行政法Ⅱ』 は、むしろ、裁判規範としての行政法の現状の認識という、法解釈学的アプローチを採っている。しかも、自説の展開は抑制され、一般化した理解は前提とされている (ある論者の解釈に関して、「問題は、そうした理解が一般化している状況にあるかという点であろう」 と述べられた箇所 (170頁注32) が、印象的である)。例えば、無効確認訴訟をめぐる一元説と二元説の対立には触れられておらず、また、不作為違法確認訴訟は、独立の章立てとはされずに、申請型義務付け訴訟の項目のなかで補論として取り上げられているにすぎない。

 逆説的にも見える以上の諸特徴を全体として捉えてみると、判例の裏付けを伴った理論の標準化ともいうべき筋道が浮き上がってくる。これが、本書を真のケースブックと評する所以である。

 

原告適格論を例に

  原告適格論を例に、以上を簡単に確認してみたい。

 オーソドックスな原告適格論 (例えば、塩野宏 『行政法Ⅱ 〔第5版〕』123頁以下) は、判定基準として、法律上保護された利益説と法律上保護に値する利益説の対立があることに照らしながら、2004年の行政事件訴訟法改正をはさんで、改正前と改正後の判例の動向を類型ごとに分析し (競業者、規制法における付近住民、一般消費者、物に関する利害関係者、住民団体等)、判例法理を抽出し方向づけようとする。

 これに対し、著者は、「条文から学ぶ原告適格論」 をキャッチフレーズに、以下のように説明する (77頁以下を参照されたい)。まず、「原告適格の解釈方法 (総論)」 と題して、最高裁の解釈方式である法律上保護された利益説に関し、マンションの建築確認をめぐる近隣住民の取消訴訟を例にとりつつ、建築基準法の条文に従いながら、原告適格の判断方法を具体的に示してみせる。次に、従来の最高裁判例の 「ベストヒットアルバム」 である行訴法92項が、関係法令の参酌および被侵害利益への着目という二つの解釈指針を含むことを端的に説明する。そうして、この二つの解釈指針に則って、「原告適格の具体的判断方法」 を、改正前と改正後の特徴的な判例を基にしながら展開してみせる (具体的には、環状六号線訴訟と小田急訴訟の比較を通して、参酌法令の範囲の拡大を図示し、また、もんじゅ訴訟をはじめとする諸判決を通じて、生命・身体への注目を明らかにする)。さらに、残された課題として、生活環境上の利益に基づく原告適格の問題に関して、従前の最高裁判決に批判的に触れた上で、近時の注目すべき下級審判決を、関係法令の規定を吟味しながら、根拠づけてみせる。かくのごとく、著者自身の解釈の過程が開陳され、それを手がかりとして、読者が解釈力を鍛えることができるようになっているのである。

 なお、著者の原告適格論に関しては、既に指摘されている通り (興津征雄・書斎の窓58674-75頁)、著者の行政法学の基本的概念である 「市民」 が、第三者の原告適格の判断にあたってどのように作用するのかが、必ずしも明らかにはされていない。著者は、三面関係法としての行政法理解は第三者の地位の強化をもたらすと主張し、原告適格の拡大傾向を肯定的に評価している。三面関係というこの視角は、名宛人―第三者間の関係をベースに据え、行政を利害調整役として位置づけることを介して、―名宛人のみを対象とするのではなく―両者の利益を同等に扱うべきことを要求するものであろう。本書のなかに用いられている 「市民 (名宛人)」 「市民 (第三者)」 という表現は、名宛人と第三者がいずれも、利害関係を基礎としつつ、しかし、「自己の既得権益の防衛にばかり専心するのではなく、コミュニティの一員として」 (『行政法Ⅰ』 7頁)、行政過程に―事前手続・事後手続を通じて―関与すべきことを含意しているのではないか。仮にそうであるとするならば、「市民」 概念自体は、原告適格論において固有の働きをするとは意味づけられていないとも解される。

 

「法を使う」

 原告適格論にまさに関わるものであるが、行政救済法を通ずる基本的価値として、著者が、適法性の維持よりむしろ、権利利益の保護に重きを置いている点もまた目を引く。行政訴訟の憲法的基礎として、裁判を受ける権利が力を込めて論じられる一方で (13頁以下。この点も特徴の一つである)、法治主義は、正面からは取り上げられていない。法治主義の問題は、国家賠償制度における違法性一元説と違法性二元説の論争の場面で扱われているが、著者は、両説の実質的な比較の必要性を指摘し、その際にはやはり、救済の観点を重視しているようである (350-351頁)。

 かかる特徴は、「法を使う」 という本書の基本的な視点 (ⅰ頁) に由来するものであるとも推察される。行政救済法を単に学ぶだけでなく 「使う」 ことを目標とするならば、ユーザーの立場から、権利利益の侵害を大本に据えることには理由がある。著者の実践的な配慮は、例えば、訴訟類型の選択にかかる争点訴訟や、救済の実効性を確保する (原告が勝訴判決まで 「しのぐ」) ための仮の権利救済制度について、他のテキストに比べて自覚的に丁寧な説明が施されている点にも、窺うことができよう。

 

 「対話型公共プロセス」 ?

  最後に、本書の序論に宣言されている 「対話型公共プロセスの構築」(89頁)に触れておきたい。

 「対話」 は、著者の行政法学の核となるコンセプトである。本書においても現に、例えば、処分理由の差替え・追加の問題が、行政手続法との相互関連において、切れ味よく捌かれるなど (135頁以下)、事前・事後の行政手続と司法手続との関係に関心が払われている。しかし、別書において (「行政法総論から見た行政訴訟改革」 『都市空間制御の法理論』369頁以下)、「制度的契機を通じた行政法理解」 を基礎にして、五つの基本的視点(非対称性、予防司法、法律実現手続、三面関係法および信託的な法)が示され、とりわけ、法律実現手続に関しては、説明責任をめぐる行政と司法との対話・協働のあり方が具体化されるなど、壮大な現代行政救済論が構想されていたことに鑑みるならば、若干の物足りなさを覚えないではない。

 多元的・双方向的な「対話」が、―行政が人為的構成物であることを踏まえた規律の必要性を強調する―「制度的契機」という著者の基本的な立場と緊張関係に立つことはないのか、というのが、ここでの評者の素朴な疑問である。「行政の自己制御」 についても論が進められている (「行政の自己制御と法」磯部力ほか編『行政法の新構想Ⅰ』167頁)がゆえになおさら、著者の思考の全体像を知りたい思いに駆られる。

 ただし、このような要望は、ケースブックとしての役割を期待される本書にはふさわしくないのかもしれない。本書は、疑いなく、時代の求めるテキストである。この時代は、様々な負担をもたらし続ける時代でもあるが、そのなかで、尋常ならざる努力を惜しまない真摯な研究教育活動の結晶である本書は、後学の一人である評者に対して、大いなる希望と導きを与えてくれるものである。せめて、この希望を伝えることで、評者に課された責の一部なりとも果たすことにさせていただきたい。

 

(いいじま・じゅんこ=東北大学大学院法学研究科・法学部准教授)

行政法2 現代行政救済論 行政法2 現代行政救済論

大橋 洋一/著

2012年03月発売
A5判 , 476ページ
定価 3,960円(本体 3,600円)
ISBN 978-4-641-13115-6

法治主義は,行政により侵害された市民の権利利益の救済が現実に図られて貫徹する。行政救済法は権利実現のための手段・道具であることを念頭に,具体の紛争状況について救済制度の利用方法を具体的に示し,理論と実務の対話と連携も志向する意欲的テキスト。

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