書評 地方政府の民主主義 | 有斐閣
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砂原庸介[著]『地方政府の民主主義――財政資源の制約と地方政府の政策選択』<2011年4月刊>(評者:早稲田大学 久米郁男教授)=『書斎の窓』2011年9月号に掲載= 更新日:2011年9月28日

 近年、地方政治が面白い。「改革派」知事が地方政治にたてる波風が、地方政治への人々の関心を高めている。評者が研究の世界に入った1980年代は、保革対立から保革相乗りへと地方政治の風景が大きく変わる時代であった。党派的な政治対立が地方では後景に引き、総与党体制のもとで実務的に手堅い知事が地方行政をこなす姿は、勇ましく立ち現れたものの様々に行き詰まりを見せた革新自治体の結末を見たあとには安心感をもたらすものであった。と同時に、地方政治を研究対象としようかと考えていた駆け出しの研究者だった評者には「退屈な時代」のスタートとも思えた。評者はその関心を失うことになった。
 しかし、地方政治は再びその様相を変貌させている。いったんは失われたかに見えた地方レベルの政治的競争が復活した。ただし、その内実は80年代以前の党派的政治競争とは異なる。本書はこの地方政治の変転を、緻密な実証的手法で見事に描き出した著者渾身の一冊である。

従来の研究との関係
 かつて日本の地方政治分析においては、中央政府の強い統制によって地方政府の自立的な政策決定は拘束を受け、中央政府の意思が実現すると考えられてきた。しかし、その後、地方政府の政策選択に中央政府と独立になされる部分が相当あることが、実証的に明らかにされてきた。著者は、このような研究の発展を評価した上で、そこに生じたバイアスを指摘する。
 すなわち、中央政府の統制が極めて強いとされてきたために、その裏返しとして、日本における地方政府の自律性の存否が研究の焦点とされた。そして、多くの研究が中央政府の統制から一定の自律性を持って地方政府が政策を選択するという発見を強調してきた。そこでは、長期にわたり政権の座にあった自民党に対抗して、革新自治体がどこまで独自の政策を採用できたかといった、中央地方間における党派的な対立が、しばしば注目されることにもなった。この結果、中央地方間で価値の配分や利益の調整がどのように行われるかを解明しようとする問題意識が強く、地方政府が政策選択を行うメカニズム自体の説明はそれほど重視されてこなかったというのである。

本書の立場
 著者は、「異なる選挙制度によって首長と地方議会を選ぶ二元代表制を、異なるタイプの『公益』が並び立つことを許容する制度と理解して、そのような制度の下で政策がどのように決まっていくのかという問題に焦点を当てる」(9頁)という。すなわち、地方政治における首長と議会の相互作用や政治的競争の結果として、地方政府の政策選択を理解しようというのである。そして、ここで想定されている政治的対立は、革新首長と保守的議会の対立といった党派的対立ではない。
 地方政府の全域を選挙区とする小選挙区から選出される首長は、地方政府の領域全体における組織化されない利益を代表するのに対して、定数216程度の中選挙区(都市部)と小選挙区(郡部)から選出される地方議会議員は、領域内に偏在する組織化された個別的利益を代表しがちであり、ここに両者の政治的対抗が生じるとする。そして、この対立と相互作用の中から地方政府の政策が決定されると捉えるのである。
 ただし、この主張は、時代特定的な主張でもある。著者は、このような政策決定プロセスは、1990年代以降の地方政治で重要になってきたという。何故か。この時代に地方政府をめぐる環境が大きく変わったからである。冷戦の終焉は、中央と地方を通じた保守対革新の対立軸の意義を失わせ、党派的対立を地方政治の後景に退けた。他方、地方分権改革は地方政府が中央政府から自立的に決定する政策領域を拡大させることで、地方政治に内在的な対立軸を生みだす。さらに、バブル崩壊後の財政制約は、地方政治内部での政治的競争を重要にしたからである。

地方政治の新たな対立軸と地方政治
 それでは、このような環境変化は具体的に地方政治にどのような対立軸をもたらすのか。これを明らかにするのが第1章である。地方政府は、厳しい財政資源の制約の中でゼロ・サム・ゲーム的な政策選択を迫られる。そこでは、既存事業の廃止・縮減や増税も含めた政策の「現状維持点」からの変化が課題となるとされる。本書にとって説明されるべき従属変数は、「現状維持点」からの変化として設定されるのである。
 では、この従属変数を説明する因果メカニズムとはどのようなものか。スタートラインは、先に見た首長と地方議会の選好の違いである。首長が、現状維持点からの変化を指向するのに対して、地方議会議員は現状維持を指向する。この対立の構図を所与として、地方議会に比較して強い権限を与えられている首長が、現状維持点からの変化へのアジェンダ設定者の役割を果たす傾向がある。しかし、これに制約を与える要因として注目されるのが、「選挙における支持」と「決定の一貫性」である。選挙に際して、自民党を中心に独自の支持基盤を築く地方議員に支持された首長は、現状維持点から踏み出せない。また、政権に長く携わり政策決定を積み重ねてきた知事は、政権交代後の知事に比して変化をもたらしにくい。著者は、二元代表の行動を制約するこのような「ゲームのルール」の中での両アクターの相互作用を通して政策が決定されていくとみる。議会が知事を制約する相互作用モデルが提唱されるのである。

90年代の変化
 本書の第3章から第6章では、上述の政策決定をめぐる因果メカニズムがどのように機能しているかにつき実証的な検討がなされる。その検討の最初の作業に当たるのが、1975年から2002年までの都道府県財政のパネルデータを分析した第3章である。すでに見たように著者は、地方政府の政策決定が1990年代以降変化を見せていることを主張する。本章では、1990年代以前には、都道府県における二元代表の党派性によって説明できていた政策選択が、90年代以後説明できなくなったことが、開発政策と再分配政策の財政データを従属変数とする回帰分析によって示されている。
 では、90年代以降の政策選択は、どのように説明できるのか。90年代以降の地方政治を捉えるための従属変数は、現状維持点からの変化である。そのためにはそれに応じた操作化が必要となる。著者は、ツェベリスなどが多次元的な政策変化を計量するべく提案した方法を応用して、都道府県の主要な7つの歳出費目の割合の変動を一次元に集約する指標を作成して、相互作用モデルに基づく仮説の検証を行っている。その結果、議会における反対勢力がある程度まで多いほど知事は現状維持点からの変化を大きなものとするが、反対勢力が過半数を超えて充分に大きくなると議会は知事への制約として機能するため現状維持的になるといった非線形の関係を持つという、知事と議会の相互作用を示す興味深い知見などが得られている。

財政制約下での政策決定
 1990年代には地方政府レベルで事業の廃止や縮小がイシューとなった。財政資源の制約が厳しくなる一方で、資本支出関係の政策についての地方政府の裁量が大きくなった結果である。第4章では、1990年代後半から2000年代にかけて多くの都道府県でなされたダム事業の廃止に関わる政策決定につき、廃止を決めた都道府県と決めなかった都道府県の違いが計量的に分析される。そこでも、ダム事業の最終的な廃止決定が、知事と議会という地方政治レベルの政治アクターの特徴によって決まることが示されている。
 第5章でも、第4章と同じく、事業の廃止をめぐる政策決定の分析がなされる。ただし、ここでは計量的分析ではなく、東京臨海副都心開発の事例分析が行われる。「計量的な手法では観察することが難しい、政治的なアクターが決定に関与する意味づけやタイミングについて明示的に確認する」ため(139頁)である。具体的な問いは、なぜ開発計画が急激に拡大することになったのか、そして、なぜ二度にわたる見直しの機会があったのにもかかわらず、抜本的見直し無く計画が実施されたのかにある。著者は、議会に対して知事が独占的にアジェンダ設定を出来ることが、計画の急拡大をもたらしたこと、それまでの決定に関与せずに「決定の一貫性」を気にしなくて良かった議会と新知事が、いったんは見直しへと動いたこと、しかし、過去になされた前知事の決定が、後任の知事の選択を結局は大きく制約したことを丁寧に描き、著者の言う相互作用モデルが妥当することを過程追跡によって示している。

新税導入の分析
 第6章では、地方分権一括法施行後、地方政府が独自に課税を行う余地が広がったことに注目して、新税導入の政策選択が分析される。事業の廃止・縮小とは異なり、新税導入は以前の決定に制約されない新規の政策選択による「現状維持点」からの変化を分析出来る適例だからである。具体的には、産業廃棄物税と森林税の導入につき、イベント・ヒストリー分析の手法を用いての検討が行われる。更に、その分析結果が記述的な分析ともつきあわされて、興味深い知見につながっている。すなわち、産廃税では初期の段階においては選挙で高い得票を得た知事が自民党議席率の低い議会の下で導入する傾向があること、しかし、ある県で産廃税が導入されると周りの県にもその影響が波及するため、次第に隣接する諸県のブロック単位で導入が進み、その結果政治的要因の影響が消えていく。他方、森林税については、選挙での得票が高い知事が導入を目指す点は産廃税と同じであるが、当初から自民党議席数が高いところで導入が進むことが示され、議員が森林税導入に利益を感じていることが推論されている。ここでも、著者の相互作用モデルが大きな説明力を持つことが示されるのである。

本書の強み
 本書の特徴の一つは、地方政治を出来るだけ客観的に分析しようとする強い禁欲的指向である。地方分権をめぐるディスコースでは、集権的な中央政府への批判に急なあまり、地方分権が望ましい結果をもたらすということが先験的に前提とされ易い。そのため、地方分権の結果地方政府の政策選択にどのような変化が生じるかが真剣に分析されてこなかったという。しかし、分権の帰結は、必ずしも地方住民のすべてにとって望ましいものとはならない。二元代表制をとる地方政府で、異なる仕方で住民の委任を受ける結果それぞれに異なる「公益」の実現を目指す知事と地方議員。彼らが織りなす政策決定の冷静で本格的な分析を行おうとする著者の姿には清々しさを感じた。
 第二の特徴は、そこで採用されている本格的な計量分析であるかに見える。しかし、本書の強みは仮説検証のための計量分析と帰納的な推論に基づく仮説構築の絶妙のバランスにあるように思われる。その強みが遺憾なく発揮されたのが本書の白眉とも言うべき第6章であろう。厳密な計量分析とその結果についての著者の分析、そしてそこから更になされる帰納的な推論をじっくり読み取る作業は、明晰な分析者の知的営為を追いかけていく極めて心地の良い経験であった。 新進気鋭の政治学者による優れた著作に拍手を送ると共に、地方政治を簡単に見限った若い日を少し後悔したことを告白しておきたい。 

(くめ・いくお =早稲田大学政治経済学術院教授)

地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択 地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択

砂原 庸介/著

2011年04月発売
A5判 , 234ページ
定価 4,180円(本体 3,800円)
ISBN 978-4-641-04990-1

1990年代以降の財政危機の時代に,日本の地方政治の政策選択がどのような特色をもち,どのように変化してきたのか。主に首長と地方議会からなる二元代表制に注目し,地方自治の制度的制約が,地方政府の政策選択にどのように働くのかを明らかにする。



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