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書斎の窓

自著を語る

『会社法』(有斐閣ストゥディア)を執筆して

同志社大学法学部准教授 白井正和〔Shirai Masakazu〕

中東正文・白井正和・北川徹・福島洋尚/著
A5判,266頁,
本体1,900円+税

1 はじめに

 会社法を初めて学ぶ方を主な対象として、新しい教科書シリーズ・ストゥディアの『会社法』を、名古屋大学の中東正文教授、成蹊大学の北川徹教授、早稲田大学の福島洋尚教授とともに執筆する機会を得ました。以下では、本書の目的や工夫した点などを紹介させていただきます。

2 会社法の分かりにくさ・学びにくさの原因は何か

 ストゥディア『会社法』を執筆するに際して私たち著者4名が最初に取り組んだことは、会社法を初めて学ぶ方が同法を学ぶに当たって、どのような困難に直面するかを掘り下げて理解しようとすることでした。執筆会議において議論した結果、著者4名の間で、会社法を初めて学ぶ方が直面する可能性の高い困難として、大きくは次の3つの点が挙げられるのではないかというコンセンサスが得られました。

 第1の困難として、とりわけ社会人として会社で働いた経験のない(または乏しい)学部生にとって、会社法が議論しようとしている内容を具体的なイメージを持って理解することは容易ではないことが挙げられます。そのため、例えば、会社の機関に関する説明の中で株主総会という会議体に関する様々な手続についても説明することになりますが、学習者が株主総会について具体的なイメージを抱くことができない場合には、株主総会に関する手続として会社法が定める内容を説明してみても、単に学習者に暗記を強いるだけのことになりかねません。

 第2の困難として、会社法を学ぶに当たり理解することが求められる制度や概念の中には、特に学部生にとっては難解であると感じる可能性のあるものが含まれていることが挙げられます。このことは、会社法が議論しようとしている内容を具体的なイメージを持って理解することは容易ではないという第1の困難とも相俟って、学習者が会社法を学ぶに当たって大きな困難とストレスを感じる原因ともなりかねません。例えば近年では、業績連動型の報酬として取締役にストック・オプションを付与する事例が増えつつありますが、ストック・オプションという制度を十分に理解するためには、株主と取締役との間の利害状況を一致させる必要性について理解することや、新株予約権の付与およびその行使を通じた新株発行の仕組みとその機能について理解することが求められます。

 第3の困難として、会社法は、学習を進める中で接することになる情報量が(他の分野と比較しても)多いと考えられる分野であることが挙げられます。会社法は1000条を越える数の条文によって構成されており(法務省令に委ねられた内容や金融商品取引所が制定する規則の内容まで含めれば、必要な条文の数はさらに増えます)、また、会社法が議論の対象とする分野も、会社の機関に関するもののみならず、資金調達・利益分配に関するものや組織再編に関するものまで、様々な内容のものが幅広く存在します。こうした点に加えて、会社法分野における多数の判例に関する情報や、法改正が多い分野であるため法改正に関する情報についても、少なくとも一定程度は理解する必要があるため、会社法を初めて学ぶ方にとっては、どの情報をどの程度理解すれば十分といえるかについて思い悩むという事態も考えられないではありません。

3 ストゥディア『会社法』で試みた工夫

 会社法を初めて学ぶ方が直面するであろう以上の学習上の困難について認識した上で、ストゥディア『会社法』では、次のような工夫をすることで、学習者が以上の困難を克服する手助けとなることを目指しました。

(1)会社法の考え方を説明する

 1つ目の工夫として、先ほど述べた第1および第2の学習上の困難に対応する観点から、会社法の考え方をできるだけ丁寧に説明することにしました。具体的には、①会社法を学ぶ上で有益であると考えられる基本的な視点を第1章「総論」で述べるとともに、②第2章以下の各論においても、会社法に関する個々の制度を説明するに当たり、「なぜそのような内容の制度が必要か」という制度の背後にある考え方をできる限り示すようにしました。

 会社法は会社をめぐる利害関係者の権限分配と利害調整のための法といわれることがありますが、第1章では、①会社法が採用する権限分配の仕組みの全体像をその理由とともに簡潔に示した上で、どのような利害調整がなぜ必要になるのか、利害調整に当たってはどのような視点を持つことが重要かについて説明しています。そしてそのことを前提に、第2章以下では、会社法に関する個々の制度の内容を説明するだけでなく、②それらの背後にある考え方を、第1章で述べた会社法を学ぶ上での基本的な視点との関係をできる限り示しながら記述するよう心がけました。例えば、取締役の義務に関しては、取締役は出資者である株主とは異なり会社の利益を最大化する十分なインセンティブがあるとは限らない点を指摘した上で、(株主が分散している可能性や経営の意思や能力が十分ではない可能性を考慮すれば、取締役に職務の執行を委ねることは一般には望ましいと考えられるものの)取締役の適切な職務の執行を確保するための何らかの仕組みが必要であることに言及し、そのような仕組みをいくつか紹介する中で、そのような仕組みの1つとして取締役に義務を課すことについて説明しています。

 もちろん、①会社法を学ぶ上での基本的な視点や②個々の制度の背後にある考え方に関しては、これが常に正しいといった正解は存在しません。そのため、会社法を初めて学ぶ方を主な対象とした教科書であるという点を十分に踏まえながら、どのような説明を採用することが適切かについて著者4名で何度も議論を重ね、意見のすり合わせを行いました。

 なお、具体的なイメージを持って理解することが難しいという第1の学習上の困難に対応するための工夫としては、例えば会社実務に関する詳細な情報を示すことを通じて、読者に具体的なイメージを形成してもらうことも考えられないではありません。ストゥディア『会社法』においてもこうした工夫を一部は取り入れていますが、本書では主に会社法の考え方を丁寧に説明するというアプローチを採用することで、第1の困難に対応することにしました。その理由として、私たち著者4名が研究者であり実務家ではない(したがって実務家ほど会社実務に精通しているわけではない)ということもありますが、何より限られた紙幅の中で読者に納得感を持って読み進めてもらうためには、折に触れて何度も会社法の考え方を説明し、その考え方を理解してもらうことが一番であると考えたからです。会社で働いた経験のない学部生であっても、サークル活動などを通じて何らかの組織に所属した経験は通常あるでしょうから、組織に関する諸問題を扱う会社法の考え方を丁寧に示しさえすれば、自らが所属した組織に関するこれまでの経験から想像を膨らませることで、具体的なイメージと納得感を持って本書を読み進めることは十分に可能であると思われます。

(2)扱う内容を厳選する

 次に、2つ目の工夫として、ストゥディア『会社法』においては扱う内容を厳選し、想定される読者層にとって重要性の高い事項に内容を絞りました。1つ目の工夫として紹介した、折に触れて会社法の考え方を示すというアプローチは学習上有効ですが、そのデメリットとして、個々の記述が(制度の概要を示すだけの場合と比較して)どうしても長くなりがちです。その一方で、先ほど述べた第3の学習上の困難に対応し、初めて会社法を学ぶ方が半年程度の期間で特に困難を感じることなく読み通すことが可能な分量にとどめるという観点からすれば、本書は多くとも250頁程度に総ページ数を抑えるべきであると考えました。そして、分かりやすい教科書であることを目指しながら、同時に扱う情報量(総ページ数)を抑えることを実現するためには、本書において扱う内容の取捨選択が必須になります。

 扱う内容を取捨選択する上で重要となるのは、想定される読者層をどこに置くかという点です。ストゥディア『会社法』では、(もちろん法科大学院を受験する予定の学部生にとっても有益な内容となるよう配慮しましたが)企業への就職を将来の進路として考えている学部生を主な想定読者層とし、彼ら・彼女らにとって必要な情報は何かという観点に基づいて扱う内容を取捨選択しました。その結果、本書では、主として取締役会設置会社を対象に記述することとし、また、会社の機関に関する説明を厚くする一方で、組織再編や設立・解散に関する記述は必要最小限度にとどめることにしました。

(3)読者が飽きない工夫を凝らす

 最後に、3つ目の工夫として、読者がストゥディア『会社法』を読み進める上で、読むことに挫折したり飽きてしまったりしないような工夫を凝らすよう心がけました。

 まず、説明の順番を工夫しました。具体的には、伝統的な教科書でみられるような会社法の条文の章立ての順番とは異なり、会社の機関に関する説明を最初に配置した上で、会社に関するお金の出入り(株式・資金調達・計算)の説明をし、その後で組織再編に関する説明をしています。以上の説明の順番は、会社法が扱う内容を機能的な観点から分類(ガバナンス・ファイナンス・リオーガニゼーションに分類)したことが理由です。

 また、第2の学習上の困難に対応する観点から用語説明を充実させたり、図や表を用いて整理したりするとともに、発展的な内容は本文ではなくコラムに移すなどして記述にメリハリをつけることで、初めて会社法を学ぶ方であっても困難なく読み進めることができるよう工夫しました。

 さらに、原則として各節の冒頭にSCENEを設けたこともストゥディア『会社法』の大きな特徴です。SCENEを設けることで、会社法が扱う内容を読者に身近に感じてもらうようにするとともに、SCENEで登場する青葉さんという新入社員(想定される読者層に近い年齢の人物)の成長を通じて、読者も本書を読み進める中で徐々に会社法を身につけ、日々成長していることを実感してもらえればと考えています。

4 おわりに

 最後に蛇足ながら、正直に申しますと、ストゥディア『会社法』の企画に関するお話を最初に編集部からいただいた際には、お引き受けするかどうかについてかなり悩みました。会社法の教科書に関してはすでに優れた教科書が多数存在する中で、新たに教科書を執筆する意義はどの程度あるのだろうかという疑問があったからです。もっとも、会社法を初めて学ぶ学部の2年生・3年生と日々接する中で、彼らの声にできるだけ耳を傾け、会社法を初めて学ぶ方にとってより使いやすい工夫を凝らした教科書を提供しようと試みることは、それが成功するか失敗するかを問わず、大学教育に携わる者として有意義なチャレンジの1つであると考え、今回ストゥディア『会社法』の企画に参加しました。もちろん本書が、会社法を初めて学ぶ方にとって使いやすい、分かりやすい教科書となっているかどうかは、読者のご判断・ご批判を俟つよりほかありません。忌憚のないご意見を頂戴できれば幸いです。

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