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書斎の窓

座談会

新しい判例教材のねらい

――START UPシリーズ刊行に寄せて

近畿大学教授 上田健介〔Ueda Kensuke〕

同志社大学教授 尾形健〔Ogata Takeshi〕

同志社大学教授 十河太朗〔Sogo Taro〕

関西学院大学教授 豊田兼彦〔Toyota Kanehiko〕

Discussion

上田健介
Ueda Kensuke

尾形健
Ogata Takeshi

十河太朗
Sogo Taro

豊田兼彦
Toyota Kanehiko

上田健介・尾形健・
片桐直人/著
B5判,180頁,
1,800円+税

十河太朗・豊田兼彦・
松尾誠紀・森永真綱/著
B5判,156頁,
1,800円+税

 

シリーズの特徴

十河 本日は、有斐閣START UPシリーズの『憲法判例50!』と『刑法総論判例50!』の刊行に寄せて、憲法の著者から2人、刑法総論の著者から2人が集まって、この本に関するいろいろなことをお話ししようという企画です。

 早速ですが、このシリーズの特徴から始めたいと思います。憲法のお2人から、いかがでしょうか。

尾形 これまで、憲法に関する教材というのは非常に多くあったわけですが、大学に入学したばかりの学生さんや、入ったけれどもなかなか法律になじめないといった学生さんに使ってもらえる教材を、ということでつくりました。

 まずは憲法の中で最重要の判例を50件取り上げました。その基準としては、憲法を学ぶのならまずこれ、というのが一つ、もう一つは、学生が興味を持ってくれそうなもの、ということも考えながら50件に絞りました。

 内容面では、普段私たちが教える中で、こういうところにつまずいているのではないか、こういうところがどうもわかりづらいのではないかというところに気をつけながら執筆しました。特に、事案の概要について丁寧に説明したというのが一つ大きな特徴だと思います。憲法の場合は、様々な社会運動的なものを背景にして憲法訴訟が提起されることが多いので、まず、その社会的な文脈がわからないと、なぜこういう裁判が起きているのかとか、この人は何で苦しんでいるのかということがわかってもらえない。でも、そういったことを、これまでの教材は半ば当然の前提として、裁判所が認定した事案の概要がそのまま書かれていることが多かったのですが、そのようなスタンスではなく、なぜそういう社会状況になり、その結果、当事者はこういうことで困り、憲法上の権利を主張したのだというような流れで丁寧に説明したのが大きな特徴かなと思います。

上田 重複しますが、やはり、憲法判例の事案は、当時の社会状況がもとにあるので、そういった背後事情をできるだけ書くよう心掛けました。例えば学生運動は、我々の世代にとっても正直言ってピンとこないところがありますので。

 あとは、憲法の場合は違憲審査なので、問題となっている法律の内容を理解しないと、何がおかしいのかが見えてきません。そこで、問題となる法律の仕組みについても丁寧に説明したつもりです。そして、違憲審査は判決の論理が込み入っていることが多いですから、判決文も長めに引用して、それを丁寧に解説しようということも考えました。

十河 そこは刑法と少し違うところかもしれないですね。例えば殺人というと、昭和20年でも平成29年でも殺人は殺人なので、時代背景などはあまり説明する必要がなかったりします。判決文も、長いものもありますが、憲法に比べればそれほどでもないので、そこは憲法の特徴かもしれないですよね。

尾形 そうですね。『刑法総論判例50!』を拝見して、大審院の判決でも平成の判決でも、時代背景などにそれほど言及することなく事案の説明ができているというのが、ある意味犯罪というのは普遍的なものなのだなと。

十河 刑法については、豊田さん、いかがですか。

豊田 全般的な趣旨は憲法と同じなのですが、50件の絞り方ということで、初めて刑法を学ぶ人向けということもあり、最後の罪数論は中途半端に入れるくらいだったら思い切ってカットして、より基本的なところに回そうということにしました。あとは、有斐閣の『判例百選』の中から50件を選ぶということではなく、百選には載っていないけれども初学者にとってはむしろこっちのほうがいいのではないかという、より基本的な判例を何件かセレクトしています。例えば27番の弥彦神社事件などがそうです。

 それから、普段使わないような言葉、例えば4番の大阪南港事件に出てくる「飯場」などですね、そういった言葉に注を付けたのも特徴かなと思います。また、大審院の判例がいくつかありまして、中には難しい言葉があったりカタカナまじりだったりするわけです。そういったものには現代語訳を付けて、いまの学生にもわかるように工夫をしました。

 あと、これは憲法も同じですが、「この判決(決定)が示したこと」というのが、簡潔にまとめられているというところも特徴ではないかなと思っています。

十河 付け加えるとすると、一つの大きな特徴はやはり「読み解きポイント」かなと思っています。もちろん憲法にもあるのですが、憲法は箇条書きで端的に書かれています。刑法では、例えば「承継的共犯」などという難しい言葉が出てくる前に、この事案のうちこの事実が問題となっているから争いがあり、こんな判決が出てきたのだといった、理論的な背景を文章で説明してあります。

 あとは、ポイントとなる判決文に下線が引いてあって、その下線に(1)や(2)といったように番号を付けています。それが解説と対応していて、いま判決文のどの部分を解説しているのかということがわかるようにしてみました。

 それと、刑法総論というと特に体系が重視されるところがあって、構成要件該当性・違法性・責任という体系がきっちりあるので、その流れを頭の片隅に置いて読んでもらいたいということで、8頁に、「犯罪成立といえるまでの考え方・判断のみちすじ」を付けてみました。これは執筆会合の際に、ああでもないこうでもないと、みんなで書いたり消したりしながら作ったものです。

執筆時の苦労

十河 基本的に、憲法も刑法も共通で、大学に入りたての1年生や2年生にもわかりやすいように平易に、事案も解きほぐして書いているというところが特徴だと思うのですが、それは言うは易く行うは難しで、なかなか難しいところもあったと思うのです。実際に書かれてどんなご苦労がありましたか。

上田 やはり「事案を見てみよう」は何度も書き直しをしました。原稿の検討会をして、相互に意見を言い合い、また編集部の方からもご意見を頂いて、言葉がわかりにくかったら書き直したり、説明をどんどん足していったり順番を入れ替えたり、そういうことをかなりやりました。一番力が入っているのは解説ではなくて、「事案を見てみよう」ですね。

十河 憲法も、やはりそれぞれが担当の原稿を持ち寄って、それをみんなで議論しながら直していくという形ですか。

上田 そうですね。何回も検討をしました。

豊田 刑法も、それぞれの原稿の検討が1回で終わることはまずなくて、2回、3回は当たり前でした。

十河 そのぶんいいものにはなっている気がします。やはり人から指摘を受けて初めて気付くというのは結構多いので。

豊田 憲法は、解説部分についてはいかがでしたか。学界の評価が大体定まっていればいいのですが、判例の読み方、理解の仕方自体に議論があるようなときは難しかったと思うのですが。

上田 確かにそうですね。でも、紙幅が限られていたので、解説はあまり長くできませんでした。位置付けというか、これはこういう判例ですということを言っておしまいでしたね。正確性は多少犠牲にしてでもわかりやすさを優先して、厳密に正確ではなくとも間違いではないというところで解説は収まっている感じです。

 幸い、我々は普段から接している者同士なので、尾形さんや片桐さんのものを読んでもあまり違和感がなくて、あるとき原稿を見て、これは私が書いた文章かなと思ったら違ったというようなこともあるくらいでした(笑)。

尾形 そうですね。解説の部分は、学説の話などをし出すと途端に分量も増えるし難易度も上がってしまうので抑制的になり、判例が言っていることをもう1回繰り返すだけ、ということにならざるをえませんでした。

豊田 それが逆に強みというか、本書のよさではないかなと思うのです。判例のオーソドックスな読み方をきちんと示している。難しい議論はその上でのことであって、基盤部分の理解が難しいものですからね。

上田 刑法ではそのようなご苦労はなかったのですか。

十河 憲法は事案で苦労されたようですが、刑法はやはり解説が一番苦労しましたね。例えば24番の判例、これは鋲打ち事件という、Aさんを殺そうと思って撃ったらBさんに当たってしまったという有名な錯誤の事案なのですが、私の最初の原稿では、具体的符合説と法定的符合説の違いを中心に解説していたのですが、議論の中で、むしろ、判例が採用している法定的符合説の内容を理解してもらうことが重要なので、認識していなかった客体について故意が認められるのかというのはなぜなのか、1人だけ殺そうと思っていても、2つ3つの殺人罪が認められるということがいいのかどうかという点に焦点を当てて書いたほうがいいだろうというので、だいぶ比重を置き直して書き改めました。

上田 刑法では、どういう角度から焦点を当てて書くかということについて共通理解はあるのですか。

十河 先ほど、憲法は同門の先生方で、ほかの人の文章も自分が書いたように見えるとおっしゃっていましたが、刑法は、おそらく学者の見解としては多分みんなばらばらなんです。例えば私と豊田さんは研究分野が結構被っているのですが、個人的な見解としては真逆と言っていいぐらい。

豊田 私はそこまで思っていません(笑)。

十河 でも、だいぶ違う。

豊田 違うから存在意義があると思うのです。

十河 というふうに、研究者として議論をすれば立場はだいぶ違って、多分4人とも結構ばらばらです。出身大学も違えば年代も違いますので、とにかく客観的に、この判例の位置付けとしてその理解が正しいのか、あるいは、それが一般的なのかというところで議論をしたという感じです。

豊田 そういった観点で議論するときには、4人の意見が分かれることはなかったですね。

十河 先ほど上田さんが言われたところですが、わかりやすさと正確さはときに矛盾することがあります。もう少し正確に言うとこうなるけど、それを書くとどんどん長くなるし、わかりづらくなる。逆に、わかりやすくコンパクトに書くと、専門家から見れば不正確ではないのかというところもあって、どのあたりが落としどころなのかというのが、一番議論になりました。

上田 それは憲法も同じです。初学者向けなので、易しく伝わるように書きながらも、やはり学者が書いているものなので、ある程度の正確さというのも確保して……。

豊田 話し言葉と書き言葉の違いですよね。講義では、後から考えたら不正確だけれどもその場で聞けばすごくわかりやすいということもあると思うのですが、活字は残りますので。でも、講義に近づけるという部分が難しいけれども腕の見せどころで、面白かったです。

十河 わかりやすく書くのは結構力が要るものですよね。疲れている夜に書くと、やはりだめで、朝のまだ余力があるときでないと書けなかったですね。

 著者紹介にも書いたのですが、私は大学に入学したばかりのときは全然勉強ができなくて、というか、法学に全く興味が持てなくて、昔は本書のような解説書もなかったですし、講義も私には難しかった。その頃の自分が、何につまずいていたのかということを思い出しながら、その18歳の頃の自分がこれを読んだらわかるのではないか、興味を持てるのではないかという気持ちで書いた。そのためには、結構力が要りましたね。自分がいま当たり前に思っていることが、学生にとってみると実はわかりづらかったりするので。

使い方・読み方

十河 こういった特徴のあるこの本を、講義で、あるいは学生さんにどう使ってもらいたい、といったことはありますか。

上田 先ほど言いましたように、事案から丁寧に書いているので、最初からスーッと読んでいただければ、独習用としても使っていただけるかなと思っています。

 あと、憲法の場合は、他学部や教職課程などいろいろなところで教えられています。一冊に人権も統治も入れていますので、そういった法学部以外の講義でも、トピックを取り上げてなにか説明されるような形態の講義であればとくに、教材として使っていただけるのではないかなと感じています。

尾形 刑法だと、犯罪というのはある意味、事案として非常にシンプルというか普遍的な事象ですが、憲法の場合は、例えば「公共の福祉」とか「国権の最高機関」とか、いきなり難しい言葉がボンボン出てきて、それを体系的に、学を講ずるという形でやってしまうと、学生さんはどんどん引いてしまうわけです。それで、せっかくの憲法の面白みがスポイルされてしまうのはすごく残念だとずっと思っていて。個別の判例があって憲法の意味が問い直されていくというところもすごく大きいので、講義でも判例はわりと丁寧にしゃべるようにしています。今回、事案を丁寧に説明することができたので、より身近に憲法を感じてもらえるような教材になっているかなと思っています。

豊田 私たちにとってもこの教材はすごく助かるというか、他分野の研究者がサッと参照するのには非常にいいですよね。背景事情までちゃんと書いてあって、判決文にも大事なところに線が引かれていて、他分野の研究者にとってすごく助かる。

尾形 『刑法総論判例50!』を見たときに私も同じことを思いました。ひょっとすると、ロースクールの学生さんなどでも、一通り勉強したけれども急ぎで復習が必要なときなどは、パラパラッと見るといいのかなと。

豊田 ロースクールの未修者などに特にいいのではないかという声を、何人かの方から聞きました。

十河 『刑法総論判例50!』では、先ほど豊田さんがおっしゃったように、あえて、『判例百選』に載っている判例の一歩手前の、より基本的な判例を選んだりもしているので、純粋未修の人はまずはこれを勉強したらいいと思いますし、あるいはいま尾形さんが言われたように、時間がないときでも、ポイントを押さえつつサーッと読めると思うので、そういう使い方もできるように思います。

豊田 予習にも適していると思います。何も予備知識がなくても、教科書を参照しながら、何とか自力で予習できるということも意識して書いたので、「予習で読んでおいてね」と言いやすいかなと思います。

上田 憲法は判決文の引用がどうしても長くなるのでできなかったのですが、刑法はほとんどを見開き2頁で収めているので、学生さんには取っ付きやすいですよね。

十河 見開き2頁ということには結構こだわって、実は3頁のものもあるのですが、見開きがずれないように掲載の順番を入れ換えたりしたのです。

上田 刑法は「もう一歩先へ」というのも入れておられますね。基本判例の次に勉強すべきものをチャプターごとに置かれていて……。憲法もちょっと考えたのですが、なかなか難しくて。憲法の重要判例って難しいんですよね。例えば薬事法判決というのは必習判例ですが、それ自体が非常に難しい。これが基本判例、次はこれ、これは応用の判例というように区分けするのが全体を通してなかなか難しいというところもあったかなと思います。

十河 科目の特質なのでしょうね。刑法だと、50件の次の判例にどうつなげていくかという位置付けが、わりとしやすかったです。この先にはこんな判例が待っているということで、百選への橋渡しをしているつもりです。この欄も含めると百選掲載の判例はほぼ入っているのではないかと思います。「あちらに行けば百選ですよ」という感じの道筋を付けたという感じですね。

エンピツくんのこと

十河 あと、エンピツくんはこの本の特徴だと思うのですが、憲法と刑法とでキャラが若干違うのです(笑)。憲法のエンピツくんはわりと軟らかい感じで、刑法のほうは、刑法らしくと言うのでしょうか、やや硬い。

豊田 ちょっと強ばっていますね。

尾形 わりと早い段階で、「このキャラクターはエンピツくんです」と編集部から教えてもらって、そのセリフを吹出しで書くとなったときに、やはり18歳、19歳らしいことを言わせようかなという感じでしたよね。

豊田 私たちもそのつもりだったのですけど、できたのを見るとちょっと違いますね。

十河 憲法では、赤エンピツくんが登場しますね。

尾形 友だちの赤エンピツくんですね(『憲法判例50!』110頁)。エンピツくんのキャラクター設定で、シャーペンくんをライバルと思っているというのを聞いて(同ⅷ頁)、ライバルがシャーペンくんなら、友だちは赤エンピツくんかなという感じでした(笑)。

 憲法というのは、身近な例に引き付けて問題を説明するのも、正直、かなり限界があるわけです。そういう中でどうしたらいいかなと思ったときに、せっかくエンピツくんというキャラクターがいるなら、彼にいろいろ動いてもらうといいかなと思いまして。

エンピツくん

十河 おじさんのラーメン屋さんが食中毒を出したり(同82頁)、いろいろなことがあって……。

尾形 人生の浮き沈みがあって、こんな顔をして結構苦労しているんだなと思いますよね(笑)。

十河 刑法はもしかしたら、総論と各論とでエンピツくんのキャラが少し違っているかもしれません。

豊田 さらに尖っていくか、軟らかくなっていくかですね。各論に期待ですね。

十河 刑法の特徴としては、あとはイラストですね。たぬき・むじな事件のページのたぬきとむささびの絵(『刑法総論判例50!』66頁)。編集部の方が書いてくれました。

豊田 土佐犬も登場します(同10頁)。別になくてもいいのですが、私がリクエストしました。

十河 必然性は全くないですね。勝手に自分でそういう例を出したというだけのことで、犬である必要は全然ない(笑)。

豊田 土佐犬事件でも何でもないですからね。

十河 講義でもいつも言っているのですが、憲法もそうかもしれませんが、刑法の事例を考えるときには字だけで読むのではなくて、事案を動画で思い起こしてほしいと。文字で読むとどうしても、一個の行為と見るのが自然なところをぶつ切りにしてしまったりすることがあるのです。先ほどのたぬき・むじな事件でも、目の前にたぬきらしき動物がいるけど、自分はむじなだと思って捕まえようとした。動画で見るようなイメージで、そのシチュエーションを思い起こしてほしいという思いで入れました。

 話が戻りますが、刑法は理論的なところの説明の比重がどうしても重くなります。学説の対立が非常に激しいですし、理論的な説明だけで、普通の講義では目一杯です。そうすると、判例に言及する時間がなくなるというのが昔からの悩みです。でも、講義では詳しく扱わないが、事案はこうだし、判決文の読み方はこうだ、それについてはこの本を読んでおいてと言えば、それで済むかもと思っています。

上田 憲法は逆に、教科書や体系書の中でも、「判例はこのように言っています」という記述が結構出てきます。ですので、もしかしたら、教科書の一部にもなりうるかなと。この本を使っていただきながら、体系については先生方がそれぞれの立場に基づいて口頭で補っていただくという形もありうるかなと思います。判例の内容的な説明しかしていませんから、色もあまり付いていないと思いますし。

法学教育に対する思い

十河 このシリーズは、法学部を取り巻く状況の厳しさもふまえて誕生したものですが、なにか、法学教育に対する思い、今後への期待などをお話しいただけますか。

上田 憲法は、最近ではニュースで取り上げられることが増えてきていて、関心を持って大学に入ってくる学生さんは比較的いると思います。そういう学生さんの関心にうまく応えて、具体的な事案を扱う判例の学習を通じて、抽象的な理論や思想も含めた、豊かな憲法学の世界にいざなうことができればと思います。

尾形 ロースクール発足から10年経ち、状況も変わり、法学部は、また昔のようにジェネラリストを育てる学部という立ち位置に戻りつつあるのかなという感じがしています。

 ゼミ生の議論などを聞いていると、昨今の世界情勢を反映しているのか、平気で極端な主張をする学生を目にします。もちろん、それはそれで一つの主張としてはありえますが、ただ、そういうことを言うことによって、どういう人たちがどう困るのかということも、ちゃんとわかった上で言ってもらわなければいけません。いろいろな人がいて、それぞれの考えがある中で、一つの社会をつくっていく。そのために憲法というものがあって、それを大事にしていくということをきちんと伝えていくことが、法学教育の底力になっていくのかなと思ったりしています。

 この本は、具体的な事案に即しながら憲法を考えるという作りになっていて、そういう個々の人々の訴えだったり、訴訟だったりが積み重なって憲法法理ができていくというところが大きいと思うので、そういうところも学生さんに伝えながら、将来、良き市民を育てる一助になればなと、ちょっとだけ偉そうに思ったりしています。

豊田 刑法は基本の法律ですが、弁護士であっても使う場面は多くないと思います。将来使わない人が多数の中で、法学部において刑法でなにを学ぶかというと、汎用性のある知識だったり、思考力だったり、表現力といったものかなと思います。そのために、わくわく楽しく学べるようなアイテムは必要です。この本には、土佐犬がいたり、むささびが飛んでいたり、そういうところも含めて楽しく、だけど真面目に考えていく素材になるのではないかと思っています。

 そして、それをきっかけに、法曹を目指す人が一人でも増えてくれれば、この国にとっても喜ばしいことです。法曹というのは社会の重要なインフラの一つで、刑法をしっかり身に付けた人たちに、たくさん活躍してほしいと思います。

十河 そうですね。私もロースクールの教員なので、法曹を目指す人が一人でも増えてくれればという思いが強いです。大学に入ってすぐに、法律の勉強は面白くないやと思って諦められてしまうとすごくもったいない気がします。小難しい言葉を使って難しそうに見えて、実際難しいのですが、でも難しいから嫌いだなと思われてしまうと、ちょっともったいないなという気がしていて、何とか法律の面白さをわかってもらいたいと思います。そして実際に法律家になってくれる人が一人でも増えればと思います。

 私は、大学1年生のときは転学部しようかと思っていたぐらいだったのですが、たまたま、私の師匠である大谷實先生の講義を聞いて、刑法に関心を持ち、法学部にそのままとどまって、この世界に来ました。この本が、憲法というのは高校のときの授業はつまらなかったけど、こんなに面白い話だったのかとか、刑法というのは難しく思えるけど、実はこんなに興味深い議論が待っているのかということに気付くきっかけとなってくれれば嬉しいなと思います。

 先ほど尾形さんが「ジェネラリスト」というお話をされましたが、法学部というのは法曹になる人はむしろ少数で、多くの人は別の道に進みます。そういう人たちにも役立つことを教育するのが法学部の一つの役割だと思っています。

 どの世界に行っても、先例というのは大事です。企業などにも、そこのルールがあります。そうした先例やルールの趣旨や目的はここにあって、射程範囲はここまでといったことを考えるのは、まさに判例の勉強と方法は同じだと思うのです。法学部では、議論の仕方とか、ルールの作り方、ルールの適用の仕方を学んでもらう。そうすると、どの道に進んでも、それが法学部出身者の強みになるのではないでしょうか。

上田 尾形さんのお話と重なるのですが、いま、一方的な思い込みというか、一方的な目で見て、パッと簡単に結論付けるような傾向が強くなっている気がします。憲法判例を勉強すると、違憲か合憲か、人権侵害かそうではないかという、2つの全く違う立場からの理屈に正面から向き合えると思うので、だからこそ事案の紹介に力を入れたところがあります。

 まず、自分と違う考え方もあるのだということを知る。その上で、「自分はやはりこちらが正しいと思う」と言うためには、相手や周囲にも受け入れてもらえる理屈を付けなければいけないので、その理屈の付け方を考える。これは、どの道に進むにしても求められるスキルなのだと思います。このスキルを学ぶ糸口としても、判例を勉強するということにはすごく意味があるのかなと思います。

十河 訴訟になっているということは、たいてい当事者にはどちらにも言い分があって、それなりの理屈はあるのです。自分の立場だけから見るのではなくて、相手の立場から見てどうかということを考えさせるのが法学教育の一つの役割だなと思っています。

* * *

本日は、本書のねらいや特徴について、憲法、刑法それぞれの立場からいろいろとお話しさせていただきました。

このシリーズは、憲法、刑法総論に続いて、2017年秋以降、刑法各論、行政法、民法が刊行される予定になっています。有斐閣START UPシリーズが、初学者を中心に判例教材の新しい定番になってくれると嬉しく思います。

本日はどうもありがとうございました。

(2017年1月25日収録)

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