連載
第9回 世界的格差拡大でマルクスとエンゲルスは復活するか?
早稲田大学政治経済学術院教授 若田部昌澄〔Wakatabe Masazumi〕
『21世紀の資本論』
フランスのパリ・スクール・オブ・エコノミクスの教授トマ・ピケティが書いた『21世紀の資本論』(Piketty 2014)が英語圏で大変な話題になっている。刊行と同時にベストセラーになり、ポール・クルーグマン、『フィナンシャル・タイムズ』紙の名コラムニストであるマーティン・ウルフら著名人がこぞって書評を寄せている。内容に賛否はあれども、議論の構図を変えた力作でありこの問題を論じるには不可欠の著作、というのがクルーグマンの評価だ。他方、否定側の反応も強烈である。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は本書をイデオロギーの産物と断じているし、英『エコノミスト』誌は、分析には学ぶべきところがあるものの、政策提言は社会主義的とする。
フランス語で出版されたときにはほとんど話題にならなかった本が、英訳された途端に大ベストセラーになるのは現代におけるグローバル化と英語のソフトパワーを見せつける。もっともグローバル化は非英語圏の人間に国際的な活躍の場を提供しているともいえる。
背景には世界的な所得格差への懸念増大がある。ピュー研究所が2013年に世界39か国を対象に実施した世論調査によると先進国、途上国に限らず7割以上の人々が、ここ5年間で格差は拡大し、現在の仕組みは富裕層を優遇していると考えている(http://www.pewglobal.org/2013/ 05/28/world-worried-about-inequality/)。英語圏での最近の所得分配の不平等化の進展は良く知られている(図1)。
国民総所得に占める上位1%の急上昇しているのは所得上位1%どころか0.1%である。投資顧問会社ブラックストーンの共同創業者CEOのスティーブン・シュウォーツマンは、2007年2月13日、60歳の誕生日を祝うのに300万ドル(現行為替レートで約3億円)を費やした。そのうち100万ドルは、ロック歌手ロッド・スチュワートによる30分の演奏へのギャラだった(フリーランド2013、65頁)。
ピケティの本は現代の多くの人が関心を寄せる所得分配の問題に正面から取り組んだ意欲作だ。この本の主張は次のように要約できる。第1に、程度の差こそあれ、世界中で所得と富の分配の不平等化が進んでいる。第2に、その原因は経済成長率と資本の収益率を比較したときに、後者が前者を上回るところにある。経済全体のパイの大きさが拡大する分よりも、資本が拡大するので資本の取り分が増えている。確かに、1914年から1945年にかけて一時的に大戦と大恐慌と税制の変化で大幅に平等化が進行し、所得分配の不平等化の進展に歯止めがかかったことがあった。しかし、最近では資本の収益率が経済成長率を上回ることによる所得格差拡大の力――「資本主義の根本矛盾」とピケティは呼ぶ――が回復してきており、将来もこのままの事態が続く。第3に、所得分配の不平等化を是正するために各国政府はグローバル資産税を課すべきである。その資産税は累進税であり、たとえば最低年0.1%から始まり、50万ユーロを超えると2%という税率が考えられる。
実に野心的である。とはいえ、彼は何か独自の経済学を樹立しようというわけではなく、使っている分析概念はあくまで主流派の経済学のそれだ。しかも実証を重んじる最近の経済学の研究潮流に則って、独自の統計データの収集と分析に徹している。タイミングといい、トピックといい、確かに印象的ではある。
19世紀の『資本論』の背景
ところで「資本主義の根本矛盾」という言葉は、題名ともどもマルクスの『資本論』(1867年)を思わせる。そもそも22歳で経済学博士号を取得した後マサチューセッツ工科大学で職を得て前途洋々と思われたにもかかわらず、技術的な経済学に飽き足らず「大きな問題」に取り組み始めたピケティは、本書でもバルザックやジェーン・オースティンといった小説家、そして過去の経済学者にも多数言及している。序論ではリカードウと合わせてマルクスを引用し、かなり詳細に論じ、また批判もしてもいる。たとえば、マルクスの統計データ分析は系統的ではなく、当時多少なりとも利用可能であった萌芽的な国民所得統計を利用しなかったと指摘している(Piketty 2014, pp.229–30)。
マルクスの直面した状況は、産業革命後、まさに所得分配の不平等化が進展した時代だった。激動のこの時代を要約するのは、「イングランドの状態問題(The Condition of England Question)」という言葉である。これは、文芸評論家トマス・カーライル(Thomas Carlyle, 1795–1881)が1839年に用いた言葉である。国の大多数の状態は国そのものの状態を示す。政治家たちはカナダ問題やらアイルランド問題について語るけれど、本当に語るべきはイングランドの状態問題である、と(Carlyle 1840, 5)。1832年の政治改革で財産のある人々まで参政権は拡大したものの、社会の大多数を占める人々はまだ排除されていた。これは貧困と格差による彼らの不満と不安を要約する言葉であった。
社会を鋭く観察する小説家たちも、所得・富の格差と貧困問題に切り込んでいる。エリザベス・ギャスケル(Elizabeth Gaskell, 1810–1865)は詩の形で『貧民の情景』(1837年)を著し、小説『メアリー・バートン』(1848年)の主人公の父親は富裕層と貧民の関係に疑問を抱く労働組合の活動家、参政権の労働者層への拡大を要求した人民憲章(People’s Charter)を求めるチャーチストとして描かれている。
ギャスケルの得意としたもう1つのジャンルに幽霊物語があった。その出版を手助けしたチャールズ・ディケンズ(Charles Dickens, 1812–1870)は、1843年、彼の小説の中でも最も著名な『クリスマス・キャロル』を書いている。これは幽霊物語と産業社会批判を組み合わせたともいえる。
後に首相になる下院議員ベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli, 1804–1881)も1845年、『シビル、あるいは二つの国民』という小説を書いている。それと同年に出版されたのが、マルクスの同志フリートリッヒ・エンゲルス(Friedrich Engels, 1820–95)の『イギリスにおける労働者階級の状態』である(Engles 1845.慣例でイギリスと訳されているが、エンゲルスの対象はイングランドである)。副題には「筆者自身の観察と信頼すべき資料に基づく」とある。父親がマンチェスターで綿業に携わる経営者である彼は父親の工場で働いたことがある。彼はそこで知り合った女工の1人と結婚し、後に父親の仕事を継ぐことになる。
当時のイングランドでは、1人当たりの国民総生産は上昇しながらも、実質賃金の上昇は停滞するという状態が続いていた。ある研究者はこれを「エンゲルスの休止」と呼んでいる(Allen 2009:図2参照)。
彼の本領は、ジャーナリストのルポルタージュを思わせる迫力ある実態描写にある。当時のマンチェスターこそは産業革命の中心地であり、『メアリー・バートン』の舞台でもある。エンゲルスは、底辺にいる労働者階級の現状をひたすら描写していく。長時間労働、健康を害する過酷な労働環境、家庭の崩壊、そしてすでに周期的に起き始めていた恐慌による失業の恐怖。だが、産業革命がもたらした変化を全面的な悪として、過去への郷愁をかきたてるカーライルとは異なり、エンゲルスは変化に望ましい面も見出す。産業革命前の生活は「ロマンティックで居心地はよいが、人間には値しない生活から脱出することも、けっしてなかったであろう」。産業革命は人間を完全な機械にするが、まさにそうすることによって「彼らに対して、物事を考え、人間的地位を求めるようにうながしたのであった」(Engels 1845, S. 14; 邦訳上、30頁)。
ではどうすればよいのか。カーライルの答えは、指導者による労働の軍隊的組織化だった。エンゲルスの答えは革命である。「現在すでに個別的かつ間接的におこなわれている富者に対する貧者の戦いはイングランドで、一般的、全面的かつ直接的にもおこなわれるであろう。もはや平和的な解決には遅すぎる。諸階級はますます分裂の度合いを鋭くし、抵抗の精神はますます労働者を貫徹し、憤慨は高まり、個々のゲリラ戦は集中して、より重大な戦闘とデモンストレーションになる。それはほんのちょっとしたきっかけで、すぐに雪崩がおきる。そのときには、もちろん、『戦いを宮殿に、平和を小屋に!』と鬨の声が全土に鳴りひびくであろう。だがそのときには、富者がもっと用心をしようにも、すでに遅すぎるであろう」(Engels 1845, S. 354, ; 邦訳下、250―1頁)。この最後の言葉は、同志カール・マルクスとの共著、『共産党宣言』(1848年)をほうふつとさせる。
エンゲルスの予言は実現するのか?
ピケティの議論は、資本の収益率が経済成長率を上回っていることに依存している。タイラー・コーエン(ジョージ・メイソン大学教授)が指摘するように、何が資本なのかは曖昧だ(Cowen 2014)。現在はただ国債を保有しているだけで財産が増えるわけではない。仮に株式などに投資するとしたらそれなりの才覚が必要とされる。つまり努力の結果得られた財産なのかもしれない。また、グローバル資産税の前提は、短期的には才能のある人に課税しても労働供給は少なくならないということだ(実証的にはこれは正しい)。だが、長期的にはどうだろうか。
エンゲルスの同時代に、「イングランドの状態問題」を見据えながら、もう1つ別の道を模索した人物がいる。ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806–1873)は、『共産党宣言』と同じ年に出版された『経済学原理』(Mill 1848)で「道徳的見地や社会的見地から考察した労働者たちの状態ということは、近来は以前に比べてはるかに多く思索と討議の対象となってきた」(Mill 1848/1965, II, p.759; 邦訳4、113頁)という。ミルが引き受けた課題は、ここまで市場経済が達成してきたものを最大限に生かし、自由と創意工夫と私有財産制度とを最大限に尊重しながら、富と所得の格差といった市場経済が作り出す問題を解決していくことであった(坂本2014、237―8頁)。貧富の格差への対応は必要である。しかし、それはまず、カーライルのように支配・従属関係を復活させるものであってはならない。また再分配は必要としても、努力の結果得られた財産には適用されるべきではない。累進所得税は勤勉と節約への課税であるとミルは考えていた。もちろん、努力もし、才能もあったのに、機会に恵まれないために失敗する人がいるのは事実だが、「もしもこのような機会の不平等を軽減するためにある優秀な政府が教育および立法によってなしうるであろうすべての事がなされたならば、その上でもなお国民自身の稼得した収入から生ずる財産の差異が不平不満の因となるということは、正しいことではありえないであろう」(Mill 1848/1965, II, p.811; 邦訳5、36頁)。
ただし相続税には累進税を適用すべきとミルは考えた。「ある一定の金額を超える相続財産および遺贈は、課税の対象として非常に適切なものであり、これらのものからの政府の収入は、贈与あるいは財産の隠匿による、十分に防止することが不可能であるような脱税を発生せしめることなしに、大きなものとなしうるだけ、大きくすべきであると考える」(Mill 1848/1965, II, p.823; 邦訳5、37頁)。
「イングランドの状態問題」は、貧困と格差の同居であった。しかし、きわめて皮肉なことにエンゲルスが書いた1840年代中葉、あるいはマルクスが書いた1860年代中葉から、事態は変化し始める。1840年代中葉から、経済成長にもかかわらず停滞していた実質賃金が上昇し始め、「エンゲルスの休止」は終わり、また1860年代ごろから所得分配の不平等度を示すジニ係数も下がり始めた。市場経済は経済成長を可能にし、貧困は徐々に解決されていった。
それから時代は変わり、貧困というよりは格差が問題になっている。格差が問題だとして、その是正をいかに行うべきか。税制だけでなく、ミルが指摘したように教育と立法による機会の不平等格差も重要だ。問題が復帰した現在、過去の議論を再訪する余地はある。
【参考文献】
坂本達哉(2014)、『社会思想の歴史――マキアヴェリからロールズまで』名古屋大学出版会。
フリーランド、クリスティア(2013)、『グローバル・スーパーリッチ――超格差の時代』早川書房。
Allen, Robert C. (2009), “Engels’ Pause: Technical Change, Capital Accumulation, and Inequality in the British Industrial Revolution,” Explorations in Economic History, Vol.46, Issue 1, pp.418−435.
Carlyle, Thomas (1840), Chartism, London: John Fraser.
Cowen, Tyler (2014), “Capital Punishmen: Why a Global Tax on Wealth Won’t End Inequality,” Foreign Affairs, May/June, 158−164.
Engles, Friedrich (1845), Die Lage der arbeitenden Klasse in England. Nach eigner Anschauung und authentischen Quellen, Leipzig: Otto Wigand. (一條和生・杉山忠平訳『イギリスにおける労働者階級の状態19世紀のロンドンとマンチェスター』岩波文庫、1990年)
Mill, John Stuart Mill (1848), Principles of Political Economy In Collected Works of John Stuart Mill, Toronto: University of Toronto Press, Vol.II−III.(末永茂喜訳『経済学原理』岩波文庫、1959︱1963年)
Piketty, Thomas (2014), Capital in the Twenty−First Century, Cambridge: The Belknap Press of Harvard University Press.