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書斎の窓

自著を語る

『人生を変えるMBA
――「神戸方式」で学ぶ最先端の経営学』

神戸大学大学院経営学研究科教授 黄磷〔Huang Lin〕

神戸大学専門職大学院(MBA)編
四六判,328頁,
本体1,800円+税

 今年6月に、『人生を変えるMBA』を有斐閣から刊行することができた。本書のタイトルは、もともと現代経営学研究所(RIAM)の会報誌『ビジネス・インサイト』の神戸大学MBA創設20周年に関する特集号で使われていたものである出版社の編集者からの提案で書名として採用した。この書を読んでいただくことでより多くの方に神戸大学MBAの魅力を知っていただけると、私は確信している。

 本書の内容は、2014年に25周年を迎えた神戸大学MBAの独自の設計思想と教育方式――いわゆる「神戸方式」――のエッセンスをまとめたものである。2014年度のMBA教務委員を私が務めたことから、本書の出版企画を担当し、編集委員会の一員となった。本書のなかで、神戸大学が実践している日本型MBA教育の中核となるコンセプトとその進化、MBAプログラムで講義されているコンテンツ、そしてMBA修了生や現役生が語る特色のあるプログラムの実態を3部に分けてまとめている。

 過去25年間に、神戸大学MBAでは、単に欧米の教育方法を模倣するのではなく、日本産業界で求められている高度で専門的な経営学教育の在り方を追求し、魅力的でメリットのある独自のプログラムを絶えず進化させてきた。以下では、欧米や中国のMBA教育に触れて私自身が感じたことと若干の思いを記してみたい。

1 米国のMBAプログラム

 2012年夏、国際共同研究のため約1カ月ボストンに滞在した。たまたまではあるが、窓からちょうどマサチューセッツ工科大学(MIT)サローン・マネジメント・スクールのメイン・ビルディングを見下ろすマンションの部屋に暮らした。その間にMITのMBA学生による海外調査研究成果報告であるポスター・セッションがあったので、その発表内容と研究成果を観察する機会を半日得ることができた。

 このポスター・セッションでは、MITのMBA学生がチームを組んで研究テーマを設定し、約3カ月米国以外の大学へ短期留学して現地企業でのヒアリングなどのフィールドワークをした研究成果を1枚のパネルにまとめられていた。1つのチームは4、5人で構成されており、約30のチームがあった。それぞれのチームが設定したテーマは多岐に亘り、現地調査した企業や産業に沿う研究内容となっていた。先端的なテーマで緻密なデータを提示していたパネルもあれば、現地のレストランでの打ち上げの様子を写した写真を中心に貼っていたパネルもあった。

 驚いたのは、半数以上のチームが中国の各地の大学に滞在し、中国企業や中国市場に関する調査をしたことである。中国で調査研究した各チームのメンバーの名前を見ると、中国人の学生が複数名か1名いた。日本をフィールドにしたチームは2つあった。電通とAKB、そして、TSUTAYAとTカードを研究テーマにしていた。残りの約十チームはアフリカや中東などをフィールドにしていた。

 90年代にMITで学位を取った同僚の教授によれば、MIT留学当時のプログラムには学生が十数名いたが、アメリカ人は2名ぐらいしかいなかったそうである。2012年夏に私がみたMITのMBA学生には、アメリカ人が何人いたのかわからないが、大半の学生が世界中から、とくに中国からの留学生が多かったことは間違いない。

 アメリカのビジネス・スクールは、戦後しばらく戦争から帰ってきた復員軍人に産業界に転身するステップを提供していた。60年代から70年代に、MBA学生は大企業などから派遣されてビジネス・スクールに送り込まれていた。80年代になると、企業派遣が減り、7割以上のMBA卒業生はウォールストリートか、コンサルティング会社に転身していた。そして、90年代になると、ハーバードであれ、MITであれ、ウォートンであれ、アメリカのビジネス・スクールには世界各国から学生が受けにくるようになり、2000年以降は、中国人留学生が大きな比率を占めるようになった。海外調査研究がプログラムに組まれているため、アメリカのトップスクールの学費も年間400万円を超えて大変高額になっている。

 ビジネス社会のプロフェッショナル人材になるためには、企業活動が成り立つために必要なすべての知識、人事、財務、組織、製造やロジスティクス、マーケティングなどの経営学の専門的な理論と知識を体系的に習得できることが必要条件である。アメリカのビジネス・スクールに集まる学生の変遷をみると、標準化された経営学の専門的な理論体系と知識を習得させることは、MBAプログラムの中心的なコンテンツではあるが、独自性のあるプログラムにならない。

 企業の成り立ち、市場競争のあり様は、アメリカ、日本、中国、アフリカでは大きく異なる。それぞれの母国の企業でMBA修了後に学生が活躍するためには、それぞれのフィールドに合わせた教育内容をローカライズする必要がある。

2 中国のMBAプログラム

 2004年3月に神戸大学の中国コラボレーションセンターが北京に開設された。私はセンター長としてさまざまな形で北京大学、清華大学や復旦大学のビジネス・スクールと学術交流を行ってきた。

 北京大学の光華管理学院と学生交流について協議した際、学部生やフルタイムの修士(MBA学位)学生に関しては、海外留学を希望する学生の数よりも、学生交流協定の人数枠の方が多いため、学生1人は2、3の海外協定大学に対して留学希望を出すことが可能な状況になっているという説明を受けた。そのため、日本の2、3の大学と学生交流協定を結んでいるが、実際学生を日本の協定大学へ派遣した実績がないという。

 中国の大学には、エクゼクティブMBA、すなわち、働きながら週末の集中講義で1年や2年で修了するMBAプログラムが約15年前から大変人気で、トップスクールのEMBAの学費も20万元から30万元、さらに40万元へと年々高くなっている。

 そこでは、やはり翻訳されたアメリカの標準的なMBA教材が使われているが、必ず欧米や日本への海外短期研修がプログラムに組み込まれている。また、海外の大学から招聘した著名な教授による集中講義を売り物にしていた。しかしながら、よく聞かれるEMBA学生の反応は、海外から来た教授が取り上げているケースや講義されている内容と、EMBA学生の置かれている市場環境や企業の状況とは大きな隔たりがあるという意見であった。

 それぞれの国のビジネス社会において、中核となる経営人材になるためには、単に標準化された経営学の専門的な理論と先端的な知識を習得する事だけでは不十分である。中核的な経営人材が持つべき事業観、人間観、洞察力、行動力や企業家精神を自発的に学習し、持続的に学び続け、自身を成長させる能力を手に入れることができるような高度なレベルのプログラムにしていく必要がある。

3 日本のMBAプログラム

 話を『人生を変えるMBA』に戻したい。MBAプログラムを開始するにあたって、様々な業界の企業の人事担当責任者から、日本の産業界で求められている高度な経営学教育のあり方に関する意見と情報を集めた。また、平日夜間の1年半という形からスタートし、金曜日の夜と土曜日に講義を集中させ、1年間でMBAを取得できるコースを設置して、様々な可能性を模索した。紆余曲折を経て現在の土曜日集中1年半というプログラムになった。

 神戸大学MBAプログラムの核となるのは「働きながら学ぶ」というシステムである。今や日本のMBAプログラムの業界標準となっている。ハーバード・ビジネス・スクールのケース・スタディを手本にしてより老舗の慶応ビジネス・スクールも2015年度から神戸方式を採用することになった。「働きながら学ぶ」ことの意義とメリットは、本書の中で詳しく解説しているが、その最大の効用は学んだ理論や知識を素早く、そして深く実践に持ち込み、学習を深化させて自身の能力を短期集中的に高めることにある。

 神戸大学MBAのもう1つのコンセプトは「プロジェクト方式」である。本書の第Ⅲ部の中にまとめているMBA卒業生やMBA現役生の記述は、プロジェクト研究の効用と効果を詳細に語っている。

 本書を通読したら、神戸大学MBAで学ぶことは将来の職業生活に必ず役立つこと、修了後にも活かせる大きな資産を得られることを理解していただけると思う。「人生を変えるMBA」という書名にはこのような意味を込めている。

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