鼎談
慶應義塾大学法科大学院教授 金山直樹
東北大学大学院法学研究科准教授 得津 晶
青山学院大学経営学部プロジェクト助教 藤森裕美
3 シカゴ・サマースクールの特色
金山 今回のサマースクール、あるいは、シカゴ大学LSの特色として、どのようなことが言えるのでしょうか。スタンフォードに留学経験のあるアキラは、どう思いましたか?
得津 これは、スタンフォードとシカゴの違いというよりは、プログラムの違いだと思います。やっぱり、ロースクールの正規の授業ではケースブックを使って判例を読んで来させて、判例を使って教えていくっていうのが中心になっています。今回のセミナーでもポズナーの授業には少しありましたけれども。あと契約法でいえば、パロル・エヴィデンス・ルールとか詐欺防止法とか、アメリカならではの特殊な法理の説明もなかったですよね。外からみたアメリカ法のイメージというと、自由主義的な法学のイメージで、契約は成立したらなんでもかんでもエンフォースメントしてくれるだろうと誤解している人がいるかもしれませんけど、アメリカはアメリカで十分ドグマティックな制約、あるいは強行法的な規制が、商事契約以外の場面ではたくさん残っています。当たり前ですけど、正規のロースクールの授業では、そういう話もちゃんとやらなきゃいけないわけです。
金山 そういう当たり前みたいなことは、余りやってなかったですね。
ところで、僕は、エリックが授業で売主の錯誤を取り上げた時、いかにもアメリカの自己責任的なルールに合理性があるといわんばかりだったので反感を覚えて、それと異なるルールを立てたフランスのプッサン事件を引き合いに出して、「アメリカのルールが普遍的に通用するとは思えない」と発言しました。のみならず、勇み足を承知で、フランスでは、錯誤の基礎には給付の均衡の思想があるとまで言い切りましたが、実は、フランスからも参加者がいて、授業後、プッサン事件以降の判例の立場について、教えてもらいました。フランス法も変わるし、その見方も様々であることを実感しました。
当然のことですが、アメリカ法の結論が全てじゃない。今回の参加者には、それぞれの自国法があります。その多様性から来る多彩な議論は勉強になりました。
得津 そうですね。このサマースクールのいいところは、参加者がいろんな国から来ているところでしょうか。それはアメリカのロースクールの場合、LLMがあれば同じなんですけれども、LLMだと学生は弁護士が多くなります。今回の参加者の多くは研究者か研究者の卵ということで、アカデミックなリサーチ・インタレストを持っているので、話していて刺激をたくさんもらいました。1週間目と2週間目で席替えがあったんですけれども、1週間目の隣の席の人が台湾人の会社法の先生で、しかも共通の知り合いもいて、コネクションが広がりました。アジアで同じ研究テーマの知り合いを手っ取り早く作ることができる。
金山 2週間という短期で、こんなにエフィシエントなことはない。
得津 それはそう思いますね。カンファレンスだとワンショットなので、まぁ名刺交換をして終わりなんですけど、今回は2週間も一緒にいました。しかもこのセミナーは勉強だけじゃなくて、ミシガン湖畔でバーベキューをしようとか、自転車を用意してくれてダウンタウンの方まで行ってみようとか、短期間の間によくもこれだけ、という程多くのソーシャルイベントがありました。そのおかげで、お互いに仲良くなれましたね。
金山 野球観戦もありました。シカゴホワイトソックスとトロントブルージェイズの試合で、ゲーム自体はつまらないものでしたが、ホットドッグとアメリカンビールは満喫しました。
得津 そういうのがあるおかげで、親交が深められました。1年間とか2年間の留学に行くほどじゃないですけども、1回学会に出るよりは、遥かに密な関係を築けたと思います。
金山 コロキアの話をしましょう。事前に要旨を出して、選考の上、発表者が決まるというシステムでしたね。
藤森 18人枠でした。
金山 僕もPACLについて発表したのに、アキラは何でしなかったの?
得津 僕、アブストラクトは出したんですけどフルペーパーが締め切りの4月15日に間に合わなかったんです。
金山 もったいない。ヒロミは、ちゃんと報告したけど、その動機は?
藤森 正直、コロキアで発表がないのであれば、サマーセミナーに参加するつもりはありませんでした。
金山 実績を作りたかったから?
藤森 実績というより、やはり研究者としては発表に対するオーディエンスからのコメントを踏まえ、それを自分で発展させて論文にすることが仕事ですから。とくに若手研究者にとって、1日1日が勝負なので、授業料を払ってまで2週間も行くとなると、それなりのハードルもありましたので。
金山 で、報告の反応は?
藤森 コロキア発表者の中で、専門分野が近い人たちと、共著を書こうかという話も出ました。また、日本の会社更生法に関する、有益なコメントももらいました。何より司会を担当してくれたシカゴ大学の教員から、しっかりアドバイスをいただけたことが重要でしたね。それに基づき、比較法の概念を取り込んだ内容にブラッシュアップし、国際ジャーナルに投稿しました。それからこれは、ある報告者に対してだったのですが、どういうポイントを押さえて、どこに重点を置いて、まずなにを言わなければならないのか、といったロジカル・シンキング的な発表の仕方まで指導する場面に出会わしたことは、初心にかえることができるきっかけとして、良かったと思います。
金山 サマースクールから少し離れますが、シカゴ大学には独特のファミリーな雰囲気があるように思います。夏休みにもかかわらず、毎週のようにファカルティメンバーがランチタイムに集まって、研究会をやってるんですね。僕は声をかけてもらったので、行ったんですけど、そこには美味しそうなサンドイッチやフルーツが並べられていて、院生などは食事目的で来てるような気もしました。我々がやり方を見習うべきだと思ったのは、予めペーパーをメールで配布して、参加者はそれを読んでから来るという前提で、当日はプレゼンなしに、いきなりディスカッションから始める、というやり方です。僕が行った時は、比較憲法学者のギンズバーグのペーパーでしたが、若手の人にけっこうやり込められたような場面もありました。研究会に出席していたランデルは、その日の午後の授業の冒頭で、そのことを紹介しながら、「公表されたものを読むのでは遅すぎであって、常に進行形で、公表前のを聞いて、また公表前のを人に叩いてもらうことが大事」だと言ってました。そして、みんなで議論してお互いに高め合うのがシカゴの特徴で、ハーバードにはそれが全然ない、とも言ってました。
この話を聞いて、慶應LSは反省しなければ、と思いました。ローが出来た後は、みんな忙しくて、ある意味でファカルティメンバーも非常勤講師化してしまって、研究会もろくにできないのが現状だからです。だから、たとえばローの授業の一貫として、民法教員全員が担当する科目を作って、担当教員がそれぞれ順番に未発表のペーパーを配布し、学生も教員も一緒になって議論をするという形の授業ができればいいなぁ、と思いました。実は、今年度、何人かの有志と、「民法研究入門」という科目を開講するのですが、それをヴァージョンアップして、より生き生きとした交流の場にしなければならないと感じました。
今回は憲法がテーマでしたが、そこには、いろんな分野の人が来ていました。そのことも、とても大事だと思います。日本でも、古き良き法学部では、法学担当者も政治学担当者も一緒になって、月1回ぐらい、定期的に研究会をしてたんです。今ではその多くが、いろんな事情から、専門化したり、消滅してしまったりしています。残念なことです。
アメリカでは、研究者はいろんな分野を広く研究してますね。エリックも、国際法やグローバル化に関する論文を書いています。だから、ひょっとしたら、彼らの頭の中では自分に関係しない分野っていうのはないのかもしれない。それに比べて、僕らは視野が狭く、民法は民法、商法は商法といったことになりがちです。
4 後輩へのススメ
金山 今回のプログラムは基本的には研究者向けなのですが、今後、どういう人にオススメしますか?
藤森 多分読者の皆さんが気になると思うのですが、本プログラムにアプライしたときに選出される条件をディレクターに聞いてきましたのでお話したいと思います。
金山 ぜひとも、後輩のために。
藤森 はい。1つ目は、教員であること。法律でも、経済学でも、教えるという仕事をしていることです。2つ目は、ヤングすぎず、かといってオールドすぎずです。その理由は、受講生の今後の可能性やポテンシャルを重視するからです。3つ目は、お2人の前で申し上げにくいのですが、今後は法学者よりは経済学者を多く採りたいということでした。私は経済学専攻なので、マイノリティではないかという心配があったのですが、オムリは、むしろ、経済学者が望ましいとおっしゃってくださったので安堵しました。ですので、もし、この『書斎の窓』の読者の中に経済学専攻の方がいらっしゃれば、今後はさらに可能性があると認識していただければと思います。
得津 やっぱり若い人に行って欲しいですよね。本当は、できれば修士の早いうちに行けるといいと思います。論文を書く段階になると、学界のアカデミック・ゴール的なものに合わせていくってことは修士論文としても必要になってきます。たしかに、民法では、法と経済学はすぐには役に立たないかもしれませんが、早い段階で法と経済学を頭の片隅に入れておいて、使えるチャンスがあると思ったら使って欲しいな、という希望を抱いています。もしかしたら修士論文を書いたものの、失敗して博士論文ではテーマを変えようと思っているような人も参加すればヒントも転がっているかもしれません。そのほかにも、授業負担が少ない大学に就職できた1年目の教員であれば、時間をやりくりすれば行くことができるのではないでしょうか。
金山 中国からは、博士課程くらいの若い人が大量参加でしたね。だから、教員でなくても構わない。
藤森 おススメの話でいいますと、治安が心配で参加に消極的だった人には、安心して参加して欲しいです。やはりシカゴというと、ゲーリー・ベッカー(Gary Becker)の「犯罪の経済学」じゃないですけど、犯罪率は気になるところですよね。
得津 町の治安の問題ですね。
藤森 そうです。FBIの調査によると、シカゴの犯罪率は、アメリカ全土平均の約4倍だそうです。キャンパス内に寮や食堂等、全て集約されているにもかかわらず、参加者の中には、犯罪率の高さが1つのネックだったという方もいましたが、行ってみたら意外と安全でしたね。
金山 怖い雰囲気のところはなかった。
藤森 シカゴの警察官の半分がシカゴ大学におり、1ブロックの四隅に1名ずつ配備されています。
金山 シカゴ大学がお金を払っているみたいだけど。
藤森 そうです。さらに、100メートルおきにエマージェンシーのボタンがあり、深夜も警察官がおり、キャンパス内は、ザ・シカゴというイメージは全くなかったですね。もっとも、キャンパスが街の外れにあるので、ダウンタウンまで行くのはかなり大変でした。
もう1つは、私としては修士論文より、博士論文の最終章を書いているようなときに行ったらどうかと思います。専門分野における知識を使って1つの体系をまとめ上げようとする最後の段階で、あえて異なる分野に飛び込み、異業種交流的かつ最前線のアカデミックな雰囲気で勉強ができるといいかな、と思いました。共同研究者を探すのにも適していますし、それこそシカゴ大学と何らかの関係性を築きたいと思っている人たちにも有益と思います。
金山 そこで考えている博士論文のテーマは、もちろん、ロー・エコですか。
藤森 そうですね。たとえば経済学者であれば、経済学を使って人間行動を予測するためのアプローチとして、何らかの分析をしてきました。そして、法律学を用いて、諸制度がどのように人間行動に影響を及ぼすのか、実際のケースを見ていくということが実用になりますよね。日本の経済学部では、それらの多くは「都市経済学」「労働経済学」「医療経済学」という講義名のもとに行われており、経済学と法律学は結びつきが強いと考えます。2014年1月号の『書斎の窓』で、マーク・ラムザイヤー先生がそういった話をしていました。そこでは、あくまで経済学はアプローチの1つであって、法律学はケースや対象ということになります。ですので、経済分野の博士論文は、法律学に関係したもので少なくとも1章は書けるはずです。
金山 僕は、シカゴの夏期講座は、もともと英米法をやってる人よりは、大陸法にどっぷり浸かっている人の方が効用が高く、多くの刺激を受けることができるのではないかと思います。2週間ですので、誰でも頑張れば何とか参加できるでしょう。大陸法をやってる人にとっては、アメリカ法入門、アメリカ的発想入門みたいなところを兼ねていますので、それも有益だと思います。毎年、申込締め切りは1月1日のようですが、遅れても何とかなります。
他にもいろいろあるでしょうが、そろそろ時間ですので、最後に、一言ずつお願いします。
得津 僕はもともとはこういう座談会をやるのは反対だったんです。いろいろな状況の方がいるので、無責任にこのプログラムを勧めるのは嫌なんです。でも、そもそも、こういうセミナーがあるということを知らないと話が始まらないので、それを知ってもらうためだけでも、こういう座談会があっていいのかなという気がしました。
藤森 私からは、3点あります。1つ目は、できれば開講時期を少し遅らせて欲しいですね。これまでのように、7月初旬にプログラムされた場合、日本の教員は休講をせざるを得ず、その分、補講をしなければならないので、セミナーの前後にすごい仕事量をこなすはめになります。2つ目は、一方でシカゴ大学のセミナーは、住居費とほとんどの食事も込みで、2週間で合計2,500ドル(申込金込み)と、破格の参加費が魅力ですね。その上、若い研究者(学生)の多くは割り引きの恩恵を受けていました。たとえばミシガン大学やLSE(ロンドンスクールオブエコノミクス)であるとか、他にもサマースクールはありますが、これらの場合には、宿泊費は別途で、授業料だけでも3,000ドル近くになるそうです。
得津 あと参加者同士の仲よかったですよね、飲みにも行っちゃったしね。
藤森 そうですね。それが3つ目になりますが、他のセミナーでは、参加人数が2,000人近くになることもあり、参加者同士でそこまでいい関係性を築けなかったと聞いています。ですが、今回のシカゴ大学のセミナーでは、75人と少人数制で、参加者には2週間、何とか「サバイブ」した者同士という絆が生まれ、また深まったと思います。そして何より、シカゴ大学の教職員の皆様が暖かく迎え入れてくださったことに感謝申し上げます。
金山 僕は今回のシカゴ行きについては、最初に話した鶴見さんの他、昨年度、セミナーを受講した早稲田大学の青木則幸さんや、同僚のジェリー・マクリンさん、そしてシカゴLS卒のデヴィッド・リットさんから、寮生活の必需品について教えてもらい、また、教授やレストランを紹介してもらいました。そうしたサポートには本当に助けられました。心から感謝したいと思います。
話は尽きませんが、時間になりました。今日の話が読者にとって有益であることを祈りましょう(1)。本日は暑い中、お疲れさまでした(2)。
(2015年8月13日、青山学院大学にて)
(1)シカゴ大学の夏期ロー・エコセミナーのサイトを、ぜひ参照して頂きたい
(http://www.law.uchicago.edu/summerschool/students)。
(2)紙幅の関係で省略した箇所を含めた本座談会の記録全文は、東北ローレビュー3号に掲載予定である。