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連載

日本国憲法のお誕生

第1回 新憲法啓発の紙芝居

法政大学名誉教授 江橋崇〔Ebashi Takashi〕

はじめに

 1946年、敗戦間もない日本国民は不思議な憲法体験をした。8カ月前まで「不磨の大典」とされていた大日本帝国憲法であったが、敗戦に伴う小規模な改正が政府の方針として公表されていた。それがこの年の3月に実際に発表された憲法改正要綱は、大雑把なものではあったがとんでもない大改正案であり、「主権在民」と「戦争放棄」を二大原則とするというのが政府の説明であった。「一朝目覚めれば天下の人」という言葉があるが、「一朝目覚めれば主権者国民」だったのである。

 同年4月に敗戦後初めての衆議院議員の総選挙が行われて、その後議会で改正案の審議が進み、その様子は新聞やラジオで報道されたが人々が理解するには時間が足りなかった。一番中心の「主権在民」と敗戦によっても国体が護持されたはずの天皇制との関係さえよく分からないままに条文が定まった。

 でき上がった日本国憲法は同年11月3日に「公布」されて全国各地で祝賀行事が行われて、多くの人々が祝典に参加し、行事や余興を楽しんだ。このころから新憲法の画期的な意義を説く解説、啓発の活動が盛んになり、12月1日に帝国議会の外郭団体として「憲法普及会」ができると、シャワーのような普及、啓発が人々に降り注ぐようになった。硬い解説の書物から、紙芝居、レコード、かるたなどの国民向けの啓発グッズまでが多種多様に世に送り出されて、この祝福ムードの中で翌1947年5月3日に新憲法は施行された。

 こうした日本国憲法の生誕の経緯は、社会史としては実はあまりよく分かってはいない。敗戦に伴い主権を喪失し、外国軍隊の支配下にあった国で起きた日本国民の不思議な憲法体験の実相は、その記録も記憶も歴史の闇に隠れてしまい、明らかになっていない。これでは日本国憲法がかわいそうだと思う。

 ところが、日本社会には、当時の社会の実相を鮮明に伝えている史料が実は多数残されていた。それは、1946年、47年当時に大量に作られてばらまかれた新憲法の記念グッズ、啓発グッズである。これらの物品史料は、社会の片隅に捨てられていてだれも見向きもしなかった。だが、それらをよく見て、その語るところに耳を澄ませれば、そこに、今までの正史の叙述では聞いたことのない日本国憲法のお誕生の様相が明らかになる。

 これから、これらのグッズが語る日本国憲法のお誕生を紐解いてみたい。私たちが1946年の日本にタイムスリップして、日本国憲法誕生の当時に、新憲法制定の意義と、象徴天皇制を含んだ主権在民と戦争放棄の二大原則が日本社会でどう説明され、人々にどう理解されていたのかを追体験してみたい。ここに戦後憲法社会史探求の扉が開かれるのである。私は資料の説明、解説はするが、なるべく感想、意見は控えて、その語るところに虚心に耳を傾けてみたいと思う。

京都の紙芝居「憲法の家」

 この連載の第1回は紙芝居から始めたい。憲法記念紙芝居と言えば、東京渋谷の街頭で実演するところが当時のアサヒグラフに取り上げられたりして、国民向けの啓発グッズとしてはひときわ目立ったが、その内容は誰も知らない。憲法普及会が制作して全国の支部に配布したサトウハチロー作、西川辰美画の紙芝居「トボチン」は、実物が国会図書館や憲政記念館にも、サトウハチロー記念館にも西川の遺族にも伝わっていないし、内容に関する記録も一切存在しない。記録では500部制作しているのでどこかに残っているのではないかと探しているが現在まで発見できていない。

 それに代わるというわけではないが、もう1つの記念普及紙芝居が手元にある。憲法普及会京都支部がみやこ新聞社と協力して制作した「憲法の家」である。大山春樹作、宇野一路画のこの紙芝居は1947年5月1日に発行されて、同月5日から31日まで京都市内の丸物百貨店で開催された憲法施行記念商工博覧会の席で披露され、実演されたという記録がある。

 「憲法の家」は全部で20景で構成されていて、だいたいはこんな内容である。

 主人公は町に住む小学校6年生の正夫君である。山の村に住むお祖父さんから孫ができたので遊びにおいでという手紙が来たので、女学校3年生のお姉さんとお祝いに出かける。お祖父さんの家に到着するとそのまま従兄の善平と一緒に木登りで遊ぶのだが、近所の餓鬼大将の勘太が正夫君の靴を盗もうとする。その後、お祖父さんの家での夕食後の団らんで、生まれた子どもの命名が話題になり、周平、太平、秀吉などの案も出されたが、学校で先生から憲法の話を聞いたことを思い出した正夫君の提案で憲造に決まった。その席でお祖父さんから「正夫は憲法が分るかい」と聞かれて「ハッキリ分らないんです」と答えると「じゃあ善平はどうだな」「僕も知らんよ」となり「さうか、じゃあこれからお祖父さんが皆に教へてあげよう」ということになり、第8景から第13景にかけて日本国憲法の解説が進む。

 お祖父さんは、憲法は人々が安心して暮して行ける国の大黒柱で、「新憲法は日本の国民のために、日本の国民が最も暮しやすいように」作られていると説明する。「日本の国は吾々国民の国で、国民が皆んなして治めるのだけれども、吾々は天皇様を敬ふのだ」。天皇は家でいえば床の間のように一番大切にきれいにするところで「これは昔から日本人が守り続けて来た、真心からの美しい清らかな感情なのだ」。次に「戦争をしないと云ふことが定めてある」し、「平和の国、学問の国、産業の国、農業の国として立っていくのだよ」と説明する。「世界でも有名なこの美しい日本を外国の人に見せるために、より美しくし、国民は優しく強くなり、立派な美術を創り、文学を創り、昔からの大切な宝物を以て吾々日本人の心を見てもらって、世界の人々と仲よく暮らさねばならないのだ」ということである。

 以上で、新憲法の基本原則の主権在民、平和主義、文化国家の樹立が説明された。それから先の説明は簡略である。基本的人権については「吾々は皆生まれながらに自由平等であることだ、お互いに尊敬し合うのだ、自分一人の我儘はしてはならぬ、言ふべき事は言ひ、又人の話もよく聞くべきだ」がすべてである。ここには、反差別も、社会権も、刑事人権もない。国会については「国の政治は何事でも皆が相談してするのだ、それが選挙の方法によって行はれる、その選挙のことについて定めてある」がすべてであり、衆参二院制のことも、議院内閣制のことも、議会の運営の原則のことも説明がない。内閣については一言もない。司法については「裁判官も皆が定めるわけだ。若し悪い裁判が行はれたら、それを正しくする方法も出来たのだから吾々は安心して毎日を暮すことができる」がすべてで、司法権の独立も違憲審査権も裁判の公開原則も説明がない。財政、地方自治、憲法改正、最高法規の条章については一言の説明もない。

 この紙芝居の憲法に関する啓発はこれに尽きる。あとは、翌日になって正夫君と善平が勘太と仲直りして、反省した勘太は善平の家に遊びに来る。そのまた翌日、正夫君とお姉さんは汽車に乗って家に帰る。その車中での姉弟の会話で話は終わる。「あゝ姉さん、お祖父さんの家がまだ見えてゐる。光ってる」。「あの家は、本当にいゝわ」。「さうだよ。憲法のお家だもの」。

 これが新憲法の啓発の紙芝居である。とても単純な内容である。憲法の中身の説明は貧弱であるし、話の展開でも、正夫君のお姉さんや善平のお母さん、お祖母さんの女性たちは、画面には登場するが発言もほとんどなく、存在感がない。田舎の子の勘太は草鞋履きで、靴が珍しくて町の子の正夫君に意地悪をするのだが反省して謝罪する。履物に貧富の差がありすぎるとは考えられていない。その他突っ込みどころは山ほどあるが、今日の視点からあれがない、これがないといっても始まらない。

女性参政権啓発紙芝居「赤と青」

 第二次大戦敗戦後の日本社会には、戦争中の戦意高揚紙芝居を引き継いで、大人向けの政治教育紙芝居が大量に制作されていた。復員兵による農村の再建、食糧増産と供出の奨励、婦人参政権(略して婦選、当時の言葉)、民主主義、労働組合と労使協調、農村社会の民主化、新警察、児童労働、そして取引高税などが取り上げられている。「憲法の家」も「憲法施行記念商工博覧会」でデビューした大人向けの憲法啓発紙芝居であった。そうすると、内容が子どもっぽすぎるのが気になる。

 ここで、今回のおまけとして、女性参政権啓発の紙芝居「赤と青」を紹介しておこう。これは1945年12月15日、女性参政権を認めた衆議院議員選挙法改正法公布の2日前に出版された、永村貞子作、松井末雄画、日本教育紙芝居協会制作の作品であり、全20景の展開の横に囲み記事で山高しげりの「婦選の手引」が入る。内容は食糧難で苦しんで夫婦げんかもする人々だが、女性参政権が認められたと教えられてそれをどう行使するのかあれこれ議論していた。主人公たちは田舎に食糧の買い出しに行ってやっと少量の芋を入手して、帰宅後に黄色の芋に紅と挽き茶で赤と青の色を付けた「さつまいもの茶巾絞」を作った。それを食べながら、茶巾絞も赤いものと青いものがあるから美しいので、女性も選挙権を行使して男性とともに新しい日本の政治に参画するべきであるという趣旨である。ところが、2色に分けた茶巾絞の両方を混ぜると色が濁ってきたなくなる、選挙権でも男女が同じように行動すればいいのではなくて、女は女らしく、男は男らしくあるべきだという話になる。女性固有の立場というものが強調されていて今日の男女共同参画とは別世界のように見えるが、憲法制定直前の日本社会での男女平等とはこういう理解だったことがよく分かる。

注)紙芝居は本誌のウェブ版で一部を公開する。

紙芝居「憲法の家」

紙芝居「赤と青」

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