自著を語る
どうして『5人のプロに聞いた!
一生モノの学ぶ技術・働く技術』を出版したのか
中央大学経済学部教授 阿部正浩〔Abe Masahiro〕
読者のみなさん、こんにちは。私は中央大学経済学部で労働経済学を教えている阿部です。このたび、人材育成コンサルティング会社を経営している前川さんと二人で『5人のプロに聞いた! 一生モノの学ぶ技術・働く技術』を出版することになりました。今日は皆さんのお時間を少々頂いて、私たちの本を宣伝させてください。
今回の私たちの本は、大学生や社会人1〜2年生を対象として、大学生活や会社生活で必要な技術について、それぞれのプロフェッショナルから話を伺って、まとめたものです。具体的にどのような技術を取りあげたかについては後に詳しく紹介するとして、まずはこの本が出版までに至った経緯というか裏話について簡単にお話したいと思います。
熱意としつこさに負けて
私の記憶が正しければ、2010年頃だったと思いますが、『キャリアのみかた――図で見る110のポイント』が一段落したころです。いつも私の本を編集して下さっている有斐閣のワタベさんとトクチさんに、当時勤務していた獨協大学経済学部で行っていたクラスセミナーの話をしたところ、お二人がその授業内容に興味を持ってくださいました。クラスセミナーは、大学1年生がアカデミック・スキルを身につけるために行う、規模の大きなゼミナールだと思って頂ければ良いと思います。今では多くの大学でも取り組まれていると思いますが、1年生全員に半期の正規科目として必修化しており、そうした取り組みは当時は珍しかったようです。お二人からはこのクラスセミナー用にテキストを作らないかというお話を頂いたのですが、その時は国外留学やら中央大学への転職やらがあり、それに自分が研究している専門分野と遠かったこともお断りしました。
ところが2014年頃でしょうか。『キャリアのみかた』の改訂版を出した際、多摩キャンパスにある私の研究室までワタベさんがいらして、テキストを書いて欲しいと言うのです。まぁ、仕事熱心というか、しつこいというか(笑)。本当はお断りしたかったのですが、ワタベさんの情熱としつこさに負けて……。私のほうにも別の事情というか、別の本(『少子化は止められるか?――政策課題と今後のあり方』)を出版してもらうという下心もあって、仕方ないなぁと結局はお引き受けすることにしました(このあたりのことは『書斎の窓』2016年9月号〔No.647〕でも触れました)。
ただし、引き受けたは良いが一人で執筆するのは大変です。そこで、誰かに手伝ってもらおうと思ったわけですが、ビジネスの現場をよく知っている人たちに手伝ってもらおうとその時に思いついたわけです。というのは、大学生が身につけるスキルは必ずやビジネスにも活きるはずだと以前から考えており、単に大学でのレポートの書き方や本の読み方だけに終始しないものを作りたいと考えたからです。授業やゼミナールでプレゼンテーションを行ったり、あるいはレポートや卒業論文を書いたりするといったことは、その内容そのものは直接的にビジネスに応用できるとは限りませんが、社会人にとってもビジネスを上手に進める上で重要なスキルです。しかし、これまでの類書は学校教育の枠から出ていなかったような気がするのです。
そこで一番最初に思い浮かんだ助っ人が、もう一人の編者である前川さんです。本の前書きにも書きましたが、私と前川さんとは10年来の付き合いです。(財)統計研究会が2004年頃に開催したシンポジウムで、私が企画したパネルディスカッションのパネラーとして登壇頂いたのが、お付き合いするきっかけです。それ以来、同い年ということもあって、折に触れてはキャリア教育や人材育成について話をしてきました。そうした中で私たち二人が到達した思いは、学生が就活のためのテクニックを身につけるのではなく、社会人として真に必要な基礎的なスキルを身につけることが重要だということです。今回の本はこうした私たちの思いが反映されています。
こうして執筆作業がスタートするわけですが、けれど二人だけで手分けして全部を執筆するのは大変なことだということになって、なんとか効率的に作業出来ないかと、また二人で考えたわけです。簡単に言えば手抜きをしてしまおうと(笑)。結局、良いテキストを作るためにもその道のプロに書いてもらったほうが良いので、二人で手分けして人を探してこようと。ところが、お願いしてもなかなか良い返事が得られない。その道の人はそれぞれお忙しく、書いてもらうということが出来ない。それならいっそ二人でその道のプロにヒアリングしてしまおうということになって、最終的に出来上がったのが本書です。
ヒアリングは神田神保町にある有斐閣の会議室で行いましたが、鈴木夕張市長のヒアリングだけは北海道夕張市へ出張して行いました。毎回のヒアリングでは、プロの皆さんにヒアリング内容を事前にお知らせし、こちらが考えている内容を話してもらおうと思っていたわけですが、そう簡単には行きませんでした。私たちが当初想定していたストーリーとは別の話や内容をプロの皆さんがお話しするので、本書全体のストーリーも当初予定していたものとは大きく変更になりました。とは言え、ヒアリングをした私たちも新しい発見があり、今回改めて「学ぶ技術・働く技術」を学ぶことが出来たように思います。
本書の内容
ところで、私たちが本の中で大学生活や会社生活を送る上で必要な技術として取りあげたのは以下の6つの技術です。
第1の技術は自分を知ってもらう技術です。初対面の人に自分自身を受け入れてもらい、互いに知り合うために必要な技術とは何かを議論しています。
第2の技術は相手を知る技術。初対面の人をインタビューして、相手の考えや思いを引き出す技術とは何かを議論しています。
第3の技術は記録する技術。自分の頭の中を整理したり記憶を助けたりするためのノートやメモを上手に取る技術とはどのようなものかを議論しています。
第4の技術はプレゼンテーションの技術。単独あるいは複数の人たちに自分の考えや思いを話して伝えるために必要な技術について議論しています。
第5の技術は自分の考えを伝える技術。これは複数の人たちに自分の考えや思いを書いて伝える技術について議論しています。
第6の技術は問題を発見・解決する技術。問題を発見し、解決するにはどのような技術が必要かについて議論しています。
ここで、私たちが「技術」とあえて呼んだのは、これらが訓練によって会得できるもので、学びや仕事を行ううえで身につけておかなければならないものだからです。たとえばキャッチボールが出来なければ野球は出来ませんし、ドリブルが出来なければバスケットボールやサッカーは出来ません。これと同様に、先の6つの技術を獲得出来なければ、学びも仕事も円滑に遂行することは出来ません。
私たちの6つの技術は、経済産業省が以前から提唱している﹁社会人基礎力﹂と関連しますが、若干異なります。﹁社会人基礎力﹂は「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力と、それぞれの要素(12の能力要素)からなるもので、職場や地域社会などで仕事をしていく上で重要となる基礎的な能力とされています。この点、私たちの技術は、﹁社会人基礎力﹂で提唱される基礎的な能力を組み合わせて実践される、場面場面で要求される技術だと考えて頂ければと思います。
本書を良いお手本として活用して欲しい
ところで、6つの技術にしても「社会人基礎力」にしても、類似のノウハウ本もたくさん出版されているし、今さら何をと思う方も多いでしょう。ですが、よく考えてみてください。上に並べた6つの技術を読者の皆さんはどのようにして身につけましたか。
多くの方は見よう見まねで身につけたのではないでしょうか。たとえば、先輩や同級生が大学のゼミで発表しているのを見たりして、そのやり方を真似て自分の発表をしてプレゼンテーションを覚えてきたのではないでしょうか。あるいは、会社の上司や先輩が客先でどのように振る舞い、どのように話しているかを横で見たりして、自己紹介や営業のやり方を覚えてきたのではないでしょうか。
毎年、年末になると「手帳特集」と称して様々な分野で活躍している人たちの手帳の書き方や利活用の仕方を掲載する雑誌が売れます。多くの人が手帳を活用しているはずなのですが、ほとんどの人は手帳の使い方を教わったことはないはずです。先に挙げた6つの技術も多くの人が実践しているわけですが、それらのやり方を授業という形で教わった人はほとんどいないはずです。
結局、私たちはこうした基本的な技術を見よう見まねで会得してきたわけです。それでも見よう見まねで上手になれたら良いのですが、私たち二人も含めて上手な人はそう多くはいません。見よう見まねにはお手本の善し悪しという問題があるからです。身近に良いお手本となる先生や上司、先輩がいて、その人達が丁寧に教えてくれたら良いのですが、いつもそうとは限りません。特に自己紹介やメモやノートの取り方については、改めて勉強する機会はあまり無いはずです。さらに問題発見や問題解決のやり方を学ぶということもないはずです。
当たり前に出来て当然だ、既に上手に出来ていると皆さんが思っていることを、本書でもう一度改めて学んでみてください。私たち自身もそうでしたが、案外と新しい発見が出来ると思います。基本に立ち戻って、6つの技術をもう一度確認して頂けたらと思います。