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書斎の窓

自著を語る

『マクロ経済学――入門の「一歩前」から応用まで』
(有斐閣ストゥディア)

マクロ経済学を知る面白さ

千葉大学法政経学部准教授 平口良司〔Hiraguchi Ryoji〕

関西大学経済学部准教授 稲葉大〔Inaba Masaru〕

平口良司・稲葉大/著
A5判,292頁,
本体2,000円+税

 このたび、約2年の作業を経て、『マクロ経済学――入門の一歩前から応用まで』を出版することができました。有斐閣ストゥディアシリーズという新しいシリーズの中の1冊という事で、装丁も美しく、大変喜んでいるところです。これから、著者の2人がこのマクロ経済学の教科書を書くことになったきっかけや、この本を通してマクロ経済学を学ぶ意味や面白さなどについて説明させていただきます。

1、マクロ経済学とは

 読者の皆様の中には経済学を学んだことのある方もいらっしゃるかとは思いますが、多くの方にとって、本のタイトルである「マクロ経済学」という名前、とくに「マクロ」という言葉は聞きなれないものではないかと思います。経済学には色々な分野があります。政府部門の経済活動を分析する財政学や、経済的な側面から環境問題を分析する環境経済学などがその例です。それら経済学の諸分野は、「ミクロ経済学」そして「マクロ経済学」という2つの研究領域を基礎としています。いわばマクロ経済学とは経済学の「土台」の1つといえます。ミクロ経済学とは一個人、一企業の経済活動、そしてそれらの関わりに対して成立する原理や原則を追求する研究分野です。ミクロという言葉は、ごく小さい、という意味の英単語「microscopic(ミクロスコピック)」から来ています。このストゥディアシリーズからも、テキスト『ミクロ経済学の第一歩』(安藤至大著)がすでに出版されております。著者も読んでみましたが、司法取引の経済分析など、大変興味深い内容となっています。一方、マクロ経済学とは、1つの国あるいは地域全体の経済の動きに関する原理、原則を学ぶ研究分野です。マクロという言葉は、「肉眼で見ることができるぐらいに大きい」という意味の英単語のmacroscopic(マクロスコピック)からきています。ミクロ経済学を足し合わせたのがマクロ経済学と思っていただいて構いません。筆者らはともに専攻がこのマクロ経済学で、そのうち稲葉は景気変動の分析を、そして平口は経済成長の分析を主な研究対象としております。

 ミクロ経済学と同様、マクロ経済学もその範囲が広く、GDP、株価、インフレ率、為替レートといった色々なものが研究対象となります。また、日本政府は社会保障費の増大に伴い、世界に例をみないほどの公的債務を抱えていますが、こういった債務累積の問題も研究対象となります。話が脇道にそれますが、この財政赤字というのは、国が行う借金なだけあり、なかなか厄介な問題を抱えています。国の借金は主に、私たちの持っている余裕資金、簡単に言えば貯蓄がその穴埋めをするわけです。そうなってくると、普通の民間企業が借りられるお金が少なくなり、景気の足を引っ張ることになります。こういった仕組みを一歩一歩理解するのがマクロ経済学の役割といえます。

2、執筆のきっかけ

 著者らはともに所属大学にて、大学1年生対象のマクロ経済学の授業を受け持っています。皆様もご存じのとおり、すでにマクロ経済学の教科書は山のようにあります。しかしながら、授業を続ける中で、私たちなりのマクロ経済学の理解の方法のようなものを文章の形で読者の皆様に示したいと思うようになりました。その中で有斐閣からストゥディアシリーズ執筆のお話があり、2人で教科書を書くこととしました。著者のうち、平口はマクロ経済モデルの理論的分析を、そして稲葉はモデルを用いた現実社会の分析をそれぞれメインの研究分野としており、両者がそれぞれ得意なところを出し合えばより良い本ができるのではないかと考えました。執筆中著者同士が内容の打ち合わせをする中で、同じマクロ経済学に対して認識が違うところがあることに気づかされることもあり、とても面白い経験となりました。バックグラウンドが違う事もあり、打ち合わせの議論が難航することもありました。しかし担当編集者の渡部一樹さんから助言をいただくなかで無事乗り越えられ、結果として、バランスのとれた内容となったのではと自負しております。

 ところで、読者の皆様の中でもうお読みになった方もいらっしゃるかもしれませんが、このストゥディアシリーズにはすでにマクロ経済学のテキスト『マクロ経済学の第一歩』(柴田章久、宇南山卓著)があります。読者はどちらを先に読めばよいのか迷ってしまうかもしれません。私たちの本の「はじめに」のところにも書きましたが、これら2冊の本は続きものではなく、1冊でそれぞれ完結しています。そのため両者にはそれぞれの本のねらいに応じた違いがありつつも、経済成長など共通した内容が多く含まれています。どちらを読んでも、マクロ経済学の入門的な知識を手に入れることができます。すでに優れたテキストがある中での執筆であったため、全体の構成、章立てなどについて正直苦労しました。しかし、その甲斐あって良いものに仕上がったと考えています。簡単に両者の違いを紹介すると、まず、『マクロ経済学の第一歩』では、金融や貨幣の側面を捨象して、マクロ経済の実物的側面を中心に解説しています。高齢化の経済分析など、大変分かりやすくかつ詳しい説明がなされています。一方、本書ではその金融、貨幣についても取り上げ、それらが実物的側面に与える影響について丁寧に説明しました。

 実は、金融的側面が実物的側面に比べてどの程度重要かはマクロ経済学者の中で意見が割れています。例えば、ノーベル経済学賞受賞者のプレスコット氏はアメリカ連邦準備銀行の影響力について懐疑的な見方をとっています。しかし、金融的側面が特に日本の実体経済に(少なくとも短期、中期的には)大きな影響を与えていることはほぼ間違いないといえます。先に挙げた日本の政府債務を例に挙げて説明すると、財政赤字の埋め合わせのために日本政府は国債を大量に発行しています。その国債の多くを保有しているのが、実は紙幣を独占的に発行する機関の日本銀行なのです。日本においては、社会保障の拡大という「実体経済」が、中央銀行という「経済の貨幣的側面」と密接につながっているのです。こういったつながりを理解することがマクロ経済学の面白さの1つといえます。私たち著者は、高齢化が日本経済に与える影響についての詳しい説明は省きましたが、その分社会保障費の増大といった経済の実物的側面が貨幣的、金融的側面とどうつながっているかについて丁寧に説明するよう心がけました。

3、執筆に際し心がけたこと

 ここでは私たち著者が教科書を書くにあたり、気をつけたことを3つ書いてみます。

 1つ目は、あえて高校で学ぶ政治経済のレベルまで立ち戻り、だんだんと大学レベルの内容になるように執筆したことです。著者が大学の1年生、2年生を対象にマクロ経済学の講義をしていると、何人かの学生から「数学が苦手なので、授業が良くわかりません」という質問が来ることがあります。たしかにマクロ経済学には、記号や数式がたくさん出てきます。しかし、基礎的なマクロ経済学では、ほとんどは四則演算で、それほど難しい数学は使っていません。何故その学生たちは難しく感じてしまったのでしょうか。よくよく聞いてみると、必要な計算はできるため、問題は数学ではないようです。むしろ、経済に関する基本的な知識を持っていないことが原因でした。そのため、GDPをYとして、物価水準をPとするといわれても、YもPも何だか頭に入っておらず、記号の意味も良く分かってないということでした。記号の意味が分からなければ、式をどう展開しようと分からないのは当然です。高校時代に政治経済を学ぶ学生は必ずしも多くなく、経済全体を考えることにあまりなじみがないためかもしれません。そこで著者らは、あえて高校で学ぶ政治経済のレベルまで立ち戻りました。知っている人には簡単過ぎて退屈に感じるかもしれません。しかし、もしかすると単に受験のために覚えただけで、あまり深い意味まで考えなかったかもしれません。改めてマクロ経済学を学ぶという視点から学びなおすことで、新しい発見もあるでしょう。

 2つ目は、章ごとのトピックに間接的に関連した内容で、かつ現実の経済とのかかわりが感じられるようなコラムを書くことにこだわったことです。教科書を執筆すると、理論や制度の解説をするために、どうしても硬い内容になってしまいます。そのため、たとえ分かりやすく書かれた教科書だったとしても、読んでいると疲れてしまうでしょう。そこで、ちょっと違った角度からその章のトピックに関連した内容を紹介するコラムをいくつか挿入してあります。実際の経済での話題を入れているところもあれば、逆に少し発展的な内容を扱うコラムもあります。コラムは読み飛ばしても、各章の理解に影響はありませんが、コラムが出てくるのを楽しみに読んでもらうのも良いかもしれません。

 3つ目に心がけたことは、基本的な考え方を説明するのと同時に最新の経済学の研究結果も少し盛り込むようにしたことです。例えば、11章にある市場の歪みの計測に関する考え方などです。著者の1人(稲葉)は、この市場の歪みが日本経済に与える影響についての分析を専門に行っており、こういった新しい経済分析の結果も教科書に反映させようと考えました。最新とはいっても、もちろん初級レベルとして十分に分かるように解説をしましたので、特に構える必要はありません。本番は入門的なマクロ経済学の教科書ですが、さらに基本的なレベルを超えてマクロ経済学を学ぶきっかけになればと思い、少しだけ発展的なトピックを入れました。

4、まとめ

 著者の2人にとって、本書を執筆する上での最大の目標は、マクロ経済学を「やわらかく」説明することでした。マクロ経済学を初めて学ぶ人だけでなく、すでに知っている読者の皆さんにも楽しんで読んでもらえるようになっているのではと思います。本書をきっかけに、多くの人がマクロ経済学の考え方に関心をもってもらうことを願っています。

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