自著を語る
『地域福祉の学びをデザインする』
同志社大学社会学部教授 上野谷加代子〔Uenoya Kayoko〕
日本福祉大学社会福祉学部教授 原田正樹〔Harada Masaki〕
地域福祉をめぐる変化
本書は日本地域福祉学会の30周年事業として位置づけられた、共同研究プロジェクトの成果をもとに出版させていただいた。
本学会は1987年に設立され、地域福祉の推進に寄与できるよう、各地の地域福祉実践と地域福祉研究を結び、より実践的な研究を重視してきた学会である。
社会福祉の分野では、2000年に社会福祉基礎構造改革と称された制度改革がすすめられ、「地域福祉の主流化」 [武川正吾、2006年]といわれる状況が生まれてきた。その背景には、市町村合併と地方分権化、社会福祉の契約制度と市場化、また参画と協働によるガバナンスのあり方などが問われてきた。度重なる社会保障改革、社会福祉の制度改革では、「地域」というキーワードが益々重要視されてきている。
一方で地域福祉では様々な課題も山積している。人口減少社会のなかで、地域における生活機能をどう持続していくのか。実際には2025年には団塊世代が75歳以上になり要介護高齢者(認知症や寝たきりなど)や単身世帯、老々介護の激増が予測されている。
また、子育てと親の介護といったダブルケアの問題や、格差・貧困問題の顕在化にともなう生活困窮支援も益々重要な施策になってきている。
とはいえ悲観ばかりしているわけではない。若者が多くの社会的企業を経営するようになったり、地域密着型のNPO法人が増えてきたり、ファンドレイジングと地域福祉といった試みも各地で始まった。何より、従来の児童・障害・高齢者といった分野別の制度や縦割りの仕組みを見直し、「我が事・丸ごと」として捉え、地域共生社会を実現していこうという政策や取り組みも検討されている。
地域福祉の教育研究
このような地域福祉をめぐる激しい動向のなかで、あえて本書では「地域福祉の学び」という点に焦点化した研究成果を問うことにした。地域福祉の研究には、歴史や原論、政策や制度、実践方法や評価、国際比較など多様な側面があるが、実は「教育研究」という側面がやや遅れていた。
学会としては、この「地域福祉をどう教えるか、どう学ぶか」という教育研究に正面から取り組むことで、地域福祉研究の新たな一面を切り拓こうという意図があった。教えるという行為は、その目的や内容を吟味することからはじまる。
先述したように、大きく変化している今日の状況を踏まえながら、私たち大学教員は、適切な地域福祉に関する理論や方法を学生たちに提供できているのだろうか。具体的には、専門職教育のなかで地域福祉をどう教えるのか、という問いである。現在、社会福祉士や精神保健福祉士という国家資格にもとづいて、ソーシャルワーカーの養成が行われている。そのカリキュラムのなかに、「地域福祉の理論と方法」という必修科目は位置づけられている。
この科目担当教員として、何を、どう教えていくことがよいのか。このことに共同研究の多くの時間を費やした。その結果、60時間4単位の科目として教えるべき「30項目」を精選し、その教育内容と授業展開、教材開発の紹介を試みていることが本書の最大の特徴といえる。
ただし地域福祉は、地域包括ケアシステムや在宅福祉を中心としたサービス供給システムという側面だけではない。地域住民が自らコミュニティの福祉を創出していくという営み、例えばボランティア活動やソーシャルアクションといった行動を重視してきた。そこでは「住民主体」という鍵概念を用いてきた。住民主体とは、住民にサービスを担わせることでも、住民エゴを認めることでもない。地域住民が、それぞれの地域課題を共有し、その解決にむけて協議し、行動をしていくという一連のエンパワメントである。また、不条理な出来事や悲しみ、苦しみ、怒りに対するレジリエンス(回復、復活する力)の形成と共有である。この主体形成の過程と支援を、地域福祉では「福祉教育」として大切にしてきた。まさに生涯学習としての福祉の学びである。
この部分では、地域福祉の「先生」は多様である。大学の教員やソーシャルワーカー(専門職)だけが先生ではない。むしろボランティアや民生委員・児童委員、とりわけ福祉サービスの利用者から教えられることが多い。それは単なる精神的な側面のことではなく、むしろ地域福祉の本質的な問いかけと学びの姿である。
地域福祉の学びの体系
地域福祉を学ぶということには、このような体系的専門的な教育内容の学修(フォーマル教育)と、学校外でボランティア活動などを通して学んでいく学び(インフォーマル教育)、さらには地域のなかで生活体験を通しての学び(ノンフォーマル教育)などの側面があり、それらを構造的にとらえておかなければならない。
そこで本書では、こうした学びの体系を便宜的に三重構造で示した(図1)。
このことは、地域福祉の教育と学習の違いを強調したいのではない。むしろ専門職教育と福祉教育の共通した機軸に地域福祉の価値があり、地域福祉を教えるということは、その根源的な価値を問うことになる。同時に地域福祉を学ぶということは、新しい価値を創出していくことになる。この教えと学びの循環こそが、地域福祉のひとつの固有性ではないかということに、実は本書を執筆しながら気づかされた。
地域福祉を学ぶための「30項目」
このことを検討するために、まずは全国の社会福祉系大学で当該科目を担当する教員に調査を行った。現状と課題を抽出したところ、国が示す「国家試験の出題範囲・基準」と教員が伝えるべきであると考えている内容に齟齬があることが明らかになった。それも含めて、教育内容について教員によって個人差があり、地域福祉を教える教材開発の困難さが示された。
調査としては上記の全国調査以外にも、講義科目だけではなく、教育としての演習や実習教育のあり方、またコミュニティソーシャルワーカーを対象とした現任研修についてもヒアリング等を実施した。その結果、講義内容、教育内容の「標準化」が求められていることが明確になった。ただし、学会として標準テキストを出版する段階ではないと判断し、むしろ教える側の教員に対して、どう学びをつくるかという視点からの編纂となった。
ここで依拠したのが、「インストラクショナルデザイン」[ガニェ、R.M 他 鈴木克明・岩崎信監訳、2007年]という教育工学の知見である(図2)。この分野で広く用いられているADDIEモデルを基本として、地域福祉の講義をつくってみた。
「30項目」では、地域福祉の考え方(6項目)、地域福祉の推進主体(8項目)、地域福祉の実践(9項目)、地域福祉の方法(7項目)とした。これらの妥当性も、今後は検討していかなければならない。
今回の研究会では、共同研究者がそれぞれの項目を担当し、自分の授業指導案を作成するつもりで作業を行い、研究会当日はそれをもとに検討をすすめた。このときの協議がもっとも刺激的であった。担当者のプレゼンを踏まえ、それぞれが自分であればどういう授業をしているのか、あるいは90分という限られた時間内で、どう優先順位をつけて授業内容を組み立てるのか、その際の教材には何を使っていて、それは学生たちに対して効果があるのかどうか、等々ふだんの研究会以上に白熱する議論になった。
考えてみれば、この研究会はまさに授業実践の相互交流であり、研鑽の場であった。つまり科目担当者によるFD(Faculty Development)そのものだった。それも通常であれば1大学には当該科目の担当者は1名ずつしか配属されていないことが多い。今回は1つの授業指導案に対して、同じ科目を担当している教員たち14名から集中砲火をあびるのであるから、別の意味で大変な緊張感もあった。終わってみれば、それは貴重な財産にもなった。
改めてフォーマットにあわせて文書化してしまうと、そんなライブ感はなかなか伝わらないが、実はこの30項目の裏には、そんなやりとりが隠されている。
今後、大学を越えたFD、あるいは学会としてのFDのあり方を検討していく必要があるかもしれない。
教育実践研究から理論研究へ
専門職養成にとっても、地域住民による福祉教育にとっても「質のよい学び」をしていくことが、地域福祉の推進にとっては必要なことである。そのためにインストラクショナルデザインという枠組みを用いてきたが、本書ではAnalyze :「分析」、Design:「設計」、Develop:「開発」という段階までを深めたといってよい。後半のImplement:「実施」とEvaluate:「評価」については、今後の課題である。教育の質的保証として、評価の問題は大きな課題である。それは学習者のなかで学びが定着したかどうかというだけではなく、最も大事なのは、地域福祉を学んだ人が増えたことで、地域福祉が推進されたか否かというアウトカム評価を試みることである。そのための指標や調査方法の開発は次の研究課題として引き継ぎたい。
先述したことと重複するが、地域福祉の学びをデザインするということは、地域福祉における論点を顕在化させることであり、何よりもそもそも地域福祉とは何かを問うことになった。例えば、まだ学会としての概念規定に至らないような新しい実践や方法論をどう教えるかは難しい側面はあるが、授業としては「今」を教えないわけにはいかない。しかしながら、それを事例紹介だけにしてしまうのは、研究の敗北である。その実践や方法の有する理論的な解釈を添えられるような教員の質を担保していかなければならない。同時にそのことは、地域福祉の理論研究にもつながっていくのではないだろうか。
本書を上梓して、おかげさまで地域福祉関係者からの反響は大きい。学びをデザインするという発想をもとにした、この「30項目」についての、学生や地域住民が読んでわかるテキスト開発への期待が大きい。