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書斎の窓

自著を語る

金融は世の中に必要なの?

――『金融のエッセンス』で伝えたかったこと

上智大学経済学部教授 川西 諭〔Kawanishi Satoshi〕

川西諭・山崎福寿/著
A5判,274頁,
本体1,900円+税

悪いイメージがつきまとう「金融」

 最近、金融に対して悪いイメージを持っている人が増えているように感じる。バブルの崩壊、アジア通貨危機、リーマンショックなどの経済全体に関わるような問題から、クレジットカード破産などの身近な問題まで、ニュースに登場する金融の話は暗いものが多いし、漫画や映画、テレビドラマを見ると金融はしばしば弱肉強食の厳しい世界として描かれるから、悪いイメージを持つのも無理もない。

 もちろん、金融に対する悪いイメージは昔からある。古今東西、高利貸しといえば悪者の代表であるし、お金を貸して利子を要求すること自体が不当だと考えられていた時代もあった。今の社会にもそのように考える人はいるだろう。そういう人が利子をとってお金を貸す銀行をよく思うはずはない。とても悲しいことだが、金融業を「虚業」と蔑む人たちにも時々出会う。

 金融を知っている人(金融研究者や金融業界の人たち)の多くは、こうした悪いイメージを持っていないから、悪いイメージは、金融を知らない人たちの持つ誤解、あるいは偏見だ。

 

 「金融に対する誤解や偏見が解消されるような教科書を書きたい」

 

 どんな教科書を書いたらよいかと考えたときに、最初に浮かんだのがこの思いだ。

なぜ金融を学ぶのは難しいのか?

 金融を学べば、誤解や偏見は少なからず解消できるのだろうが、大学に入っても金融を学ばない人や学ぼうとして挫折してしまう人が多い。実際、大学の金融の授業や教科書は難解なものが多く、金融に関心があり、学ぶ意欲の高い学生たちでも理解するのに苦労する。難しいから金融を学ばず、金融を知らないから、偏見が解消されない。金融教育の必要性が叫ばれているのに、それが進まない原因はここにある。

 教科書を書いても難しくて読んでもらえなければ、誤解や偏見を解消することはできない。初めて学ぶ人たちでも、挫折することなく理解できるようにするにはどうしたらいいか。そもそも、どうして金融は難しいのだろうか、どうすれば初めて学ぶ人たちにも理解してもらえるのか。教科書を書き始めてすぐに、こうした課題との格闘がはじまった。

 初学者の目線で考えてみると、現代の金融の仕組みは本当に複雑で難解だ。しかし、それを説明する教科書の説明もまた高度で難解だ。複雑な金融の仕組みを詳しく説明していたら、誰だって嫌になる。とても複雑で難しい現代の金融だが、もっとも基本的な仕組みをひとまず理解することができれば、金融を避けることなく、うまく付き合っていくことはできるはずだ。そのように考えて、これだけは押さえなければならない「金融のエッセンス」だけをわかりやすく伝えるという方針に固まっていった。

 数式はなるべく使わない。理論や理屈だけではなく、金融にまつわる歴史的な、あるいは最近の事例を紹介して、論より証拠で納得してもらう。初めて金融を学ぶ人が抱くような素朴な疑問「なぜお金を借りるときに利子をとられるのか?」「なぜ銀行員の給料は高いのか?」などを読者と一緒に考えていく流れにする……などなど、初学者に理解してもらえるように色々な工夫をした。

 これだけは押さえなければならない「金融のエッセンス」として、本書では特に2つのテーマに力を入れることにした。

金融取引はゼロサムゲームではない

 1つは、金融には社会を豊かにする力があることだ。金融というと弱肉強食やマネーゲームを思い浮かべる人が大勢いる。こういう人たちは、「金融取引では、勝つか負けるか、得する人がいれば必ず誰かが損をする」、金融の世界を利益の合計がゼロになる「ゼロサムゲーム」と考えている。こうした考えでは、悪いイメージしか浮かばないとしても無理はない。

 ゼロサムゲームという誤解が生まれるのは、金融取引のお金の流れだけしか見ていないからだ。利子を受け取るものがいれば、利子を払うものがいる。これだけ見ていたら、一方が得をすれば、他方は損をするように思える。

 しかし、少し考えれば、「お金を借りる人はなぜ利子を払ってまで借りようとするのか?」という疑問が浮かぶ。さらにもう少し考えれば、支払う利子以上の利益が見込めるから借りるのだということがわかる。強制されていないのにお金の貸し借りが行われるのは、貸し手だけでなく、借り手にも利益があるからだ。お金の貸し借りの裏側にある利益の機会まで見えてくると、金融取引がゼロサムではなく、ポジティブサムのゲーム、Win−Winの取引であることがわかる。

 しかし、ゼロサムゲームの思考が染みついてしまった人たちや、そのような影響を受けた学生たちは理屈だけではなかなか納得してくれない。論より証拠がほしいのだ。そこで、本書では経済発展の歴史とその中で金融が重要な役割を果たした事例を紹介している。

 世界を変えるような技術が発案されても、それを具体的な形にすることができなければ絵に描いた餅。何の役にも立たない。ジェームズ・ワットの蒸気機関が工業の歴史を変えるためには、マシュー・ボールトンという資本家による資金提供が必要だった。ワットの蒸気機関が生んだ利益は、ワットだけでなくボールトンにももたらされ、まさにWin−Winの関係、ポジティブサムのゲームになっていた。

 金融が社会を豊かにする力を理解するためのもう1つの好事例はグラミン銀行だ。グラミン銀行は、バングラディシュの貧しい女性たちに融資を行い、貧困問題の解決に貢献したことが評価され、金融機関としては初めてノーベル平和賞を受賞した。貧しい人たちでも、借りたお金を生産活動に使い、利子以上の利益を生み出すことができれば、資産を形成して貧困から抜け出すことができる。金融取引が貧困問題さえも解決する力を持つことをグラミン銀行は教えてくれる。

 ゼロサムではなく、ポジティブサムであると考えられれば、金融に対する見方は大きく変わる。金融機関は、預金者に対してだけでなく、資金の借り手にも利益をもたらしている。株式投資も社会の役に立っている。金融は社会にとって必要なものであるという認識が生まれる。金融を蔑む気持ちや避けようとする気持ちも消えて、金融を学ぶ意欲も高まるようだ。

金融取引はなぜ難しく、なぜ失敗をしてしまうのか?

 もう1つ力をいれたテーマは、金融取引の危険性とその対処法を伝えること。

 金融に悪いイメージを持つ人が多い理由は、金融によって大きな損害を受けたり、みじめな人生を強いられたりする人の話が後を絶たないからだろう。これまでの金融教育、とりわけ大学での金融教育では、この問題をほとんど扱ってこなかった。

 しかし、これこそが金融を学ぶ多くの学生たちに伝えるべきことではないか。

 たとえば、金融が引き起こす身近な問題として、借金の問題がある。返済の見通しがないのに多額の借金を抱えてしまい、借金の取り立てに悩まされ、生活が困窮してしまう話は後を絶たない。最近では、クレジットカードで簡単に借金ができるので、この問題は学生たちにとっても身近な問題だ。

 また、主婦や学生が株やFXなどの取引に大金をつぎ込んで大損をしてしまうという話はよく耳にする。実は、金融のプロといわれる人たちでも金融取引で大失敗をすることがある。世界中の金融機関を巻き込むことになった米国でのサブプライムローン問題では、リスクの高い住宅ローン債券に投資をした世界の金融機関のプロたちが多額の損失を被ることになった。ノーベル経済学賞を受賞したファイナンス研究者を擁する資産運用会社 Long Term Capital Management が投資で失敗をして破たんしたことをご存知の読者も少なくないだろう。

 金融のプロたちによる失敗の原因は、20世紀における金融教育にあるのかもしれない。分野の異なる読者の皆さんには意外かもしれないが、伝統的な経済学や金融論、ファイナンス分野では、人々が合理的であることを前提にしていたため、投資で失敗を犯す可能性について教えられることはほとんどなかった。また、従来の金融教育では、証券の価格が常に適正な水準にあることをも前提にしていたので、価格が暴落する危険があることも教えられてこなかったのだ。

 最近になってようやく、金融取引が、私たち人間にとって、とても難しい取引であることが認識されるようになった。私たちは、時間的視野が狭いために将来のことを考えずにお金を借りてしまったり、たまたま株の売買で成功すると自分は天才だと錯覚してしまったり、損を取り返そうとしてリスクの高い取引に手を出してしまったりする。

 人は、自分が失敗をする可能性がある程度でもわかっていれば注意をするなどして、それに対処することができる。失敗を恐れて、金融を避けていては、金融の力の恩恵を受けることはできない。失敗の危険性を知りながら、賢く金融と付き合うことが大事だ。そのためには、金融取引で陥りがちな失敗について伝えることが何より重要ではないか。

 金融取引の難しさも理屈だけではなく、クイズや仮想実験などを体験してもらうことで、自分たちが陥りがちな間違いに気づいてもらうようにした。

 また、人々の不合理な判断が引き起こす深刻な問題として、バブルについては特に詳しく取り上げた。人々の熱狂によって株式や土地などの資産価格が異常に高騰するバブル現象は、資産の取引に無縁の人たちには全く理解できないことかもしれない。「どうしてあんなに高い価格の株や土地を買ってしまったのか理解できない」と外の人たちが思う一方で、バブル現象の渦中にいる投資家たちは自分たちの行動の異常さに気が付かない。そういう不思議さがバブルにはある。

 近年、行動経済学、および行動ファイナンスという分野での研究により、バブルのメカニズムもかなり明らかになってきた。

 株価の上昇がしばらく続くと、これからも上昇するに違いないと思い込んでしまう。周りの人たちが株を買っているのを見ると、自分も買わないといけないような気がする。何らかの理由で株価が上がると株主は金持ちになったような気がして消費を増やし、景気が良くなって企業業績も改善し、それがさらに株価を上昇させる。こうした、いわゆるポジティブフィードバック構造があることもバブル現象を引き起こす一因だ。そして、合理性に欠ける株式購入の判断は、株価が異常な水準から突如暴落を始めるまで咎められることはなく、誰も自分の行動の問題に気が付くことがない。これがバブルの厄介なところだ。

 世界中で繰り返されるバブルには、金融のプロや学者たちも巻き込まれている。それだけにバブルに対処することは簡単ではないが、暴落の危険性があることを理解し、資産価格が実態よりも割高であることを判断する簡便な方法を知っていれば、バブルに人生を翻弄される心配はなくなるだろう。

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 誤解や偏見を解くなどと偉そうに書いたが、著者である私たちも金融を学ぶまでは、そういう誤解や偏見をたくさん持っていた。金融を学ぶことで、誤解や偏見、疑問が1つ1つ解消されていくたびに、金融の面白さと奥深さに魅了されていった。そういう金融を学ぶ楽しさが読者にも伝わったならば、著者としては望外の喜びである。

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